それから二日後。
店が休みだったのもあり、昴はのんびりと過ごすことになる。
しかし恭のほうは新撰組の屯所に行く日であったため、その姿は既になかった。
それでも昼頃になるとその屯所の方から注文が入り、彼女が届けに向かう。
そうして辿り着いた先で立っていた隊士が昴に気付くと、すぐに近付いてきた。

「四季の方か?」

「はい。頼まれたものをお持ちしました」

その男は小柄で華奢な体格をしていて、チラリと自分を見ただけですぐに視線を反らす。

「自分が、案内しますので…………」

「すみません、ありがとうございます」

それでも丁寧に接してくれたのが嬉しくて、昴が笑顔を返すと相手の頬が染まった。

「…………っ、こちらです!」

すると背中を向け、小さく呟くと歩き出す。
数日振りだったが、やはり殺伐としているのは変わりない。
今回もまた女である自分に視線が集まったけれど、真っ直ぐと前だけを見て歩けば奥の部屋へと案内された。

「どうぞ………」

「お手数をお掛けしました」

そして昴が頭を下げ、ふわりと微笑むと慌てて視線を反らす男。
女性と接することに慣れてないのか、面と向かって見ることができないようで。
早々に踵を返すと姿を消してしまった。
途端にひとりになり、襖越しに声を掛けると中に入るよう促す声が返ってくる。
静かに襖を開け、一礼して顔を上げるとそこに座っていたのはいかにも貫禄のある男。
昴を一目見るなり笑顔を浮かべ、瞳を輝かせた。

「どうぞ、中へ。あなたが噂の瀬田昴さんか?」

「はい。あの、噂………ですか?」

どんな噂なのか皆目見当がつかず、昴が目を見開くと相手が大きく頷く。

「としのお気に入りだと聞いたが………。知ってるだろう?土方歳三だ」

「………………っ、はい。土方さんは存じてます」

更にそれも聞いたこともなく、彼のことを知っているとだけ頷けばますます笑みをこぼした男。

「確かに………総司の言う通り、あなたは普通の女性とはどこか違う。としが気に入るのも納得だな」

そこでじっと見つめられ、昴がハッと息を飲むと目の前の男が誰なのか気付いた。

「あなたは………近藤勇さんですね?」

「……………よく分かったな。流石だ」

そう、間違いようのないその風貌は新撰組局長である近藤勇その人で。
満面の笑みの中でも、自分へと向けられる視線に少し鋭さが宿る。
しかしそこで怯むような彼女でもなく、持っていた包みを見せるようにすると唇を開いた。

「無礼をお許しください。頼まれたものをお持ちしました」

「とんでもない。ありがとう!確かに、受け取った」

その所作に近藤が微笑み、何度も頷けば包みを受け取る。

「それに、俺も気に入った!こんな男所帯の中でも動じないなんて、ますます興味深い」

しかも楽しそうに笑う相手を見つめ、昴が困惑すれば無遠慮に襖が開いた。

「おい、用が済んだなら帰してやれ」

「お!とし!良いところに来たな」

そうして現れたのは土方本人で、眼鏡を掛けた姿。
その姿を見つめ、昴が少し驚けば彼の目許がほんのり染まり。

「四季は休みだろ?こんな時にまで仕事してるんじゃねぇよ」

「ほう………あのとしが女性の身体を気遣うなんて、どうやら本当らしいな!!」

何やらぶっきらぼうに言うと、近藤が珍しいもの見たと喜んだ。

「うるせえよ………」

その男を睨み、頭をかくと昴を見つめる。

「ほら、早く来い」

「はい…………。それでは失礼します」

「ああ!また今度、ゆっくり話したいものだな!」

促され、昴が近藤へ一礼すると土方が今度はねえと小さく呟いた。

「ここに来る時は大丈夫だったか?」

廊下を歩き、彼の背中を見ていた昴に問い掛けられたのはその時。
部屋に辿り着くまでの事を聞いていると分かり、ひとりの隊士が案内してくれたと説明する。

「ああ、山崎だな。ちゃんと動いたみてえで良かった」

「もしかして、あなたが………?」

それに少し驚き、思わず声に出すと頭をかく男。

「お前のその度胸は認めるが、ここが荒くれ者の巣窟には変わりねえからな」

こんな自分でも女性として見てくれているのだと理解すると、胸が切なく痛んだ。

「ありがとう………ございます」

そして儚げに微笑んだのを振り返った相手が見れば、眉を寄せて顔をしかめる。
その反応はまるで自分がそう扱われたことがないようなもので、何故そんな表情をするのか理解できなかった。

「お前───────」

瞬間、廊下の向こうから俄に歓声が上がり、土方の言葉がかき消される。
二人揃って振り向き、彼がすぐに動くと昴もその後を追う。
すると目の前の広場で見えた影に息を飲んだ。

「篠宮くん………?」

そこには木刀を持った恭と、また対峙するように立つ沖田総司の姿。
周りには隊士たちが囲むようして並び、声を上げている。

「どうした、何をしてる?」

取り巻きの男に近付き、土方が聞くと頭を下げる相手。

「今から沖田さんと篠宮が手合わせするんですよ」

「……………成る程な」

チラリと傍に来た女性を見れば、薄茶色の瞳によぎる何か。

(こんな状況なのに、取り乱しもしない)

やはりそんな素振りすらなく、ただ白い手が静かに握り締められる。
けれど、その姿に土方の鼓動が否応なく速くなったのは言うまでもなく。
ただ、守ってやりたいと思った。

「───────っ!」

(俺は今……………何を)

同時に息を鋭く飲み、己の内に浮かんだ感情に酷く驚くばかり。
まさか自分がこんな事を想う日が来ようとは思いも寄らなくて。
そうして自嘲気味に笑えば、目の前で二人の打ち合いが始まった。
カン!カン!と、ぶつかり合う高い音が響き、沖田相手にひけを取らず好戦する恭。
太刀筋にもキレがあり、的確に打って出る。
そんな中、取り巻きの隊士の中に土方と昴の姿を見た沖田。

「瀬田さんが見てますよ?篠宮さん。ここは良いところを見せないと」

相手の剣檄をかわしながら囁いたけれど、恭は見向きもしない。

「そんなことより、集中してくださいよ!」

変わりに鋭い一撃を放てば、すかさず沖田が間合いを取った。

「恭のやつ、なかなかやるじゃねえか」

仮にも新撰組の中でも強者を集めた一番隊の隊長であり、剣の師範も務めている彼を相手に土方が感心する。
しかし二人を見つめる昴は何も言わず、まるで息をするのも忘れているかのように微動だにしない。
それを酷に感じた土方が小さく吐息し、その場から動くように促したが首を横に振る女性。

「もう勝負はついてる………」

「……………そうだな」

恭が何度か打ち込んでいたが、昴と土方の二人が言葉を交わしたその時、沖田が素早く踏み込んで相手の急所を捉えていた。


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