夕方から始まった戦闘は夜になっても終わることがなく、伏見奉行所に留まっていた千鶴の耳に砲撃音が響く度に震える。土方たちは奉行所に押し寄せる薩摩の軍を押し返すべく出て行ったきり、まだ戻って来ない。
しかし鳴り響いていた銃声も数が少なくなり、命中率が落ちるこの時間となれば乱射はしないのだろう。奉行所を守っていた山崎と井上が大きく息を吐き、無事だった土方たちも戻ってくるとすぐに作戦を練り始めた。

「俺が相手なら、姿が見えにくいこの機を逃さず奇襲を掛けるんだが………」

「土方さんの言うとおりだと思います。この機を逃さず、敵陣に乗り込むべきかと」

土方の案に斎藤も頷き、永倉や原田も同じ考えだと頷けば闇を裂くように再び銃声が響く。

「チッ!敵さんの方が既に動いてたみてぇだな!行くぞ!」

そして休む暇もなくまた闘いに出ると、山南率いる羅刹隊も動き出した。

「この時間は我ら羅刹隊のもの。さぁ、行きますよ?藤堂君」

「ああ………」

「平助君!無事に戻って来てね!!」

その彼に千鶴が近寄り、分かってると頷き山南に続く藤堂を見送る。あの油小路事件の時から二人の距離が急速に近付き、互いに言葉にはしてないが想い合っているのは確かで。羅刹となることを選んだ藤堂の傍にいたいと、傍にいて欲しいと、約束を交わしていた二人。
愛しい男を見送り、無事を祈るように手を握り締めて暫くして。突然外から別の声が聞こえてきた。

「ら、羅刹だ………っ!!これは山南さんの羅刹隊じゃな…………がはっ!」

「な、何……?」

しかし男の叫び声が途切れ、辺りが静かになれば千鶴の恐怖を煽る。それでも震える手で小太刀を握り、身構えると息を切らした藤堂が姿を現した。

「千鶴!どっから沸いてきたか知んねぇけど羅刹の奴らがそこら中にいやがる!俺の傍から離れるなよ!」

「は、はい!!」

そこから部屋の中にいては刀が振り回せないと二人は一旦外に向かい、門の方からは無差別に人を蹴散らしながら侵入してくる羅刹たち。しかし千鶴を視界に捉えるや否や、獰猛に襲い掛かると藤堂がそれを斬り伏せる。

「くそ!こいつら千鶴を狙ってるのか?にしても数が多すぎる……!」

そうなると藤堂も羅刹となるしかなく、向かってくる敵を薙ぎ払うが一向に減る様子がない。それを繰り返し、藤堂の羅刹化が段々と長引いてくればいよいよ千鶴が我慢できず。

「平助君!私、山南さんを呼びに行ってくる!!」

「おい、待て!千鶴!追い付かれるのがおち────!?」

一瞬、視界が反れた隙を突かれ。襲いかかる羅刹に背後をとられた、瞬間。

「ぐあああぁぁぁ!」

斬り掛かった相手が目の前で倒れ、藤堂が唖然とする。

「無事か?」

同時に涼やかな声が聞こえ、二人とも大きく目を見開けば、そこに立っていたのは昴。

「す、す………昴さん!?」

「お……おい昴!!お前、今までどこに行ってたんだよ!?」

いくら山崎ら監察方が探しても見つからなかった昴の姿に、二人して飛び付くがひらりとかわされる。

「まだ羅刹が残っている。先に片付けるぞ」

「お、おう!」

素早く視線を走らせる昴に促され、襲い来る羅刹の殆どを彼女が倒すと、藤堂は改めて昴の強さに感服する。だがどこか人間離れしているような、自分が羅刹となったからより鮮明に分かるのか。例えるなら、あの風間千景と同じものを感じてならない。
それを確かめようと、藤堂が口を開き掛けるも俄に辺りが明るくなった。

「…………これは」

「新政府軍のやつら……火を放ちやがった!」

昴が刀を収め、藤堂が忌々しげに声を絞り出せば再度始まった砲撃。こうなると伏見奉行所が落ちるのは時間の問題であり、今や新選組の隊士たちも散り散りとなっている。

「ここはもう駄目だ!奉行所が落ちた時に行く場所は皆知ってるはずだから、俺たちも行くぞ!!」

そして藤堂が大阪城へ行くと走り出し、千鶴もそれに続くと昴も共に行く。その彼女も風間の事が気になり、今すぐにでも駆け付けたい衝動に駈られるも、千鶴に知らせなければならないことがあるのだ。
まだ行くわけにはいかないと、ぐっと歯を食い縛り、闇に紛れつつ三人は大阪城へと走ったのだった。



夜通し続いていた砲撃と薩摩藩の圧倒的な武力でもって伏見奉行所が落ち、撤退を余儀なくされた新選組は大阪城へと集まる。
しかし、そこで姿が見えなかった山崎と井上らの安否を確認しに行っていた千鶴が、昴の元に帰ってくると崩れ落ちた。

「千鶴さん……」

「っ……井上さんは……お腹に大きな銃弾の跡があって……多分、即死だっただろうって……。山崎さんも銃弾を受けて……一命はとりとめたけど……高熱を出して今も治療を受けてます」

「…………そうか」

やはり彼女にとっては今まで共に闘ってきた仲間だから、打ちひしがれた姿は見るに耐えず。そっと肩に触れると嗚咽が聞こえてくる。今や徳川の見る影もなく、新選組は一体何のために闘っているのだろうか……。己の信じてきた道が、足元が、こんなにも細く頼りないものだったのかと。
一体、どこで踏み違えたのだろうか。尽きない疑問は彼らを蝕み、既にバラバラになりかけている。
しかも局長である近藤勇が何者かの銃撃を受け肩を負傷し、肺を病んでいた沖田と共に療養していたと聞けば不安は蔓延するばかり。そんな先が見えない中、土方が姿を現せばすぐに昴を呼んだ。

「よぉ……久しぶりだな、昴。いや、何年振りかってくらいだな、お前に会うのは」

「はい。ご無沙汰しておりました……」

「………で、てめぇの身体はもう良くなったのか?」

この状況でも、落ち着いた様子で話し掛ける土方に感服しながら、昴は頭を下げると良くなったことを伝える。

「てこたぁ……やはりお前を治したのはあの風間の野郎なんだろうな」

「…………そうです。そもそも、私があの晩高熱を出して倒れたのは、呪詛を受けていたから」

すると聞きなれない言葉に土方が眉を寄せ、説明しろと促されると続ける。

「平安の時代ならまだしも、この時代に呪詛など信じられないかもしれません。ですが、私は二条城に行く前に出会った少女からもらった茶菓子を食べて、倒れてしまった。あの茶菓子には強力な呪詛がかけられていて、人間であれば即死……風間のような鬼でも一日と経たずして死に至るもの」

「ちょっと待て。それが本当なら、何でお前は二日もの間平気だったんだ?まさか……お前も鬼だとか、言わねぇよな?」

そして頭を抱えるようにして土方が顔を思いっきりしかめ、問いただすと昴は真っ直ぐと見つめ返す。それだけで男は理解したのか、重苦しい息を吐けば目を閉じる。

「あなたの推測通り……私は鬼です。ほんの少しの怪我であればすぐに治り、そうでなくても数日もすれば完治します。でも、私は風間や雨霧、そして不知火のような鬼とは異なる種族の鬼……。だから強力な呪詛を掛けられても一命をとりとめた………」

その男を見つめ、昴が言葉を途切れさせると土方も気付いていたのか項垂れ。

「てめぇら、いつから盗み聞きするようになったんだ?」

襖の向こうへ声を張り上げると、そろりと開いて現れた隊士たち。永倉を始め、原田や島田、千鶴と斎藤もいれば中に入れと促された。

「あ、あの!昴さんも……鬼だったんですね?」

そこで千鶴が控え目に聞き、頷くのを見ると永倉や原田は妙に納得した顔。

「確かに!池田屋の時から思ってたが、お前人間じゃねぇような動きするもんな」

「油小路の時だって、あんな大勢いたやつらをほぼ一人で相手にしてたんだ……。動きとかも肉眼で捉えられねぇ時もあった」

昴の闘う姿を思いだし、口々に語れば頭を下げる。

「皆さんに……今まで隠していてすみませんでした」

「………まぁ、風間たちが出てくるまでは鬼だと言われても信じなかっただろうしな。それで、お前にその呪詛ってやつをかけた女は何者だ?」

そこで更に土方が踏み込み、昴が躊躇えば話せと命令する。彼女にしてみれば鬼に関係あることに彼らを巻き込むことは出来ない。それでも土方は話せと言い、少し目を伏せた後、昴は口を開いた────。


2/13ページ