* * *

一方。

二条城での御役目を終えた新選組は、昴が欠けた状態で西本願寺に戻る。そして留守を任されていた沖田や藤堂が、彼女の姿がないのを土方らに聞けば言葉も出ず。

「土方さんともあろう人が、目の前で彼女が連れ去られるのを黙って見てたんですか?」

鋭い視線で沖田が問い詰めると、無言のまま顔をしかめる土方と斎藤や原田も視線を反らしたまま。

「でもさ……急に昴が倒れたのも驚きだけど……その風間って奴が言うには自分は鬼で、昴が現れるのを待ってたってのも意味わかんねぇ」

藤堂が首を捻ると謎は深まるばかりで頭をかく。

「それに……千鶴ちゃんのことも、鬼………って、言ってたんだよな?」

そして永倉が言いにくそうにチラリと千鶴を見れば、よほど堪えたのか胸の前で手を握り締めると小さく頷き。

「我が同胞って……言ってたので……。でも、急にそんなこと言われても……私……」

自分も鬼だと風間に告げられ、尚且つ昴を目の前で連れ去られたのだ。真っ青な顔をし、苦し気に息を乱しながらも駆け付けた彼女の姿が目に浮かぶと瞳に涙が浮かび。

「昴は俺たちを守ろうとしてたんだ……。直前まで高熱で意識がなかったってのに……無理して俺たちの所に来た」

原田がポツリと呟けば、隊士に支えられながら風間を睨み付けていた昴の姿を忘れることもできず。

「どうして素直に守らせてくれねぇんだよ……あいつは……」

守るべき女性である彼女を、守れなかった衝撃は計り知れなかった。

「────で、彼女の消息は?掴めてるんですか?」

だが沖田は淡々とした言葉で質問し、ようやく土方がため息を吐くと答える。

「その件については山崎に調べさせてる。仮にも風間と天霧って奴は薩摩に属してるのは知ってるからな。不知火って奴は長州側だって佐之助が言ってたが……まず間違いなく昴は薩摩んとこにいるはずだ」

実際に昴を連れ去ったのは風間だから、薩摩藩邸を張らせていた。

「それよりさ……一君、さっきから何も喋ってないけど……大丈夫かよ?」

すると藤堂がずっと黙っている斎藤を見やり、心配そうに聞く。だが感情さえ読み取れず、彼はすっと目を細めただけで。

「何がだ?」

冷ややかな声で返すと、藤堂が口ごもる。何故なら彼の瞳に見える怒りと、鋭く睨み付けてきたその視線が斎藤の心情を何よりも物語っているから。

「い、いや………別に、一君が大丈夫って言うなら……いいんだけどな!はは……」

それ以上何も言えず、苦笑いしながら藤堂は話を終わらせた。
結局、昴に関しての情報はそこで途切れ、広間に入ってきた近藤が突然健康診断をしろと言い出す。どうやら二条城の警護の時に知り合った医者と意気投合したらしく、隊士たちを看てくれることになったようだった。
そしてその医者である松本良順という男を千鶴が見るなり、父親である雪村鋼道と親交があった男だと気付き。しかも近藤が鋼道の娘を新選組で預かっていると伝えたため、ここに来てくれたと分かれば千鶴は早速父の行方を聞いた。

「それなんだが………。実は私も彼の行方を知らなくてね。連絡も取れないままなんだ」

しかし有力な情報はなく、代わりに聞かされたのは鋼道が関わっていた"あの薬"の事。
豊臣秀吉が朝鮮出兵した時に持ち帰ったとされるその薬は"変若水おちみず"と呼ばれ、人間の筋力を増強すると共に自然治癒能力を飛躍的に高める効果があるとされた。それは西洋では『えりくさあ』、中国では『仙丹』とも呼ばれ、人間を"羅刹"のように変えてしまうもの。
だがその効果の強さは逆に人の精神を破壊し、千鶴が京に来た時に見たあの隊士と繋がれば恐ろしい薬と言う以外ない。だから千鶴の父親は良心の呵責に耐えきれず、姿を消したのではないかと。
更に今すぐにでもこの実験を止めるべきだと、そう告げるが近藤は顔を渋くするだけ。

「しかし………今の新選組にはあれが必要なのです。それに幕府からも勅旨が下っていますので────」

「いや、この実験はそもそも失敗なんですよ、近藤さん。幕府ももう見限っているはずだ」

頑として譲らず、松本が言いきるとそこにふらりと現れたのは山南。

「我々新選組の内情に、部外者が首を突っ込まないでいただきたい。現に研究は私が進めており、薬を飲んだ私のような成功例もあるのです……。新選組を更に強くするためには、あの薬は必要不可欠なのですよ」

薬を使用した自分は血に狂うことはないと、そう言えば松本の表情はますます険しくなるだけ。そのまま互いの意見は平行線で続き、見かねた近藤がこの件については後日改めて言うと、その場を何とか収めたのだった。
こうして松本は新選組の掛かり付け医となることを決め、今後も彼らと関わっていくと言ってくれる。そして松本から話を聞かされてからというもの、"新撰組"と呼ばれていた彼らは"羅刹隊"と呼ばれ始め、依然として薬の研究は山南により進められていた。


その後三条制札事件が起こり、その時に活躍した原田らに会津藩から報償があるなどの動きを見せていた新選組。
そんな噂を、風間の屋敷で聞いていたのは昴。いまだ何をされるわけでもなく、彼の監視の下で過ごしている。
だが外に出られない事を除き、屋敷の中では制限されることもなく自由を許されている状態で。

「昴様、何をしているのですか!?」

台所で料理をしている姿を侍女が見つけると、慌てた姿で包丁を取られた。

「ここは私たちにお任せください!あなた様がそのような事をする必要などありません」

「でも………ずっとお世話になっているのに、何も出来ないのは悪いので。せめて自分の食べる分くらいは用意したいんです」

ここに連れて来られ、寒さも一段と厳しくなるなか、自分だけ常に至れり尽くせりの状態はどうにも許せず。身の回りのことをしてくれるだけでも恐縮なのだ。だからせめて食事くらいは自分で用意しようと、台所を借りた所を侍女に見つかってしまった。

「風間様からあなた様のお世話をするように仰せつかっているのです。何も気にすることは御座いませんよ?」

そんな昴の姿に、苦笑しながらも手元を見れば殆んど出来上がっている状態のもの。味噌汁や煮付けなど、どれも美味しそうでよく出来ている。

「昴様は……ご自分で料理をなさるので?」

いつも男装している彼女だが、料理の腕はかなりのものなのか、質問すると照れたようにはにかんだ。

「ここに来る前は独りで暮らしていたので。家事は全部自分でしてました」

しかも昴にとってそれはこの時代にタイムスリップするまでの事だが、侍女がこの時代に独りで暮らしていたのかと思えば目を潤ませる。

「それはそれは……お辛いことでしたね……」

「いえ……大した苦でもなかったので。あの……味はどうですか?良かったら、食べてみてくれませんか?」

そして昴が煮付けの皿を差し出し、この時代の人の舌に合うのか好奇心で聞けば少し躊躇う様子を見せる。

「よろしいのですか?」

「勿論。あ、毒とかは入ってないです!だから一口」

箸を強引に手渡し、侍女が煮付けを口に持っていくのをそっと見守った。

「ん……!とても美味しいです」

すると彼女が笑みを浮かべ、昴がホッと胸を撫で下ろす。途端に侍女が味付けを聞き始め、二人で話が弾めば今日の夕飯にさっそく出すと言い出し。

「え────あの、風間さんのお口には合わないと思いますが……」

「とんでもない!美味しゅうございました!今から準備に取りかかりましょう」

昴が慌てて止めたが、彼の今日の夕飯は煮付けに決まったのだった。


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