壱
瞬間、砂利を踏み締め一歩踏み出したのは沖田。
あっという間に距離を縮め、木刀を振り上げると空を斬る音。
しかし反射的に横に構えた昴の手に振動が伝わり、難なくその攻撃を受け止める。
が、そのまま沖田の脚下に更に踏み込み、流れるような動きで木刀を振り抜けば、袈裟掛けに斬り降ろす刃。
小さく息を飲んだ沖田が口の端を上げると、それよりも速く飛び退いた。
「あの女………本当に………っ!」
たった二度の打ち込みで、瀬田昴が沖田総司相手にひけを取らない者だと分かった者たち。
女性であるにも関わらず、全く無駄のない動きがそれを物語っている。
しかも直ぐ様体勢と整え、再び沖田を捉える目は冷静で鋭く。
斜め下に木刀を構える姿に、誰もが見惚れていた。
「おい、恭………」
その姿から目を反らさず、土方が呟くと恭が顔を上げる。
「彼女の流派はどこだ?」
そんな質問に、眉を寄せた彼が分かってるんじゃないのかと切り返し。
頭をかいた男が溜め息をつくとそうだな、と答える。
何故なら、今目の前で構える二人はほぼ同じような姿で立っていて。
沖田を始め、土方と近藤の三人は昴が自分たちと同じ流派の者だと確信する。
「先輩は子供の時から『天然理心流』の門下生ですよ」
「子供の時………だと?」
しかもそんな時分から既に剣を習っていたのだと聞けば、先程の反応をようやく理解した。
(だからか………あの時、まるで初めて女扱いされたような顔したのは)
目の前では双方が踏み込み、鋭い斬撃を互いに受け流しては繰り広げる激しい打ち合い。
暫く触れてなかったと告げた昴も、そんな風には到底見えない動きで互角に渡り合う。
そのどれもが必殺の一撃になりうるものであり、受け流しては斬り込み、また離れては仕掛ける攻防。
「見てみろ、とし。総司のあの顔」
その時、隣に来た近藤が囁くと嬉々とした表情を浮かべる男を見つめる。
「あいつも対等に渡り合える相手に出会えて嬉しいのか。何にしても、彼女の腕は他の隊士と比べても群を抜いている」
「………………それでも、ここに置くことは俺が絶対に許さねえ」
けれど、怒りにも似た眼差しで土方が低い声を出せば、近藤がここまで露にした彼を見るのが初めてなのか楽しそうに笑う。
もしかすると、もしかするか。
いや、既にもう…………。
「分かってるさ、とし。お前の意にそぐわない事はしない。だが、本当は傍に置きたい、そうだろう?」
心の奥底では、もう気付いている。
「…………………」
でも今はまだ、本人でさえそれがどこからくるものなのか理解できてない。
「俺は新撰組以外、大切なものはねえよ」
そう言った彼は、それでも昴から決して目を離しはしないのだ。
「今は、だろう?」
「…………………?」
そして近藤がポツリと呟き、土方が眉を少し寄せると上がる歓声。
視線をすぐに戻すと斬り結んでいた双方が何やら笑みを浮かべている。
「俺をここまで本気にさせたのは、あなたが初めてですよ?瀬田さん」
少し息が上がり、沖田がクスクスと笑えば昴が柔らかな唇にふわりと笑みをのせ。
「御眼鏡にかない、光栄だ」
「とんでもない、それ以上ですよ!」
彼女も少し息を乱せば交わった視線。
だがそれは次が最後だと互いに交わしたもので、弾かれたように二人離れると構え。
「次で決まるな」
近藤が囁き、土方が二人同時に木刀を振り上げる姿をひたと見つめた。
瞬間。
昴の刃が沖田の首筋を捕らえ、時が止まる。
「先輩の…………勝ち…………?」
まさに神速を誇るかのように、肉眼で捉えることができなかった一撃は相手を的確に捕捉し、まさに必殺の一撃となっていた。
しかし、その横で近藤が満足そうに微笑み、首を横に振ると口を開く。
「引き分けか………これはまた凄いな」
「え…………引き分け?」
促され、よく見れば沖田の刃もまた彼女の胴体を捕らえ、渾身の一撃を放っていた。
どう見ても決着は付かなかった状態で、誰も声を発することができずにいれば、ゆっくりと二人が離れる。
「凄いな…………少し遅かったら、負けてましたよ、俺」
「それはこちらの台詞だ………沖田さん」
それでも余裕のある会話に、突如として沸き起こる拍手と喝采。
途端に隊士たちに囲まれ、称賛を浴びる彼女は困惑した表情。
「一番隊隊長相手にここまでやるなんて、すげえよ!あんた!俺、見ていて鳥肌がたったぜ!」
「隊長と一緒に師範になってくれよ!!あんたになら、教わってもいい!!」
「これからは師匠と呼ばせてくれ!!」
我先にと詰め寄られ、口々に称えられるものの、目を伏せるばかり。
こうなる事を望んだ訳ではなかったが、けれど、こうなる事を覚悟の上で沖田の依頼を受けたのだから。
(目を反らしてはならない)
スッと、視線を上げた。
「そこまでだ」
すると隊士たちのすぐ後ろで声が聞こえ、道を開けるようにして脇に退くと土方が昴へと歩み寄る。
有無を言わせないその瞳と、引き結ばれた唇はそのままに、沖田を睨むとニッコリと微笑む相手。
「後は土方さんにお任せします」
悪びれもせずに言えば、彼が昴の腕を掴んで歩き出した。
「…………っ、土方さん………」
大股で歩き、彼女も足早に続くと声を掛ける。
行き先はどうやら自分の部屋のようで、そこに辿り着くと勢いよく襖を開けて昴を中に入れた。
「そこに座れ」
そうして襖を閉め、二人きりになると少しだけ険しかった表情が和らぐ。
促され、畳の上に静かに座ると、土方は立ったままの姿。
「………………?」
自分だけ先に座るのは駄目だと思い至り、再び立とうとすると手で制された。
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あっという間に距離を縮め、木刀を振り上げると空を斬る音。
しかし反射的に横に構えた昴の手に振動が伝わり、難なくその攻撃を受け止める。
が、そのまま沖田の脚下に更に踏み込み、流れるような動きで木刀を振り抜けば、袈裟掛けに斬り降ろす刃。
小さく息を飲んだ沖田が口の端を上げると、それよりも速く飛び退いた。
「あの女………本当に………っ!」
たった二度の打ち込みで、瀬田昴が沖田総司相手にひけを取らない者だと分かった者たち。
女性であるにも関わらず、全く無駄のない動きがそれを物語っている。
しかも直ぐ様体勢と整え、再び沖田を捉える目は冷静で鋭く。
斜め下に木刀を構える姿に、誰もが見惚れていた。
「おい、恭………」
その姿から目を反らさず、土方が呟くと恭が顔を上げる。
「彼女の流派はどこだ?」
そんな質問に、眉を寄せた彼が分かってるんじゃないのかと切り返し。
頭をかいた男が溜め息をつくとそうだな、と答える。
何故なら、今目の前で構える二人はほぼ同じような姿で立っていて。
沖田を始め、土方と近藤の三人は昴が自分たちと同じ流派の者だと確信する。
「先輩は子供の時から『天然理心流』の門下生ですよ」
「子供の時………だと?」
しかもそんな時分から既に剣を習っていたのだと聞けば、先程の反応をようやく理解した。
(だからか………あの時、まるで初めて女扱いされたような顔したのは)
目の前では双方が踏み込み、鋭い斬撃を互いに受け流しては繰り広げる激しい打ち合い。
暫く触れてなかったと告げた昴も、そんな風には到底見えない動きで互角に渡り合う。
そのどれもが必殺の一撃になりうるものであり、受け流しては斬り込み、また離れては仕掛ける攻防。
「見てみろ、とし。総司のあの顔」
その時、隣に来た近藤が囁くと嬉々とした表情を浮かべる男を見つめる。
「あいつも対等に渡り合える相手に出会えて嬉しいのか。何にしても、彼女の腕は他の隊士と比べても群を抜いている」
「………………それでも、ここに置くことは俺が絶対に許さねえ」
けれど、怒りにも似た眼差しで土方が低い声を出せば、近藤がここまで露にした彼を見るのが初めてなのか楽しそうに笑う。
もしかすると、もしかするか。
いや、既にもう…………。
「分かってるさ、とし。お前の意にそぐわない事はしない。だが、本当は傍に置きたい、そうだろう?」
心の奥底では、もう気付いている。
「…………………」
でも今はまだ、本人でさえそれがどこからくるものなのか理解できてない。
「俺は新撰組以外、大切なものはねえよ」
そう言った彼は、それでも昴から決して目を離しはしないのだ。
「今は、だろう?」
「…………………?」
そして近藤がポツリと呟き、土方が眉を少し寄せると上がる歓声。
視線をすぐに戻すと斬り結んでいた双方が何やら笑みを浮かべている。
「俺をここまで本気にさせたのは、あなたが初めてですよ?瀬田さん」
少し息が上がり、沖田がクスクスと笑えば昴が柔らかな唇にふわりと笑みをのせ。
「御眼鏡にかない、光栄だ」
「とんでもない、それ以上ですよ!」
彼女も少し息を乱せば交わった視線。
だがそれは次が最後だと互いに交わしたもので、弾かれたように二人離れると構え。
「次で決まるな」
近藤が囁き、土方が二人同時に木刀を振り上げる姿をひたと見つめた。
瞬間。
昴の刃が沖田の首筋を捕らえ、時が止まる。
「先輩の…………勝ち…………?」
まさに神速を誇るかのように、肉眼で捉えることができなかった一撃は相手を的確に捕捉し、まさに必殺の一撃となっていた。
しかし、その横で近藤が満足そうに微笑み、首を横に振ると口を開く。
「引き分けか………これはまた凄いな」
「え…………引き分け?」
促され、よく見れば沖田の刃もまた彼女の胴体を捕らえ、渾身の一撃を放っていた。
どう見ても決着は付かなかった状態で、誰も声を発することができずにいれば、ゆっくりと二人が離れる。
「凄いな…………少し遅かったら、負けてましたよ、俺」
「それはこちらの台詞だ………沖田さん」
それでも余裕のある会話に、突如として沸き起こる拍手と喝采。
途端に隊士たちに囲まれ、称賛を浴びる彼女は困惑した表情。
「一番隊隊長相手にここまでやるなんて、すげえよ!あんた!俺、見ていて鳥肌がたったぜ!」
「隊長と一緒に師範になってくれよ!!あんたになら、教わってもいい!!」
「これからは師匠と呼ばせてくれ!!」
我先にと詰め寄られ、口々に称えられるものの、目を伏せるばかり。
こうなる事を望んだ訳ではなかったが、けれど、こうなる事を覚悟の上で沖田の依頼を受けたのだから。
(目を反らしてはならない)
スッと、視線を上げた。
「そこまでだ」
すると隊士たちのすぐ後ろで声が聞こえ、道を開けるようにして脇に退くと土方が昴へと歩み寄る。
有無を言わせないその瞳と、引き結ばれた唇はそのままに、沖田を睨むとニッコリと微笑む相手。
「後は土方さんにお任せします」
悪びれもせずに言えば、彼が昴の腕を掴んで歩き出した。
「…………っ、土方さん………」
大股で歩き、彼女も足早に続くと声を掛ける。
行き先はどうやら自分の部屋のようで、そこに辿り着くと勢いよく襖を開けて昴を中に入れた。
「そこに座れ」
そうして襖を閉め、二人きりになると少しだけ険しかった表情が和らぐ。
促され、畳の上に静かに座ると、土方は立ったままの姿。
「………………?」
自分だけ先に座るのは駄目だと思い至り、再び立とうとすると手で制された。
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