壱
「確かに。彼女の動き見てましたけど、どう見てもかなりの手練れですよ?」
そしてまた別の声が聞こえてくると、土方の隣に立った沖田総司。
ニッコリと笑みを浮かべているが、その目は笑ってない。
だが、そこで目を反らすことなく見つめ返した昴が静かに立ち上がると首を横に振った。
「少し、護身術を習っているだけです」
「護身術?それはどこの道場でだ?」
「…………………」
その質問に初めて土方から目を反らした彼女。
ここで何を説明しようとしても伝わることはないだろうと分かっているから、言葉にすることができない。
「言えないような所で、習ってたりするんですかねぇ?」
更に沖田が畳み掛けると、そこでジロリと睨んだ土方が手で制した。
「やめろ、総司。別に言いたくねぇなら言わなくていい。どうやらその腕は人を守るためにあるようだからな。それに、篠宮って言ったか?お前も同じだろ?」
「…………そうですけど」
「ならそれでいい。俺たちとどうこうって方なら捨て置けねえが、お前たちは違う。邪魔したな」
「いいんですか?彼女はともかく、彼は必要なんじゃないです?」
「……………………」
二人を庇い、土方が踵を返すとしかし沖田がのほほんと口を開く。
彼が見ていたのは篠宮恭であり、何やら意味深な視線を送っていた。
すると土方もまた振り返り、面倒臭そうにひとつ息を吐くとじっと見つめ。
「明日でいい。ひとつ、何でもいいから屯所まで届けてくれ」
有無を言わさず注文をした。
「………それは、俺 にですか?」
少し沈黙が落ち、スッと目線を変えた恭が低い声で問うたが無言のままの男。
横では静かにこちらを見る昴がいて、土方はすぐに背中を向ける。
その瞳に見つめられると、心の中までも見透かされそうで……。
「頼んだぜ」
それだけ言うと、沖田をちらりと見てから歩き出したのだった。
「─────で、どうして一緒に来たんですか?」
活気で溢れる大通りを歩き、恭が大きな溜め息を吐いたのは翌日のこと。
昨日、土方に頼まれたものを新撰組の屯所に届けるため、準備をしていると昴も同行すると告げる。
それには恭が訝しげな表情を浮かべ、男所帯のあの場所に昴を近付ける訳にはいかないと言ったが、彼女も引き下がらなかった。
「少し、気になることがあって………」
急ぎ足で通り過ぎて行く行商を軽やかにかわし、昴が前を見据えたまま言うと恭が眉を寄せる。
「昨日の依頼は、篠宮くんにしたものだった。あの言い方なら私に言ってると思ってもおかしくはなかったけれど、私に言ったんじゃない」
沖田は恭を見ていたけれど、土方は自分から決して目を反らさなかった。
でもそれは自分に言ったのではない、やはり恭に向かって頼んだもの。
しかしその中に潜む意思が、確かにあった。
「多分だが………私が何者 か、計りかねてるんだ」
「だから、どっちつかずに言った?」
「…………ああ」
目を少し伏せ、昴がポツリと呟くと拳を握り締めた男。
まだ自分たちが学生だった頃、学年が上だった彼女の噂はどこにいてもすぐに聞こえるものだった。
その容姿も去ることながら、女子高生であるに関わらず柔剣道の腕は師範代だったこと。
神童と謳われるに相応しくも、恭も彼女と手合わせして一度も勝てたことがなかった。
それと同時に彼女の家柄の話もよく話題に上っていたのを思い出す。
『瀬田先輩の先祖って、どうやらあの新撰組らしいぜ!』
『マジ!?てか、新撰組の誰の子孫だよ?』
『そこまでは知らねぇけどさ!それがホントならヤバくね!?』
『でもさ、瀬田って名字のやついたか?』
当時は面白半分で話していたのを恭も聞いていたが、真実なのではないかと思う時はあった。
何故なら彼女だけが何故か別格な存在であり、女性でありながら剣の道へ進んでいる。
学生の部活動ではなく、幼い頃からそれこそ道場に通っていたと昴本人が教えてくれたから。
それを彼女はまるで呼吸をすると同じように何の疑問もなくしていたし、恭も女の子だからと否定することがなかった。
(先輩には………それが本当の『自分』だって、気付いてるんだ)
だからこそ、誰に何を言われようと凛とした姿のまま生きていられる。
「きっと、前世 は男だったんじゃないかと思う」
ふと、昴が呟くとビクリと体を震わせ。
「そんな……先輩はっ、凄く綺麗で……男なら誰でも振り向くほど美人なんです!!」
砂利道を睨み付けるように見つめた恭が、教えるように声を上げる。
「先輩は自分が女の人として何一つ持ってないって思ってるけど………そんなことは絶対にない!俺だって本当は──────、いや、男なら………一度は触れたいって思います!」
「篠宮………く………」
「──────だから今日だって、本当は連れてきたくなかったのに」
彼女を危険に晒すようなことはしたくないし、何より、あの男………土方歳三にだけは見せたくない。
昴とその男が、何か目に見えないもので惹かれ合っているのが分かるのだ。
でもまだ、本人たちがそれを知らない。
だから引き合わせてはいけないと、そう思うのだ。
それでも─────。
「私のことよりも、篠宮くんが心配なんだ」
薄茶色の瞳がひたと見据え、息を飲む。
同時に胸が痛くて、目を閉じてしまう。
ああ………あなたってひとは………
「私のせいでこの世界に連れて来てしまったあなたを、守るのが私の役目だから」
涼やかな声が耳に響き、口を噛み締めた。
.
そしてまた別の声が聞こえてくると、土方の隣に立った沖田総司。
ニッコリと笑みを浮かべているが、その目は笑ってない。
だが、そこで目を反らすことなく見つめ返した昴が静かに立ち上がると首を横に振った。
「少し、護身術を習っているだけです」
「護身術?それはどこの道場でだ?」
「…………………」
その質問に初めて土方から目を反らした彼女。
ここで何を説明しようとしても伝わることはないだろうと分かっているから、言葉にすることができない。
「言えないような所で、習ってたりするんですかねぇ?」
更に沖田が畳み掛けると、そこでジロリと睨んだ土方が手で制した。
「やめろ、総司。別に言いたくねぇなら言わなくていい。どうやらその腕は人を守るためにあるようだからな。それに、篠宮って言ったか?お前も同じだろ?」
「…………そうですけど」
「ならそれでいい。俺たちとどうこうって方なら捨て置けねえが、お前たちは違う。邪魔したな」
「いいんですか?彼女はともかく、彼は必要なんじゃないです?」
「……………………」
二人を庇い、土方が踵を返すとしかし沖田がのほほんと口を開く。
彼が見ていたのは篠宮恭であり、何やら意味深な視線を送っていた。
すると土方もまた振り返り、面倒臭そうにひとつ息を吐くとじっと見つめ。
「明日でいい。ひとつ、何でもいいから屯所まで届けてくれ」
有無を言わさず注文をした。
「………それは、
少し沈黙が落ち、スッと目線を変えた恭が低い声で問うたが無言のままの男。
横では静かにこちらを見る昴がいて、土方はすぐに背中を向ける。
その瞳に見つめられると、心の中までも見透かされそうで……。
「頼んだぜ」
それだけ言うと、沖田をちらりと見てから歩き出したのだった。
「─────で、どうして一緒に来たんですか?」
活気で溢れる大通りを歩き、恭が大きな溜め息を吐いたのは翌日のこと。
昨日、土方に頼まれたものを新撰組の屯所に届けるため、準備をしていると昴も同行すると告げる。
それには恭が訝しげな表情を浮かべ、男所帯のあの場所に昴を近付ける訳にはいかないと言ったが、彼女も引き下がらなかった。
「少し、気になることがあって………」
急ぎ足で通り過ぎて行く行商を軽やかにかわし、昴が前を見据えたまま言うと恭が眉を寄せる。
「昨日の依頼は、篠宮くんにしたものだった。あの言い方なら私に言ってると思ってもおかしくはなかったけれど、私に言ったんじゃない」
沖田は恭を見ていたけれど、土方は自分から決して目を反らさなかった。
でもそれは自分に言ったのではない、やはり恭に向かって頼んだもの。
しかしその中に潜む意思が、確かにあった。
「多分だが………私が
「だから、どっちつかずに言った?」
「…………ああ」
目を少し伏せ、昴がポツリと呟くと拳を握り締めた男。
まだ自分たちが学生だった頃、学年が上だった彼女の噂はどこにいてもすぐに聞こえるものだった。
その容姿も去ることながら、女子高生であるに関わらず柔剣道の腕は師範代だったこと。
神童と謳われるに相応しくも、恭も彼女と手合わせして一度も勝てたことがなかった。
それと同時に彼女の家柄の話もよく話題に上っていたのを思い出す。
『瀬田先輩の先祖って、どうやらあの新撰組らしいぜ!』
『マジ!?てか、新撰組の誰の子孫だよ?』
『そこまでは知らねぇけどさ!それがホントならヤバくね!?』
『でもさ、瀬田って名字のやついたか?』
当時は面白半分で話していたのを恭も聞いていたが、真実なのではないかと思う時はあった。
何故なら彼女だけが何故か別格な存在であり、女性でありながら剣の道へ進んでいる。
学生の部活動ではなく、幼い頃からそれこそ道場に通っていたと昴本人が教えてくれたから。
それを彼女はまるで呼吸をすると同じように何の疑問もなくしていたし、恭も女の子だからと否定することがなかった。
(先輩には………それが本当の『自分』だって、気付いてるんだ)
だからこそ、誰に何を言われようと凛とした姿のまま生きていられる。
「きっと、
ふと、昴が呟くとビクリと体を震わせ。
「そんな……先輩はっ、凄く綺麗で……男なら誰でも振り向くほど美人なんです!!」
砂利道を睨み付けるように見つめた恭が、教えるように声を上げる。
「先輩は自分が女の人として何一つ持ってないって思ってるけど………そんなことは絶対にない!俺だって本当は──────、いや、男なら………一度は触れたいって思います!」
「篠宮………く………」
「──────だから今日だって、本当は連れてきたくなかったのに」
彼女を危険に晒すようなことはしたくないし、何より、あの男………土方歳三にだけは見せたくない。
昴とその男が、何か目に見えないもので惹かれ合っているのが分かるのだ。
でもまだ、本人たちがそれを知らない。
だから引き合わせてはいけないと、そう思うのだ。
それでも─────。
「私のことよりも、篠宮くんが心配なんだ」
薄茶色の瞳がひたと見据え、息を飲む。
同時に胸が痛くて、目を閉じてしまう。
ああ………あなたってひとは………
「私のせいでこの世界に連れて来てしまったあなたを、守るのが私の役目だから」
涼やかな声が耳に響き、口を噛み締めた。
.