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池田屋事件での新選組の活躍を機に、彼らの名声が格段に上がったのは明白で。上役である会津の藩主、松平容保よりその武勲を讃えられた。
だがそれによって更なる活躍を期待するも、二ヶ月もの間お上からのお達しはなく。またいつものように町の巡回や偵察をこなす日々が続いていた。
そんな日々の中でも、池田屋事件の時の千鶴の動きがようやく認められ。行方不明になっている父親の情報を集めるべく、隊士たちと共に巡回に出ることを許される。同時に昴は隊士と同等の扱いをされるようになり、刀の携帯も許された。
しかし彼女がどこか現実離れした存在として一目置かれているのは変わらず。池田屋で風間千景なる男と接触したことにより、更にその神秘性に拍車がかかっていた。

そんな穏やかなひとときのなか、近藤が幹部たちを広間に召集すると声を大にして言う。

「松平容保様より勅令を承った!挙兵した長州潘が再びこの京の都に攻め入るべく進軍している!その討伐に我ら新選組も参加せよとのことだ!」

「やっとかよ!俺はいつでも準備は出来てるぜ!!」

それを聞いた藤堂が喜び、すかさず永倉に池田屋のことを指摘されると噛み付いた。

「この前はあいつにやられちまったけど、今度はそう簡単にはいかねぇっての!」

「へいへい。昨日、傷口消毒されて情けねぇ声出してた奴がよく言うぜ」

すると藤堂の頬がみるみるうちに染まり、千鶴に心配されては立つ瀬がなく。

「ちょ……!新八っつぁん!それ女の子の前で言うなっての!!」

「ほーう……その"女の子"に助けられたのも、確かお前だよなぁ?」

「ぐ…………!」

とどめを刺されたのか絶句。その二人のやりとりを見ていた原田が笑い、昴もクスクスと笑えば近藤から呼ばれた。

「そして昴、君にも参加してもらいたいんだが……いいか?」

そんな彼もまた池田屋での彼女の行動に心動かされ、名前で呼ぶようになったひとりだ。

「私も……ですか?」

しかし自分が参加して果たして役に立てるのかと、困惑して尋ねると土方がニヤリと笑う。

「お前のは当たるからな。それだけでも十分じゃねぇのか?」

更に昴の予想が的中したことを仄めかし、怪我人を最小限にとどめることができたのは彼女がいたからだと。

「この新選組の助けに、なってはくれないだろうか?」

近藤が放った言葉に、昴の目が大きく見開かれる。それはこの時代で己の存在意義を失いかけていた自分を、救い上げるには十分過ぎる言葉であり。新選組預りでしかなかった自分を見捨てることなく、寝食の世話までもしてくれた彼らの役に立てる日が来ようとは思ってもなかったから……。

「良かったな……」

いつものように横に座っていた斎藤が優しい声を掛けると、図らずも潤んだ碧い瞳。

「有り難う……ございます……!」

「ああ!こちらこそ、宜しくな!」

深々と頭を下げ、近藤が満足そうに頷けば土方が声を張り上げる。

「よし、お前らさっさと準備に取りかかれ!それと総司と藤堂は屯所で留守番だ。病み上がりの奴らは大人しくしとけよ?」

「え?僕もですか?」

ふい打ちでの留守番に沖田が瞬きし、まだ咳をしてるからだと言われると苦笑。

「過保護すぎやしません?」

「いいからてめぇは留守番だ。文句は受け付けねぇぞ」

それでも土方は認めず、自らも立ち上がると準備に取りかかった。



午前中の内に準備が整い、そのまま屯所をあとにすれば伏見奉行所へ向かう。だがそこの役人に近藤が到着したことを告げたが、驚くべきことに彼らが命を受けて来たことさえ知らなかった。

「藩からの伝達すら届いてないとは……どうなってやがる……」

門前で追い払われ、近藤の交渉も失敗に終われば永倉が舌打ちする。

「この短期間の出来事でもある……。会津藩も動きが後手になっているやもしれん」

すると斎藤が冷静に分析し、ここにいても時間の無駄だとばかりに再び移動を始めた。一旦会津藩邸へ戻り、伝達が滞っていることを伝えた上で何処に行けばいいのか確認。すると今度は九条河原へ向かえと指示を受け、会津藩が設営していた陣営に到着する。しかしここにもやはり情報が入ってないのか、新選組は帰れと言われた。だがここで引き下がる訳にはいかず、近藤が穏やかな口調で大将との謁見を希望すると渋々許可がおりる。

「話がついたよ。新選組はここで待機することとなった」

その近藤が戻ってきた頃には日も沈み、夜営をすることになれば各々が身体を休めるべく動き出した。そしてここにきて昴と行動することが多くなっていた斎藤は、ひとつ息を吐いた彼女の横に座ると気遣う仕草。

「今のうちに寝ておけ。いつ戦闘になるか分からん」

けれど、誰もが緊張の糸を切らすことなく臨戦態勢を保っているのだ。自分だけが睡眠をとるなど出来るわけもない。

「大丈夫だ。有り難う、斎藤さん」

けれど気遣ってくれる優しさが嬉しくて、ニッコリと微笑み返すとそれを見ていた原田が何やらニヤニヤしていた。

「何だぁ、斎藤。最近昴には特別優しいじゃねぇか?」

「………そうか?俺はいつもと変わらんが」

そこでさすがは斎藤一か。表情ひとつ変えず返事をすると、原田がまたまたぁと言いながら絡む。

「それなら相手が俺ならどうよ?」

態度が同じだと言うなら、自分はと指差すと視線だけを原田へよこし。

「勝手に休んでろ」

「ブッ………!やっぱ違うじゃねぇか!」

短く告げると吹き出した男。昴も斎藤の受け答えに思わず笑い、まだ気付いてないのか首を傾げる姿に肩を震わせた。

その時─────。

「………………」

ピクリと昴が動き、外を伺うようにすると原田と斎藤も顔を上げる。だが何かを感じたのは微かで、空気が少し動いただけの感覚でしかない。

「鳥か何かか?」

「………分からん。が、何かいたような気配がした」

松明の灯りさえ届かない外を見つめ、二人が呟くも既にその気配も消えていた。

「原田さん、お願いがあります」

しかし昴だけはじっと外を見つめ、築かれた壁へと向かえば原田と斎藤も動く。そうして見上げるほどの高さのある壁に来ると、昴が再び口を開いた。

「私をあの塀の上に飛ばしてくれませんか?」

「おう、いいぜ…………って、はぁ?」

すると何を言い出すかと思ったのは一目瞭然で、原田がすっとんきょうな声を出す。それには斎藤も驚き、止めろという始末で。

「念のために、偵察です。何もなければすぐに戻りますので」

「いやいや、そんな問題じゃねぇだろ」

原田が慌てふためき、女ひとり行かせる訳にはいかねぇと声を上げるが、昴は少し離れた所から既に助走を始める。

「昴─────!」

「おいおいおい!ちょ……止め────」

トン、と軽やかに地を蹴る音が聞こえ、ふわりと浮かぶ身体へ斎藤が手を伸ばすも間に合わず。こうなったらヤケクソだと原田が手を出せば、昴の足を持ち上げるようにして上へ投げた。
そこから更に軽やかに跳躍し、見事塀の上に着地した昴。振り向くと男二人がじっと見つめている。その二人に小さく手を振り、向こう側へと姿を消せば原田が頭を抱えた。

「…………っはあ。やっちまった………」

軽やかに跳躍する姿に半ば見惚れたばかりか、彼女にはどこか逆らうことができない不思議な雰囲気があるから。

「原田、あんたは戻ってくれ。俺は昴を追い掛ける」

項垂れた横で斎藤が踵を返し、城壁の外へ向かう。しかしそれなら俺もだと、原田も動き出せば二人は昴が消えた方へ走り出した。


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