新撰組の屯所に到着して早々、門扉を潜ると入り口付近にいた隊士たちの視線が突き刺さる。
しかもそれは恭ではなく、あからさまに女性である昴に向けられるもので、重苦しい空気に包まれた。
それでも彼女は前に進み、入り口に立っていた男に告げる。

「土方様にお届けものがあって来ました。お目通りをお願いできないでしょうか?」

「あ?副長が………?女がわざわざこんな所に来るなんて、怪しいにもほどがあるが」

そうして上から下まで舐めるように見れば、気が変わったのかニヤリと笑う。

「俺が案内してやろうか?副長の所まで」

その視線を浴び、しかし昴は怯むことなく目の前の男を見やるとふいに奥から声が掛かった。

「あれ、瀬田さんじゃないですか!こんな所に女の人が来るなんて、駄目ですよ?」

「…………沖田さん」

「ああ、それともあれですか?昨日、土方さんが頼んだ。それに後ろの人も、来てくれたんですね」

すると柔和な雰囲気で廊下から現れた沖田総司が矢継ぎ早に話し掛け、隊士のひとりを横目で見る。
その視線を受け、顔を青ざめさせると頭を下げる男。
何も言わずにその場から去ると、恭が彼女の横に並んだ。

「それじゃ、ここから先は自分が案内しますから。二人ともついてきてください」

それから廊下を歩き、屋敷の奥へと進む。
その度にすれ違う隊士たちが沖田につれられて歩く昴を見ては、目を見開いて驚くばかりで。

「すみませんねぇ……女の人なんて、そう珍しいものでもないのに。それとも、あなただからでしょうか?取り敢えず、俺といれば問題ないと思うので」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

苦笑した沖田が昴へと軽く頭を下げると、首を振った。

「ここが土方さんの部屋です。多分、今なら局長もいると思いますが………まぁ気にせず渡してくれたらいいんで」

「わかりました。じゃあ先輩、俺行ってくるから」

「分かった」

その時、丁度目的地に着いたのか沖田が足を止めると目の前の襖を指差す。
しかも局長と聞いて恭の顔に緊張がはしったのは否めず。
新撰組局長とは、あの近藤勇のことなのだ。
何故このタイミングで居るのか、だがそんなことを気にしてもどうにもならないと分かっているから、恭は包みを持ってすぐに中へと入って行った。

「さて、あなたはどうします?」

そうして廊下に残ったのは昴と沖田総司のみとなり、笑顔を向けた男が問い掛ける。
昴としては別段ここで待っていても良かったから、それを伝えるとうーんと唸る相手。

「さっきも言いましたけど、ここにひとりはどうかと思いますよ?誰か他の隊士に送らせるんで………と言いたいところなんですが、俺に少し時間、くれませんか?」

表情は柔らかいままだったが、鋭い視線をよこしながら見た。

「……………分かりました」

そこであっさりと昴が返事をすれば、逆に彼の方が驚いたのか目を見開く。
まさかこんなに快諾されるとは思ってもなかったようで、しかしすぐに目を細めると口の端を上げた。

「………さすが、瀬田さんですね。隙があるように見えて、まったくない。あなたがすぐに返事をしたから驚きましたが………なるほど、土方さんが気に入ることはありますね」

「…………………」

「ま、それはさておき。ここで立ち話しは何なので、俺の部屋にでも行きましょうか?」

どうそ、と促されるまま、昴が沖田の後に従うと中庭では隊士たちが木刀を構えて稽古をする姿が見える。
数人の男たちは誰も屈強そうで、激しく木刀をぶつけ合いながらも汗を流していた。
その様子を昴が見つめると、横では沖田がますます面白そうに顔を綻ばせる。
まるで気が変わったとでも言うように、そこで立ち止まると彼女を見た。

「そうだ、少し見て行きませんか?」

「え…………?」

更に昴の返事も聞かず、隊士たちに声を掛けると試合形式で練習をしろと命じる彼。
するとすぐに二名が木刀を持って礼をし、睨み合いなから構えた。

「始め!」

瞬間、沖田が声を上げ、砂埃を上げながらも実践さながらの動きで交える男たち。
乾いた音が中庭に響き渡り、外野からは檄が飛ぶ。
やはりこの時代での練習とは、生きるか死ぬかを左右するものなのだと理解するには十分で。
ほんの少しの隙や気の緩みがあれば、一瞬で命を落とすのだと、そう伝わってきた。

(やっぱり………この人はただの素人なんかじゃない。護身術を学んでるとか言ってるけど、そんな次元の類いじゃない)

隊士たちの激しい打ち込みを、ただ黙って見つめる昴を横目に嬉々とした表情を浮かべたのは沖田。
薄茶色の瞳が、今は金色に近い色を放ち、剣が描く軌跡を的確に捉えている姿。
女性ならば、鬼気迫るこの状況を冷静に把握できる者は皆無だろう。
何故なら、この時代ではまだ女性に与えられている権利は男性よりも低い。
年若くして男の元に嫁ぎ、子を成すのが女性であり、夫の帰りをただ黙って待つのが妻の務め。
その手に持つは刀ではなく、家族を支える力なのだ。
だが、目の前に立つ女性はそれが全く当てはまらない。
護身術なる身を守る術を持ち、刃を持つ相手にも怯みもしない。
まるで美青年とみまごうかのような面と、すらりと立つ姿から漂うのは凛々しさで。

「この試合、どちらが勝つと思います?」

そっと沖田が囁くと、目を反らさずに見つめた昴が口を開いた。

「手前の、ひとです」

直後、

「一本!止め!」

木刀が地面に転がる音が響き、奥にいた隊士の首筋にひたと突き付けられた切っ先。
彼女の言った通り、手前にいた男の勝利を告げる声が上がる。

「お見事!的中しましたね!」

そして沖田がさも楽しそうに笑うと、廊下からまた別の声がした。

「おい、こんなとこで何してる」

「あ、土方さん!丁度良いとこに!」

途端に顔を上げた彼が手をひらひらと振り、その横に立っていた昴を見つけると頭をかいたのは土方。

「それにお前まで………。女がここに来るんじゃねぇ」

溜め息と共に近付き、沖田を睨むと滅相もないと苦笑した。

「嫌だなあ、誤解ですよ!彼女は篠宮さんと一緒にここに来たんです。それに待つって言うから、俺が相手をしてただけですよ?」

「沖田さんの言うとおりです。ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「あいつと?………まあ、それなら仕方ねぇけど、ひとりでは来るなよ?」

そうして昴も本当だと付け加えると、安堵したのか再び頭をかく男。
心なしか頬が赤くなり、それを見た沖田がニヤニヤと笑った。


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