「あなたは………風間………っ!?」

そして相手が誰なのか気付き、辺りを見回すと見慣れぬ部屋。彼にさらわれ、ここへ連れて来られたのだと理解すると身体を強張らせた。

「っ…………!」

「今は余計なことに気を回すな。お前はあれから二日もの間眠り続けていたのだ」

途端に身体が痛んだのか、息を飲むと風間が呆れたように言う。

「二日も……?」

「そうだ。それでたった今、ようやく目が覚めたというわけだ」

そしてまだ呆然としている昴の横で、薬湯を口に含むと顔を静かに寄せ。

「…………風間、さ────っ!?」

急に暗くなり、見上げた昴が間近に迫る男に驚くも唇が重なり息を飲む。何が起きているのか、何をしているのか。混乱するまま押し返そうとするも柔らかな唇に風間の舌が触れ、グッと口内へ挿し込まれると液体が流れてくる。

「っ……ん……ふ」

その苦さに目をギュッと閉じ、コクンと喉が嚥下したのを確認すれば風間が顔を離した。

「上手く飲めたようだな……?」

そうしてクスリと笑い、残りを口に含むとまた顔を近付ける。触れる互いの唇は熱をもち、薬を流し込まれると何とか飲み干した。

「は────っ、ぁ………」

それだけでもやはり体力を消耗するのか、昴が息を切らすと褥に優しく戻される。だが頬が薔薇色に染まっているのは、それだけが理由ではなく。

「意識のないお前に何度も飲ませていたのだ。恥ずかしがることもあるまい?」

風間自らが口移しで飲ませていたと告げられると、頭が真っ白になった。

「────っ」

となれば最早顔を見ることも出来ず、男に背を向けると自分の髪が視界に映る。

「髪、が…………」

黒髪だったのが今は銀色の光を反射し、息を飲んで額に触れると目を見開いた。

「気付いたか………。お前は今"鬼"の姿になっている」

しかもここに連れて来てからずっとだと言われ、その事実に愕然とした。何故なら、この姿は絶対に見せてはいけないもので、死ぬまで隠し通さねばならなかったこと。元いた時代の時でさえ、固く禁じられていたのだ。
しかし風間は"鬼"を知っているのか、昴のこの姿を見ても驚きもしない。逆にくつくつと笑い、唇を開けば告げた。

「『伝説』として語られていただけの"鬼"が、本当に存在していたとは…………。俺は夢を見ているのかと思ったぞ?」

「何故それを─────」

刹那。風間を見上げ、目を見開くと彼の姿も変わっている。自分と同じ銀色の髪と、風間の場合は金色の瞳。そして額に二対の角が現れ、池田屋で本能的に感じ取った通り、風間千景もまた"鬼"だと知った。
だが己と決定的に違うとすれば、角と瞳の色だ。昴は一角であり、彼は二対。碧から真紅に変わり、真紅から金色に変わる。
その違いもさることながら、風間の姿に半ば見とれていると吐息が触れる程に近付き。

「我らの祖先が存在するより遥か昔から、この地に住まう"鬼"。四方の鬼門を守護し、大陸全土を治めていた鬼神でもある。その中でも丑寅の方位……北の鬼門を守護する最も強き力を持つ"鬼"の種族。それが『玄武』。また桜塚もりとも呼ばれていた」

更に四神なる鬼はひとつの角を持ち、銀色に輝く髪と紅い眼を持つ他とは異なる種族だと、暴かれた真の姿。
池田屋で昴を見つけ、以降見張り役として付けていた天霧から名を聞けば衝撃が走ったのは言うまでもない。
それから急ぎ一族の里に戻り、収められていた文献を片っ端から読み漁れば最古に記述されたものを見つけ、そこに記されていたのは伝説上の"鬼"の存在。

「北の『玄武』は代々頭領が女鬼と定められ、男名をつけられていたと………。桜塚昴、お前がその『玄武』だろう?」

逃げる隙など一切なく、全てを明かされ震えた唇。
まだ痛む身体もそのままに、目を閉じて息を吐くと再び風間を見つめ。

「そうだ……。私は遥か古より北の鬼門を守護する四神のうちがひとり、『玄武』……。桜塚家の主だ」

凛とした面はそのままに語る。けれど、どこか疲れたような、苦渋を含んだ声に風間は目をすがめるとその真意を探った。

「残る三神は?」

すると真紅の瞳が潤み、掠れた声が聞こえると聞かされた事実。

「『朱雀』も、『白虎』も、『青龍』も……とうに滅びていない………。それに……誰も信じてはくれないだろうが、私はここより二百年も後の時代から来た者だ……。父も、母も幼い頃に亡くし………現存する"鬼"はもう……私ひと、り…………」

つう…と昴の目から涙が伝い、目覚めたばかりで疲労が頂点に達したのかそのまま眠りにつく。
けれど風間はひとり、聞かされた真実に言葉も出ず……。

「……………」

濡れた目尻を指で拭い、布団から出ていた彼女の手をそっと取って握り締めると、静かに目を閉じた。



─────。

夢を、見ていた。

自分はまだ子供で、父と母がまだ生きていた頃。
都会から遠く離れた田舎での暮らしのなか、すぐ近くにある山でよく遊んでいた。子供ながらにそこは自分だけの天然の庭であり、毎日遅くまで遊んでは母親を心配させていたのを覚えている。
だが桜塚家には禁止事がいくつかあり、それは人間たちの前では決して"鬼"の姿になってはいけないということ。そして力を使うことはおろか、人間の男と仲良くすることさえ禁じられていた。
けれど昴にはその意味が分からず、いつか母に尋ねると彼女はこう答えた。

『私たちは"純血種"っていう特別な鬼なの。だからあなたと結ばれる男の人は、あなたと同じような力を持つ人か、"純血種"である鬼の一番偉い人じゃなきゃ駄目なのよ』

それでも難しい言葉ばかりで、そうじゃない人と結ばれるとどうなるかと質問すると、血が薄くなると教えてくれた。

『だから、お父さんとお母さんはあなたに相応しいひとを今探してるの』

『ふさわしい、ひと?』

『そう。でもね……この世に存在する"鬼"は、もう私たちだけだって……阿闍梨様が言ってるの』

『あじゃりさまが?ねぇ母様!だったらもう、わたしはだれともむすばれないの?でも、それならずーっと父様と母様のそばにいられる!』

それは幼子らしい、純粋な思いだったけれど。母親は泣きそうな、それでいて寂しそうな顔をして最後に笑い。
そこから母親がゆっくりと遠退き、手を伸ばすと夢から醒めた。

「母、様…………」

辺りは既に暗く、外からは虫の鳴き声が聞こえる。
近くに誰もいないのか、喉の渇きを覚えたが身体はまだ痺れたように動かない。しかし誰かを呼ぶのも申し訳なく思い、台所を探すため身体を起こそうとしたその時。

「何をしている?」

灯りを持った風間が現れ、昴を見るなり眉を寄せる。そのまま部屋の中に入り、隅に置かれていた燭台に火を灯すと仄かな明かりに包まれた。
そして昴の横に座り、ふと目を反らすひとを見ればもう一度聞く。

「何をしていたと聞いている」

「……喉が、渇いて……」

「何だ、そんなことか」

すると風間が立ち上がり、また部屋から出て行くと今度は水差しと器を手に持った姿。

「飲めるか?」

まさか自ら動くとは思ってなかったのか、昴が言葉を失っていると上半身を起こしてやり、目の前に器を差し出した。

「あ、有り難うございます」

その器を受け取ろうと、手を上げるも小さく震えて上手く受け取ることが出来ない。ともすれば水をこぼしてしまいそうで、飲むことを諦めると男がクスリと笑う。

「俺に言わないのか?」

しかも面白そうにこちらを見つめ、さっと目許を染めた昴が顔を伏せると名を呼ばれた。

「っ…………」

だが彼女は首を横に振るだけで、仕舞いには後で飲むと言う。何故なら、親密な関係でも何でもない男に、飲ませてくれなどと頼めるはずもなく。どうしてこの男は、こんな残酷なことをするのかと手を握り締めると唇に吐息が掛かり。

「─────!?」

驚きでビクリと震えた瞬間、風間に唇を奪われていた────。


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