「篠宮くんは?まだ長引いてるんですか?」

そんな中、昴が気になって問い掛けると土方が眉を寄せる。
ここに来てまで別の男の事を聞いてくるのに無性に腹が立ち、瞳に思わず熱が宿ったが彼女はやはり反らさない。

「─────話は終わった。もうすぐ出てくるだろうよ」

どうにかして熱を逃がすように息を吐き、それを聞いた彼女がホッと吐息したのを見たその時。

「先輩!?待っててくれたんですか!?」

後から来た恭が昴を見つけると、慌てて歩み寄った。

「ああ。気になってつい………」

「つい、じゃないでしょ!先に帰ってって、言っとけば良かった」

「まあまあ、篠宮さん。彼女、あなたのこと心配してたんですって!」

そこで沖田が仲裁に入り、恭が諦めたのか彼女の腕を取る。

「もう用は済みましたよね?」

「あ?ああ」

「それじゃあ、失礼します」

次いで土方へと視線を向け、頷けば一礼して歩き出した。

「あ!瀬田さん!もうひとつ、聞いても?」

そこで沖田が呼び止め、中庭で再び始まっていた稽古へ視線を投げる。
そしてどちらが勝つかと、もう一度問い掛けると彼女が打ち合っている隊士を見つめ。

「あなたから見て、右側のひとです」

それだけ言うと、恭と二人で屯所を後にした。

「おい、総司。お前いったい─────」

彼女の後ろ姿を見送り、いまだ眉を寄せたままの土方が質問しようとすれば中庭を指差されてそちらを見る。
そこでは試合形式での打ち合いが繰り広げられ、もうすぐ決着がつきそうだった。

「今のは、彼女にどっちが勝つのか予想してもらったんですよ」

「はあ?予想だと?」

「彼女の予想だと、右側の隊士だ………と」

そう言って、沖田が目を細めた瞬間、右側の隊士が相手の胴に木刀を寸止めした状態で立っていて。

「一本!止め!」

「な………的中、した………?」

愕然とした土方が呟くと、面白そうに笑う彼から笑みが消える。

「瀬田昴…………彼女は、相手を見ただけでその力量が分かってますよ?土方さん」

「──────っ!?」

驚きと、まさかそんなことがあるはずがないと、目を見開いたが目の前の男の目付きは鋭い。

「でも…………相手にとって、不足なし。ですよね?」

それは同時に、土方にとってまさに似合いの女性だと言っていて。

「今までどんなに沢山の恋文を貰っても何の反応も示さなかったあなたが、彼女にだけは反応してるんです。俺も、彼女以外にあなたを受け止められるひと………居ないと思いますげどね」

世の女性ではなく、誰でもない瀬田昴なのだと。

「……………………」

大きな溜め息と共に頭をかく男を見つめ、沖田は再び口元に笑みを浮かべた。





数日後。
市中にある大輪に咲き誇る桜の木の前に立っていたのは昴。
吹き抜ける風に枝を揺らし、可愛らしい薄桃色の花弁が散る様を見つめる。
この前、恭が新撰組から受けた話を聞き、彼が居なくなった八番隊隊長の身代りになることを引き受けたと知った時、どれほど自分を恨んだか知れない。
だが、あくまでも身代りをするのは週の中の二日間だけでいいと言うことと、直接に刃を交えることはないこと。
隊の中で混乱が生じないようにすることが大前提だと聞いて、安心してくれと言われた。
それだけが救いだったことは言うまでもなく、彼も重荷に感じることではないと優しく言ってくれた。

「それでも………自分が不甲斐ないな」

そうして木の根元に腰掛け、ポツリと呟けば自嘲気味に笑う。
夢で見たこの桜の木の鮮やかな色が眩しくて、目を閉じると小さく吐息。
そよぐ風は黒髪を揺らし、昨夜は寝付けなかったのもあり心地よさに眠気が襲い。
ただ………思い浮かんだのは土方の顔。
ここ何日か四季に顔を見せに来てないなと思い出したけれど、意識はそのまま闇に沈んだ。




「……………ん?」

その頃、ようやく仕事が一段落した土方がふと足を向けた先は桜が咲く場所。
何故かその場所が気になって来てみると、根元で誰かが寄り掛かっている。
こんな所で誰がと、そう思って近づけばそこには昴が眠っていて。

「おい………こんな所で何寝てるんだか」

面倒臭そうに頭をかいたが、じっと顔を見つめた。

「………………お前は、本当に不思議な女だ」

そこで彼も根元に歩み寄り、遠慮なく昴の横に腰を降ろせばこぼれた呟き。
こんなに近くにいても、苦になるどころか心地よいとさえ感じる自分。
何も話すことがなくても、ただこうしているだけでも満たされる感覚。
それが恐ろしくもあり、また胸の鼓動が速くなる。

(こんなにも俺の心を乱すことができる女は、お前以外いねえ………)

そっと視線をおとし、眠る姿を見れば柔らかな頬にひらりと舞い落ちた花弁。
白い肌に桃色の花弁がくっつき、土方は目を少し細めた。
そして指先を伸ばし、それを取り除こうとするも止まる指。
ガラにもなく何をしようとしているのか、その手が頭をかけば再び視線を向け。

「…………………」

見ているだけではやはり花弁はそのままで、吐息するとやっと花弁を取り除いた。

「ん──────」

とその時、昴の瞼が震え、ゆっくりと目を開けると覗いた薄茶色の瞳。
目が覚めたのか、何度か瞬きすると辺りを見渡す。
そこで隣に誰かが居ると認識し、振り返った先で見た人物を見て言葉を失った。

「……………目が覚めたみてえだな?」

「─────っ、土方さ……………」

そんな彼女へ頭をかきながら声をかけ、微笑んだのは土方。
昴の見開かれた目がどうしてここにいるのかと訴えているから、それはこっちの台詞だと言ってやる。

「こんな所で寝るな。襲われても文句は言えねぇぞ?」

「あ……………そう、ですね。すみません」

途端に頬が染まり、慌てる姿に笑顔を向けると視線が交わった。

「仕事、大変だったんですか?」

けれど相手はいつもと変わらず、普通通りに話し掛けると胸がチクリと痛む。
意識しているのは自分だけなのかと、そう思えば溜め息を吐いていた。

「まあな………」

それだけ答え、沈黙が落ちると昴は前を見つめて何やら考えるような仕草。
息を飲むような綺麗な面を横目で見やり、沖田の言ったことを思い出せばやるせない。

(相手にとって、不足なし…………か)

あの時、彼女が物盗りを鮮やかに捕まえて見せたその光景に目を奪われた自分。
相手は凶器を持っていたにも関わらず、怯むことなく真っ向から対峙した。
そんなことができる女性など、見たことすらなかったから。
同時に沸き上がる感情に戸惑い、そして理解した。

"彼女なら、鬼の副長と恐れられる自分の全てを受け止めてくれる"

ひとり孤独の道を歩む己の横に、寄り添えるのは彼女だけだと。

(何の根拠もねえよな………こんなの)

でも今はまだ、何故そんな感情が沸き上がるのかさえ、分からないから………。
そうして二人、会話もなくただ静かに桜の花弁が散る様を眺めていた。


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