弐
しかも帰ったと勝手に思っていたため、こんな時間までここに居たと分かれば歯噛みする自分。
「総司のやつ、何で帰さなかったんだ?」
頭をかき、溜め息をつけばじっと見つめて気付いたのは彼女の格好で。
「わざわざそんな格好までして来てたのか」
袴姿に目を細めると、静かに近付く。
ずっと看病していたのか、土方が傍に来ても起きる気配はなく、そっと頬に触れると微かに震える睫。
流石にその態勢のまま寝かせるのは忍びなく、抱き上げようとすると傷が痛んだ。
それでも昴を抱き、褥まで運ぶとそこに寝かせる。
あの日以来の彼女の温もりと、二度目になる寝顔を見てやはり酷く安心している自分に気付けば眉を寄せ。
「あんなことしちまったのに、こうして俺の所に来る………。もう、認めるしかねえのか」
ずっと自問自答してきた事を繰り返し、いよいよこの時が来たと自覚する。
否応もなく彼女に惹かれるのは、土方の心の中を瀬田昴という存在が満たしているから。
それはともすれば時に激しく、どうしようもない衝動に駆られるもので。
あの時でさえ、花魁の姿だった昴を目の前に抑えることが出来なかった。
それと同時にこうしてまた彼女が傍に来てくれただけで、安堵と充足感で満たされる。
「調子が狂わされっぱなしなんだよ…………お前には、本当に………」
ポツリと呟き、眠る女性を見つめ艶やかな黒髪に触れると絡ませた指。
けれど土方の唇からこぼれたのは吐息で、夜の静寂に聞こえる小さな寝息を聞きながら、その瞳だけは強い光を宿していた。
暗い部屋が段々と白み始め、夜明けを告げるようにどこからか聞こえる鶏の鳴く声。
「……………ん」
覚醒を促され、ゆっくりと目を開けると見慣れぬ天井に瞬きを繰り返す。
昨日、土方を見舞いに新撰組の屯所に行き、眠る彼の看病をする中ついうたた寝をしていたまでは記憶があって。
ここはどこなのかと、身体を起こして用心深く見回していると自分の部屋でない事に気付く。
「────っ、まさか…………」
そこではっきりと頭が覚醒し、思わず固唾を飲むと襖が静かに開いた。
「あー…………目ぇ覚めたみたいだな」
「っ!?ひ、土方さん…………?」
やはりここは土方の部屋で、あのままここで夜を明かしたと理解すれば顔が青ざめる。
しかも頭をかきながら近付く彼が、何も言えず固まっている昴を見ると溜め息をこぼす始末で。
「起きたなら送ってやる。今はまだ他のやつらは誰も起きてねぇから………見られることはねえ。安心しろ」
「────す、すまない」
気遣ってくれたことが申し訳ないなくて、目を伏せたがそこでハッと息を飲むと彼を見つめた。
「もう動いて大丈夫なのか!?私がここで寝てたと言うことは………あなたはどこで寝てたんだ?」
どうして土方のほうが動いているのかと慌て、ここを独占していたと分かれば直ぐに褥から退く。
早く横になれと、恥ずかしさなど感じる暇もなく告げると苦笑した相手が落ち着けと口を開いた。
「熱は大分下がった。それと、ここで寝てたに決まってるだろうが」
「え………?」
更に土方が自分の部屋だから当たり前だと頭をかきながら付け加えると、昴の身体が強張る。
まさか同じ褥で寝ていたのかと思えば顔が真っ赤に染まり、動悸を抑えることが出来ず。
それよりもどうして起こしてくれなかったのかと、今度は頭を抱えると可笑しそうに笑う男。
「赤くなるか青くなるか、どっちかにしろよ」
だが昴にとってはそれどころではなく、
「本当にすまない………。ひとりで帰れるから、邪魔した分ゆっくり休んでくれ」
すぐにでもここから立ち去ろうと、顔を伏せたまま立ち上がり掛けたその時。
「…………おい、ひとつ教えろ」
ふいに土方が昴の手を取り、近付くと低い声色で囁く。
そして薄茶色の瞳を捕らえると問い掛けた。
「お前にとって、俺はどんな存在だ?」
「─────っ」
何故そんな質問をするのか、困惑して息を飲むと交わる視線。
自分にとって、土方歳三と言う男がどんな存在なのか。
それこそ気付いてしまった想いの事を聞いているのか、それとも人としてどう思っているのか。
目まぐるしく考えていると目の前の男が小さく息を吐く。
「あんな事があっても、お前は俺のもとに来る………。普通なら、もう近付かないだろ。だから教えてくれ………。それでも俺の傍に来る理由を」
「それは…………」
すると視線をさ迷わせ、言葉に詰まる彼女を見つめる土方。
自分でも卑怯だと自覚はある。
彼女の気持ちを先に聞いて、大丈夫だと確認したい自分がいることを。
しかし土方自身がそんな態度を取りたくなるのも、一重に目の前の彼女が原因でもある。
(お前が何を考え、何を思っているのか………知りたいんだ)
自分も感情を表に出す者ではないが、昴も出会ってから今まで、感情の起伏というものを殆んど見せたことがなく。
まるで泰山の如く落ち着いた雰囲気を纏い、凛として立っている。
決して揺らぐことのないものを、持っているからなのか。
目を伏せたままの女性を見つめ、彼も考えを巡らせていると、スッと顔を上げた昴。
真っ直ぐと向けられる瞳に、土方も見つめ返すと告げられた。
「あなたの事が…………好きだからだと思う」
「…………………」
瞬間、彼女が向けた視線同様、あまりにも真っ直ぐな言葉に目を見開く男。
まさかと思う反面、互いに引き寄せ合う何かを感じていたのはこのことだったのか。
しかし昴はそれだけを言うと一切の感情も無くしたような表情を見せ、直ぐに目を閉じて息を吐いた。
「私もずっと考えていた。どうしてあの時、あなたを拒まなかったのかと………。今まで男と変わらないような扱いを受けてきた私を、女として見てくれたあなたに最初は感謝だけを感じていた。土方さんだけは、私を女として扱ってくれる。でもそれは本当の『私』を知らなくて、見た目だけでも女性と見えているならそれでも良かったんだ」
でもここに来て沖田と手合わせした時も変わらず女性として接してくれたこと、怪我をした自分を心配して医者にまで看せてくれた。
それに…………。
「花魁の格好をしていても、あなたは私だと気付いてくれた」
たとえどんな姿をしていたとしても、彼は自分の本質を見てくれている。
「この先、私が太刀を離さなかったとしても、あなたはきっと変わらず接してくれる。私にとって土方さんは、そんな存在だから」
気付いた時にはもう、惹かれていたと。
再び目を開けた昴の瞳は、一寸の揺らぎもなかった。
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「総司のやつ、何で帰さなかったんだ?」
頭をかき、溜め息をつけばじっと見つめて気付いたのは彼女の格好で。
「わざわざそんな格好までして来てたのか」
袴姿に目を細めると、静かに近付く。
ずっと看病していたのか、土方が傍に来ても起きる気配はなく、そっと頬に触れると微かに震える睫。
流石にその態勢のまま寝かせるのは忍びなく、抱き上げようとすると傷が痛んだ。
それでも昴を抱き、褥まで運ぶとそこに寝かせる。
あの日以来の彼女の温もりと、二度目になる寝顔を見てやはり酷く安心している自分に気付けば眉を寄せ。
「あんなことしちまったのに、こうして俺の所に来る………。もう、認めるしかねえのか」
ずっと自問自答してきた事を繰り返し、いよいよこの時が来たと自覚する。
否応もなく彼女に惹かれるのは、土方の心の中を瀬田昴という存在が満たしているから。
それはともすれば時に激しく、どうしようもない衝動に駆られるもので。
あの時でさえ、花魁の姿だった昴を目の前に抑えることが出来なかった。
それと同時にこうしてまた彼女が傍に来てくれただけで、安堵と充足感で満たされる。
「調子が狂わされっぱなしなんだよ…………お前には、本当に………」
ポツリと呟き、眠る女性を見つめ艶やかな黒髪に触れると絡ませた指。
けれど土方の唇からこぼれたのは吐息で、夜の静寂に聞こえる小さな寝息を聞きながら、その瞳だけは強い光を宿していた。
暗い部屋が段々と白み始め、夜明けを告げるようにどこからか聞こえる鶏の鳴く声。
「……………ん」
覚醒を促され、ゆっくりと目を開けると見慣れぬ天井に瞬きを繰り返す。
昨日、土方を見舞いに新撰組の屯所に行き、眠る彼の看病をする中ついうたた寝をしていたまでは記憶があって。
ここはどこなのかと、身体を起こして用心深く見回していると自分の部屋でない事に気付く。
「────っ、まさか…………」
そこではっきりと頭が覚醒し、思わず固唾を飲むと襖が静かに開いた。
「あー…………目ぇ覚めたみたいだな」
「っ!?ひ、土方さん…………?」
やはりここは土方の部屋で、あのままここで夜を明かしたと理解すれば顔が青ざめる。
しかも頭をかきながら近付く彼が、何も言えず固まっている昴を見ると溜め息をこぼす始末で。
「起きたなら送ってやる。今はまだ他のやつらは誰も起きてねぇから………見られることはねえ。安心しろ」
「────す、すまない」
気遣ってくれたことが申し訳ないなくて、目を伏せたがそこでハッと息を飲むと彼を見つめた。
「もう動いて大丈夫なのか!?私がここで寝てたと言うことは………あなたはどこで寝てたんだ?」
どうして土方のほうが動いているのかと慌て、ここを独占していたと分かれば直ぐに褥から退く。
早く横になれと、恥ずかしさなど感じる暇もなく告げると苦笑した相手が落ち着けと口を開いた。
「熱は大分下がった。それと、ここで寝てたに決まってるだろうが」
「え………?」
更に土方が自分の部屋だから当たり前だと頭をかきながら付け加えると、昴の身体が強張る。
まさか同じ褥で寝ていたのかと思えば顔が真っ赤に染まり、動悸を抑えることが出来ず。
それよりもどうして起こしてくれなかったのかと、今度は頭を抱えると可笑しそうに笑う男。
「赤くなるか青くなるか、どっちかにしろよ」
だが昴にとってはそれどころではなく、
「本当にすまない………。ひとりで帰れるから、邪魔した分ゆっくり休んでくれ」
すぐにでもここから立ち去ろうと、顔を伏せたまま立ち上がり掛けたその時。
「…………おい、ひとつ教えろ」
ふいに土方が昴の手を取り、近付くと低い声色で囁く。
そして薄茶色の瞳を捕らえると問い掛けた。
「お前にとって、俺はどんな存在だ?」
「─────っ」
何故そんな質問をするのか、困惑して息を飲むと交わる視線。
自分にとって、土方歳三と言う男がどんな存在なのか。
それこそ気付いてしまった想いの事を聞いているのか、それとも人としてどう思っているのか。
目まぐるしく考えていると目の前の男が小さく息を吐く。
「あんな事があっても、お前は俺のもとに来る………。普通なら、もう近付かないだろ。だから教えてくれ………。それでも俺の傍に来る理由を」
「それは…………」
すると視線をさ迷わせ、言葉に詰まる彼女を見つめる土方。
自分でも卑怯だと自覚はある。
彼女の気持ちを先に聞いて、大丈夫だと確認したい自分がいることを。
しかし土方自身がそんな態度を取りたくなるのも、一重に目の前の彼女が原因でもある。
(お前が何を考え、何を思っているのか………知りたいんだ)
自分も感情を表に出す者ではないが、昴も出会ってから今まで、感情の起伏というものを殆んど見せたことがなく。
まるで泰山の如く落ち着いた雰囲気を纏い、凛として立っている。
決して揺らぐことのないものを、持っているからなのか。
目を伏せたままの女性を見つめ、彼も考えを巡らせていると、スッと顔を上げた昴。
真っ直ぐと向けられる瞳に、土方も見つめ返すと告げられた。
「あなたの事が…………好きだからだと思う」
「…………………」
瞬間、彼女が向けた視線同様、あまりにも真っ直ぐな言葉に目を見開く男。
まさかと思う反面、互いに引き寄せ合う何かを感じていたのはこのことだったのか。
しかし昴はそれだけを言うと一切の感情も無くしたような表情を見せ、直ぐに目を閉じて息を吐いた。
「私もずっと考えていた。どうしてあの時、あなたを拒まなかったのかと………。今まで男と変わらないような扱いを受けてきた私を、女として見てくれたあなたに最初は感謝だけを感じていた。土方さんだけは、私を女として扱ってくれる。でもそれは本当の『私』を知らなくて、見た目だけでも女性と見えているならそれでも良かったんだ」
でもここに来て沖田と手合わせした時も変わらず女性として接してくれたこと、怪我をした自分を心配して医者にまで看せてくれた。
それに…………。
「花魁の格好をしていても、あなたは私だと気付いてくれた」
たとえどんな姿をしていたとしても、彼は自分の本質を見てくれている。
「この先、私が太刀を離さなかったとしても、あなたはきっと変わらず接してくれる。私にとって土方さんは、そんな存在だから」
気付いた時にはもう、惹かれていたと。
再び目を開けた昴の瞳は、一寸の揺らぎもなかった。
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