「お前は………蛤御門で会った……」

現れた三人の中に、見覚えのある顔を見れば表情を険しくする。確か薩摩藩の者だと、言っていたのを思い出せば微笑み。

「ええ、その通りです」

刀すら持たないその男がニコリと笑い、軽く会釈した。
だが一際目を引く男、金色の髪に真紅の眼をした彼は何故か辺りを探るような仕草をしていて。まるで誰かを探している風な素振りを見せるも、次に捉えたのは千鶴。

「そこの女、貴様が雪村千鶴だな?」

感情も何もない、冷酷なほどに冷たい声色で問えばビクリと彼女が震え。

「あ、あなた方は何者なんですか………!?」

恐怖で言葉すら途切れ、小太刀を握り締めるとそれを見て薄く微笑んだ男。

「何を言うかと思えば……我が同胞はらからとは思えぬ言葉。その名と、その小太刀が我らと同じ"鬼"だと言うことを証明しているというのに……」

肩を小さく揺らし、聞き慣れない言葉と共に嘲笑すれば千鶴と斎藤が目を見開く。
"鬼"などと、架空の存在でしか聞いたことのなかったその名はやはり現実味がなく、彼の言うことが真実ならば目の前の三人は"鬼"だとでも言うのか。
赤毛の男と、左腕に刺青を施した浅黒い肌の男は腰に新式の銃。金色の髪と紅い眼の男は一際目を引き、この三人を相手に斎藤がどう対処すべきか目まぐるしく思考すれば金色の髪の男が口の端に笑みをたたえ。

「幕府の犬にしては……鼻が利くようだ」

廊下へと視線をよこせば、姿を現したのは土方歳三と原田佐之助。

「ただならねぇ気配がしたかと思えば……てめぇらどこのもんだ?」

千鶴の前に立ち、刀を抜き放つと構える。その横では原田が素手の男を見やり、槍を構えるとニヤリと笑った。

「お前だな?平助の額を割ったって奴は。池田屋での借り、返してもらうぜ?」

「てぇことは……こいつら"敵"か」

すると土方が殺気を帯び、尚更捨て置けねぇと囁く。ここにきて数は揃ったが、相手の行動がいまいち掴めず斎藤はその真意を探ることに集中した。

「まぁ待て。今日は貴様らと遊ぶために来たわけじゃない……」

そこで金髪の男が再び視線を動かし、一行に現れぬ待ち人を探す。すると赤髪の男、天霧も辺りを探り、密に男へと耳打ちすれば真紅の瞳をゆるりと細め。

「いや、気が変わった……。少し遊んでやろうか……」

「待ってたぜ!その言葉をよっ!」

男が言葉を発したと同時に、銃を持った男がそれを突き付ける。

「オレの名は不知火匡。そこの長物振り回してる原田とは久し振りだが、まとめて相手してやるぜ?」

途端に土方たちも戦闘態勢をとり、千鶴を背に守るようにすると金髪の男が鼻で笑い。

「生憎と俺が欲しいものは最初から決まっている。その女・・・が出てくるまで、付き合ってもらおうか……」

吐息のような声と共に、形の良い唇がゆるく弧を描いた………。





それより遡ること少し前────。

桶の水を替えるため千鶴が出て行き、部屋に昴だけとなれば突然見開かれた目。

「………っ………」

頭は割れるように痛み、身体中をも苛む痛みに意識だけはハッキリとしていて。荒い己の呼吸だけが部屋に響き渡るのを聞き、碧い瞳がさ迷うように揺れると何かを視る。
それは枕元に置いてあった日本刀であり、ぼんやりと青白く光を放てばゆっくりと手を伸ばして触れた指先。
すると呼応するように淡い光が瞬き、激痛が襲う身体を何とか起こすと肩で息をした。

「………ぅ………っく………!」

その痛みを無理にやり過ごし、少しだけ息を深く吸い込むと今度は立ち上がる。その度に視界が霞み、暗い闇に意識がもっていかれそうになるが耐えた。
今昴を突き動かしているのは胸に迫る危機感であり、こちらに向かってくる"気配"を見極めるため。
新選組の力では到底及ばない、その何かから守るべく、昴は目の前の襖を開け放った。

「っ!?桜塚さん!?意識が戻ったんですか?」

突然背後で襖が開き、昴が立っているのを見れば驚きを隠せない隊士。だが明らかに彼女の様子はおかしく、前を見る碧い瞳はどこかぼうっとしている。

「動いては駄目です!!その身体で動いてることさえ奇跡的なのに、早く部屋に戻って下さい!!」

それでもゆらりと歩を進め、どこかに向かおうとしている彼女の身体を支えた、その時。

「外、に………わたし、を………そ、とに………」

グッと隊士の羽織を掴み、くしゃくしゃになる程握り締めると聞こえた言葉。高熱で浮かされた瞳は潤み、震える小さな唇からこぼれる微かな喘ぎ。お願いだと……見上げてくるその相貌の美しさに言葉を失い、けれど我に返ると首を振った。

「いけませんっ!ほら………早く………こっち、に………」

「みんな……の……元、に……庭が……見える……」

瞬間、そんな力がどこにあるのかと言う程の力で、廊下へと歩みを進める。彼女が言う庭が見える場所とは一ヶ所しかなく、そこにひたすら向かう姿に胸を打たれると拳を握り、お咎め覚悟で昴を支えると歩き出した。

「行きますよ!!」

そこから庭が見える場所は近く、けれど昴の足取りでは永遠を感じる長さ。近付くにつれ胸を襲う危機感は増し、より顕著に感じるのは"あの男"の気配。
あと少しだと、支えてくれる隊士と共に廊下の角を曲がり、中庭が昴の視界一杯に広がった瞬間────。

「風間………千景………!」

考えるより早く、男の名を呼んでいた。


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