静まり返った部屋で、二人言葉も交わさず見つめ合っているとふいに昴が立ち上がって踵を返す。
その動きで土方が我に返り、四季まで送ると言ったが断られた。

「ひとりで大丈夫だ。あなたはゆっくり休んでくれ」

そうして彼が何か言うより早く、襖を開けた昴は土方の部屋から姿を消した。




「先輩?どうしたの、ぼーっとして」

それから店に戻り、支度を素早く終わらせるとまたいつものように仕事を始める。
今日は客足もゆっくりで、台所で昼の仕込みをしていたところで恭が声をかけた。

「……………っ!」

包丁を持つ手が止まっていたのか、驚いて身体を震わせると珍しいものを見たと言う表情でニヤリと笑う相手。

「まさか、土方さんと?」

1日看病していたと聞いた恭が顔を覗き込むようにすると、包丁の切っ先がひたと向けられる。

「篠宮くんが思ってるようなことなどないが?希望に添えず申し訳ない」

「ちょ、先輩!それ洒落になんねえって!」

慌てて彼が離れ、本当に刺されるかと思ったとぼやくと苦笑した昴。

「ほら、お客さんだぞ?」

丁度暖簾をくぐってきた客が目に入り、彼女が促すと恭が店先に出た。

「あれ?沖田さんじゃないですか!」

その時、恭の声が聞こえて微かに目を見開くと、台所に戻ってきた彼が昴に客だと告げる。

「沖田さん、先輩に用があるって」

「私に?」

沖田がどうして自分に会いに来たのか皆目見当がつかず、すぐに向かうと笑顔を浮かべた相手。

「もう店に戻ってたんですね、瀬田さん」

まだ屯所に居たと思っていたのか、昴は苦笑すると首を振った。

「今日は休みじゃないから。それより、どうしたんですか?」

すると沖田が溜め息混じりに肩を竦め、説明を始める。

「そうそう。今朝からもう土方さんが動いてて、熱も下がったと言って聞かないんです。まだ傷が塞がって日も経ってないのに。瀬田さんの言うことをなら聞くと思うんで、もう一度来て欲しいなって」

それは土方の傍に居てくれないかということであり、少しだけ目を細めた昴はしかし頷きはしなかった。

「すまないが…………それはできない」

「……………?どうしてです?」

しかし沖田はきょとんとするばかりで、首を傾げると問い掛ける。
誰がどう見ても、この二人は互いを意識しているのに、何故それを認めようとしないのか。

「土方さんが、それを望んではいない」

儚げに微笑んだ彼女を見つめ、訳がわからないと思う。

「本人がそう言ったんですか?」

それには首を振り、それじゃあ何故と言えば昴が視線を地面へと落とし。

分かるんだ・・・・・、私も同じだから」

「…………瀬田さんが?」

頷いた彼女の小さな唇がふわりと開いた。

「命を捨てる覚悟を持つ者は、その覚悟を鈍らせるものはつくらない」



「────って、彼女が言うんですよ。土方さん、どう思います?」

時刻は夕方。
土方が溜まっていた文などを処理していると、ずかずかと部屋に入ってきた沖田総司。
目の前にどっかりと胡座をかくなり何やら喋り始める。

「どう思うかって、そりゃそのままの意味だろうが」

いかにも瀬田昴らしい、潔い答えに土方が微笑むとそれを見た沖田が呆れた。

「ほら、それですよ!そんな顔するなら、傍に置けばいいのに。彼女が傍にいてくれたら、もっと強くなれると思いません?」

「あ?もっと強くなるだと…………?」

それは一体どういう意味だと、問い掛けようとすれば真顔で沖田が見つめる。

「彼女は女性ですけど、仮にも俺たちと同じ天然理心流の門下生ですよ?己の身を守る術を持ってるし、男相手に怯むこともない。自分がいつ居なくなるか分からないからって、遠ざけるようなひとではないはずです。それに同じ覚悟を持つなら尚更ですよ!自分を理解してくれる人が傍にいるってことがどれだけ心強いか、土方さんだって知ってますよね?」

「……………………」

すると眼鏡を外した土方が大きく息を吐き、今朝方の彼女の事を思い出して眉を寄せると反芻する。

"この先、私が太刀を離さなかったとしても、あなたはきっと変わらず接してくれる"

そしてそんな自分に好意を抱いたのだと。

真っ直ぐと答えてくれたその女性は、確かに自分のことを理解していた。

(だが、まだだ………)

まだ、お互いのことを深くは知らない。

だからこそ、もっと近くに行かなくては分からない。
誰よりも近くに。

(触れても…………いいよな………。俺だって、お前に触れられるのは構わねえ)

誤魔化しようのない想いを感じ、フッと笑みを浮かべた男を見て、沖田が漸くかと密かに溜め息をこぼしたのだった。


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