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先の闘い(禁門の変)にて新選組は更なる活躍を見せ、池田屋事件より隊士を募っていた結果人員が二百余りと膨れ上がる。そうなると現在の壬生屯所では手狭となり、新たに入った隊士たちの雑魚寝は当たり前。近藤を始め幹部たちはそれを危惧し、場所の移設を考えると候補地として上がったのは西本願寺であった。
同時にこの頃になると左手を負傷して以来塞ぎがちだった山南の隊士に対する接し方が特に酷くなり、近藤が江戸より連れて来たという伊藤甲子太郎が参謀として加わることにより自身を追い込んでいく。
その結果、もともと"あの薬"を管理していたのが彼だった事もあってか、遂にその薬に手を出してしまったのだ。しかしそれを沖田に見られ、自刃に及んだが薬のお陰か一命をとりとめ、その一報を受けた幹部の間に暗い影が立ち込める。

「こうなると、山南さんはいよいよ新撰組の方に行くしかなくなっちまったって……わけだよな」

広間に集まった幹部たちは一様に難しい表情を浮かべ、山南の今後の事を話し合えば永倉がポツリと呟き。誰もがそれ以外の方法はないと無言の肯定。

「でもさ、山南さんは薬の研究が進んで、血に狂うことはないって言ってたけど……まだ実証されたわけじゃねえもんな?」

もし血に狂った時は、彼がどんな末路を辿るかなど分かりきっていると、藤堂がため息を吐けば重苦しい沈黙が落ちた。それでも今は彼を監視する以外方法はなく、新選組の移転が最重要課題とされた。
そして一度は血に狂った山南だが自我を取り戻すことに成功し、新撰組を総括する者として影の生活を送ることになる。同時に新選組は西本願寺へと移り、多くの隊士たちを収容できる屯所で新たに活動を始めた。




「皆、よい知らせを持って来たぞ!!」

新選組が移転し、それから三ヶ月が経ったある日のこと。
嬉しそうな表情で広間に現れた近藤が、集められた幹部たちに向け告げる。

「十四代将軍、徳川家茂公がこの度上洛されることになってな。御迎えのお役目と、御宿泊先となる二条城にて、その護衛に新選組が就くことになった!」

「そりゃまた光栄なことで………。でもある意味失敗はできねぇよな」

その朗報に誰もが沸き立ち、原田が苦笑するも土方がすぐに参加者の名を述べていった。

「近藤さん、斎藤、永倉、原田、そして俺が主だ。二条城の警備にあたる隊士たちは後で召集する」

そうして名を呼ばれた者たちは力強く頷き、土方がホッと安堵していた昴を見るとニヤリと笑う。

「おい昴、自分の名を呼ばれなかったからって……安心してるんじゃねぇぞ?」

「え………今回は参加しなくても良かったんじゃ………?」

けれどそんな大役を任されるとは思ってもなく、土方の笑みに困惑すると斎藤がそれはないと囁く始末で。

「言わずもがなで、お前も選ばれている」

「─────っ!」

「そうゆう事だ」

期待に洩れず、二条城に行くと宣告された。

「だよなぁ!おかしいと思ったんだよ。土方さんが昴を呼ばないなんてあり得ねぇし」

それもそのはず、禁門の変で昴は遠征する準備を速やかに整え、短時間でそれをやってのけたのだ。その結果、待機していた土方らとすぐに合流し、逃げる長州藩を追うことができた。
彼女の頭の回転の速さもさることながら、池田屋事件の時から土方が気に入っていることは確かで。

「もしもはねぇと思うが、何かあった時はお前の本領発揮と言うわけだ」

宜しく頼むぜ?と有無を言わせない笑みで言われ、昴は頷く以外残されてなかった。
そのお役目に危険性はほぼないからと千鶴もまた参加することになり、いつもの勤めに戻れば斎藤の巡察に昴も同行する。千鶴は別動隊の永倉と行動しており、昴が斎藤の後について歩いていると呉服屋の前で止まった。

「お前はここで待っていろ。すぐに戻る」

「分かりました」

こういった監査も彼らの仕事であり、斎藤が店の中へ入って行くと昴は玄関先で行き交う人々を見る。まだ季節は夏で、照り付ける日差しを避けるようにして御簾の下へ避難したその時。

「おい嬢ちゃん、この俺にぶつかっておきながら何だその礼の仕方は!?」

突然男の声が聞こえ、顔を上げると二軒先の向かいの店で少女が絡まれている姿。歳は千鶴と同じくらいだろうか、華奢な身体ながらも真っ向から立ち、ちゃんと謝ったと言い返した。

「あぁ?それじゃ足りねぇって、言ってんだよ!そもそも俺はてめぇら凡人と違って"志士様"なんだよ、分かってんのか?」

だが男は逆上するだけで、志士と言う名を出して脅す始末。しかも少女の胸ぐらを掴み、遂には強気な姿勢を崩さない彼女へ殴りかかろうとした。

瞬間、

「女性に手を上げるとは……恥を知ったらどうだ?」

振り上げた腕を捕まえられ、涼やかな声がすると男が振り向く。そこには黒髪に碧い瞳を持つ人物がたっていて、男とも女ともつかないその秀麗な相貌に見惚れた。

「っ………おい、てめぇ………邪魔すんじゃねぇ、よっ!」

しかしそこで我に返り、腕を無理やり振り解くと睨み付ける。そして頭から爪先まで眺め、何か思い付いたのかしたり顔。彼女の細い顎に指を添え、上向かせると舌嘗めずりをしながら顔を寄せ。

「それとも……てめぇが相手・・、してくれんのか?あぁ?」

そのまま薄暗い路地へ連れて行こうとすると、鈍い音と共にガクリと身体が揺れ、地面に倒れ込む。

「自ら"志士"と名乗るのなら……それ相応の行いをしなければな……?」

「斎藤さん」

野次馬たちが見守るなか、駆け付けてきた斎藤が男を倒すと、峰打ちだから安心しろと教えてくれた。けれどすぐに昴の目の前に立ち、無事を確認して眉を寄せると小さく吐息。

「何故俺を呼ばなかった?」

「あ……すみません。この方が今の男に絡まれてたので……。それに、あなたの手を煩わせることはできません」

そんな斎藤の心配を余所に、本人は大丈夫だと微笑み返す。確かに彼女であれば、浪人相手にやられることはまずない。だがこの女性はすぐひとりで何処かに行ってしまうのだ。自分が知らぬうちに、いつか手の届かぬ所へ行ってしまうのではないかと……。そんな言い様のない焦燥感に囚われる己。

「今度からはお前も一緒に来い」

「?………分かりました」

スッと目を伏せた斎藤に首を傾げ、昴が頷くと助けた女性が声を掛けてきた。

「あの!助けて頂いて有り難うございます!」

「いえ、無事で良かったです。………それじゃあ、これで」

濃い茶色の髪と瞳をした少女がペコリと頭を下げ、昴がその可愛らしさに微笑みながら答えるとじっと見つめてくる。そして斎藤に促されるまま立ち去ろうとすると、急に昴の手を掴んで何か御礼がしたいと言い募ってきた。

「私、千って言うの!助けて頂いた方の名を聞いても、罰は当たらないでしょう?」

「………私は桜塚昴です」

そんな彼女の勢いに押され、昴が名乗るとピクリと反応する相手。

「桜………塚………?」

一瞬、彼女の目に浮かんだ得体の知れない何かを感じ、目を小さく見開いたがすぐに笑顔を返される。

「命の恩人である昴さんにお茶でもご馳走したかったんだけど……急いでるならこれを受け取ってほしいの!」

そう言って着物の袖口から取り出したのは、懐紙に包まれたもので。

「お茶菓子よ!とっても美味しいって評判で、私も凄く好きなの!あ……でもごめんなさい、ひとつしかなくて……」

しかし斎藤の分までないのだと、しゅんとすれば自分はいらないと彼が答えた。

「ありがとう。それじゃあ、はい!絶対食べてね!?」

それならと、千と言う少女が昴の手に握らせ、手を振ると走り去って行く。その後ろ姿を見送り、斎藤が口の中で何か囁いたがよく聞こえず。

「斎藤さん?」

「………お前は老若男女問わず、誰でも惹き付けてしまうな?」

クスリと笑い、今度は聞こえるように言って背を向ける。それでも当の本人は瞬きするだけで、振り返った斎藤に目で訴えられると慌てて後に続いた………。


続く
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