「私に呪詛をかけた少女は………鈴鹿御前の子孫である純血の旧き鬼、千姫です」

「………………」

そこでまた鬼の存在を教えられ、千鶴の表情がどんどん暗くなる。何故なら、それは自分にも関係のある話だから。
しかし昴と接触する理由が分からず、永倉が首を捻ると話が続き。

「元々この国は東と西の双方を治める鬼の一族がいたとか……。その西国の頭領である鬼は皆さんが知る風間千景です。そして東国を治めていた鬼の一族の名は雪村」

「…………っ、やっぱり……私、なんですね?」

雪村の名が出れば逃げることは出来ない。
千鶴が顔を真っ青にして問えば、昴は静かに頷く。

「あなたは滅ぼされた東の鬼、雪村の生き残りであり、純血の鬼でもある。そもそも、風間が新選組の前に現れたのは鬼の子孫を残すために純血の女鬼を探していたからです。表向きは薩摩と繋がりがあるため、その命令で動いていたようですが……」

「でもよ、それじゃあその千姫ってやつの出番なんてねぇだろ?まあその女の目的も分からねぇし」

それも尤もな話だと原田も頷き、誰もが昴を見れば目を伏せる。

「千姫は常々、風間の妻になることを望んでいたようです。けれど風間には全くその気がなく、女鬼を追っていたのも命令に従うふりをしていただけ……。そんな最中、池田屋で風間は私を見つけ、興味を持ったのか探りを入れ始めた」

「へぇ……鬼でも一目惚れするんだな」

「うるせぇよ、佐之助。まぁ間違っちゃいねぇんだろうが……」

すると昴がきょとんと目を瞬かせ、それを見た原田も驚く。

「もしかして、今気付いたのか?」

「…………そう、なのか?」

問いに問いで返し、原田が苦笑すれば土方はどんだけ鈍いやつだとため息。永倉は別として、黙っていた斎藤が二条城での事を言う。

「あの時は間違いなく風間は昴、お前を探していた。いつもなら気配を察知して現れるお前が居ないのを確認した途端、戦闘体勢に入ったからな……」

「そうそう。で話は前後するが、千姫って鬼が昴を消そうとした理由はそれだ。お前も大変だったんだな」

それなら話が早いと原田がじっと見つめ、昴がどう反応すればいいのか視線を少し泳がせ、本題はまだ先だと言いたげに土方を見た。

「その千って奴は今もお前を狙ってるんだろうが……。お前がこうして姿を見せてくれたのはもっと他の押し迫ったもんがあるからだろ?」

その視線を受け、土方が上手く話を繋げてくれると昴はひとつ頷く。

「はい。それは千鶴さんのお父さん……鋼道さんの事です」

「もしかして、見つけたのか?」

新選組とてずっと鋼道を探していたのだ。この状況になって捜索はほぼ打ち切られた状態ではあったが。

「見つけたと言うか……昨夜、彼と羅刹の部隊に襲われました」

『っ!!?』

それでよく無事だったという顔が並び、昴が苦笑する。

「もともと私と風間さんの二人で鋼道さんを追ってここに来たんです。でもまさか、向こうが待ち伏せていたとは思いませんでしたが………」

「ならその風間はどこにいる?」

それならと土方が聞き、永倉たちが辺りに視線を走らせるもどこにもいない。しかし昴は凛とした姿のまま佇み。

「彼が羅刹を引き付けている隙に、伏見奉行所へと向かった別の羅刹隊を私が追って来ました。風間さんなら何処かで身体を休ませていると思います」

「いいねぇ……!そのお互い信頼しあってる関係ってやつ?」

「それを新八が言うなっての」

原田と永倉の掛け合いに昴は少しだけ微笑むが、俯いたままの千鶴を見れば彼女の方を向く。

「千鶴さん……信じたくはないかも知れないが、鋼道さんは長州の庇護のもと、今も羅刹の研究を続けている。そのもっとも大きなものが、日中でも動くことのできる羅刹を作ること」

「そ、んな………」

「おいおい!そんなもん作られたら、この戦にも間違いなく駆り出されるだろ!!」

それは既に新政府や旧幕府も関係なく、血に狂った化け物が日の光の下で跋扈ばっこする事を意味しているから。永倉が噛み付けば、土方らも押し黙る。

「まだその羅刹が作られたかは分かりません。ですが、そのためには鬼の力が必要だと……」

「………なるほどな。話は読めたぜ。そこで狙われてんのが、お前ら二人ってわけか」

「っ………!」

「鋼道さんは千鶴さんが勿論純血の鬼だと知っています。でも"私"の素性はまだ知られてないので、暫くは私が囮になれば大丈夫です」

そこまで昴が言うと、斎藤が急に口を挟んだ。

「お前の素性を知らぬのなら、雪村だけに絞ればことは早い。それなのにお前を狙う理由は何だ?」

さすがは斎藤か、静かに見つめてくる瞳は真剣そのもので。あの時と変わらぬ静かな佇まいに思わず微笑む。そしてひとつ息を吐き、風間以外の者に初めて本当のことを話した。

「私は千鶴さんや風間さんたちとは違う種族の鬼……。勿論、千姫とも異なる存在。まだ神々が住んでいたとされる神代の頃より、北の鬼門を守護していた鬼、"玄武"。それが私であり、人々は玄武を桜塚護とも呼んでいました」

「………北の鬼門を守る鬼、玄武」

やはり俄には信じられないのか、土方が呟いたきり、誰も喋ろうとしない。だが斎藤がふと口を開き、四神の名を告げると昴は頷く。

「斎藤さんの言う通り……玄武の他に、それぞれの鬼門を守護する朱雀、白虎、青龍がいました。ですが私が………私が存在していた二百年後の世界には、既に彼らは滅びていません」

「は?二百年後………って、訳わかんねぇんだけどよ……」

「昴が二百年後の時代から来たって……そりゃどう考えても無理があるだろ?」

しかし昴は永倉と原田を交互に見つめ、否定もしなければいよいよ頭が混乱するばかり。

「………ってことは、お前がいたその『時代』には……千鶴ちゃんや風間みたいな鬼もいねぇってことか?」

「ああ……。私が最後の生き残りだ」

それでも昴は答え、水を打ったように部屋が静まり返るとようやく土方が声を絞り出す。

「昴と最初に出会った時………確か見たこともねぇ着物を着てたよなぁ?」

何とか繋ぎ合わせようとするかのように、一番最初に出会った時のことを思い出すと更に何か閃いたのか顔を上げ。

「急に気を失って……目が覚めたら京の外れの森の中で倒れてたって話、ありゃ本当だったんだな」

これでようやく繋がったと土方がぼやけば、永倉たちは改めてまじまじと昴を見た。

「信じてもらえないのは分かってます。ですが、皆に今話した事が真実だから………」

「ああ……まだ半分も信じちゃいねぇが……。お前がそうやって話す姿は本物だ。鬼だってのも、玄武だってのも、お前が言うなら真実だろ」

「それなら鋼道さんが昴を狙う理由も分かる」

そして斎藤が静かに頷くと、千鶴が前に出て昴の手を握った。

「ずっと……不思議な人だと思ってたけど、たったひとりで生きてきた昴さんは……やっぱり凄いです!」

そして自分が鬼とも知らず、ただ安穏と生きてきた己が恥ずかしいと。俯き、いかに甘やかされてきたか思い知れば昴がそっと手を重ねる。

「千鶴さんは今のままでいいんだ。何も気にすることなんてない。こうして新選組の皆と関わって、ここまで強くなった。そんな自分を誇ることはあっても、恥じることなどひとつもない」

まるで太陽のような、眩しいくらいの笑顔に誰もがつられて微笑み、土方も難しい表情はそのままに微笑んだ。

「だからたとえ鋼道さんに何を言われようと、心をしっかりと持って欲しい……。千鶴さんを育ててくれた人だが、今の鋼道さんは羅刹に取り憑かれた鬼だ。あなたを利用するためなら、どんな方法も厭いはしない」

それは昨夜の羅刹襲撃のことを言っており、まだ心の整理がつかない千鶴は胸を痛めるばかり。それでも、昴に触れられた手から伝わる温もりは真実だから……。

「私は鋼道さんを止めるため、羅刹をこの世からなくすため、ここに来ました。そして千鶴さんや皆を守るために……私も闘う。それを伝えたかったので……」

最後にはっきりと告げ、風間が待っているからと一礼して背を向けると、土方が生意気言ってんじゃねぇと切り返す。

「てめぇはてめぇの役目だけ果たせ。壬生の狼を守ろうなんざ、百年早ぇよ!」

「そんなこと言って、誰よりも昴を気に入ってたの土方さんだよな?」

「そうそう!昴が居なくなった後もずっと探してたの土方さんだし。あ、あと斎藤もだな」

「いえ、新選組一同、あなたを探してましたよ?桜塚さん」

原田も、永倉も、斎藤も島田も、ここにいない者たちも含め、誰もが認めているのだと。

「有り難う……皆!」

道は違うけれど、心はひとつだから。

どんなに進む道が暗闇に閉ざされていたとしても、真っ直ぐに歩め────。

「死ぬなよ……昴」

最後に斎藤が微笑み、ひとつ頷いた昴も同じように笑顔を向け。

「斎藤さんも」

部屋から去っていくその後ろ姿を見送ると、土方が今後の動きを指示するべく一際声を張り上げたのだった。


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