「流石、昴ちゃん!どんな格好をしても似合うなんて悔しすぎるわ!!」

そんな声が響いたのは、幸男が営む呉服屋の一画で。
翌日、恭から言われた通りに男装するべく話を持ちかけると快く承諾してくれる。
そうして男用の着物をいくつかあつらえ、その中で昴によく似合うものを着せると悔しがる彼。

「天は二物を与えずって、嘘よ!ここにその二物を持ってる人間がいるなんて、世の中不公平すぎるわ!!」

頭を抱え、天に向かって叫ぶと昴が瞬きするばかり。

「ユキちゃん………す、すまない?」

取り敢えず謝ると、勢いよく顔を向けた幸男が興奮して叫んだ。

「もうやだ!昴ちゃんたら!私はどんな着物を着ても似合うあなたを誉めてるの!これなら屯所に行っても、そこまでジロジロ見られないで済むと思うわ」

大丈夫と太鼓判を押され、ようやく安堵すると何故か嬉しそうな顔でじっと見つめられ。

「あなたが見舞いに来てくれたって分かれば、絶対土方さん喜ぶわ!」

恭と同じことを言われると、反応に困ってしまう。
どうしてそこまで自信を持って言うのか、そんな思いが顔に出ていたのか幸男が片目を瞑ると優しげに微笑み。

「大丈夫。行けば分かるから!さあ、行ってらっしゃい!」

昴を立たせると、力強く背中を押した。
そうして新撰組の屯所に辿り着き、遠慮がちに中に入ると隊士たちが一斉に振り向く。

「もしや、瀬田さん!?」

「──────っ」

しかも初っぱなから正体がばれてしまい、あっという間に男たちに囲まれると稽古をつけてくれと口々に叫ばれる始末で。

「す、すまない。今日は他に用があって来たんだ………」

何とか揉みくちゃにされないように逃げ出そうとすれば、ふいに声が掛かった。

「やっと来てくれたんですね!瀬田さん!」

「…………沖田さん?良かった………!」

まさに天の助けだと息をつき、笑いながら近付く沖田が人気者で羨ましいと言えば、それどころではないと軽く睨み付ける。

「分かってます。土方さんのお見舞い、ですよね?」

その反応に微笑み返しながらも、用事はそれですよねと問われると頷いた。
そのまま沖田に案内され、廊下を歩く彼がクスクスと笑う姿に首を傾げると、こっそりと教えてくれる。

「土方さんの反応が面白くて。いつもより倍に敏感なんです、今」

「敏感?」

「見てのお楽しみです。さあ、どうぞ。ゆっくりしていってくださいね!」

それでも詳しいことは教えてくれず、上機嫌で去っていく沖田を見送ると一度深呼吸。
そして静かに襖を開け、中に入った。

「…………………」

すると褥に横たわり、眠っているのかピクリとも動かない男を見つめる。
恭や沖田が言っていたような反応はなく、やはりこれが本当だと思えばそっと近づいた。

「何で…………来た?」

瞬間、目を閉じたままの土方が呟き、小さく身体を震わせる。
どうして自分だと分かったのかと、問い掛けようとする前に彼の目がうっすらと開き、見つめられると高鳴った鼓動。

「篠宮くんからあなたが怪我をしたと聞いたんだ」

「あいつか…………言うなとあれほど言ったのに」

すぐに土方が目を閉じ、少し苦し気に息をつくと額に浮かぶ汗に気付く。
素早く視線をはしらせ、傍に置かれていた桶を見つけるとそこに浸かっていた布を絞り。

「少し、我慢してくれ」

優しくその汗を拭くと、再び彼が目を開けた。

「傷は?」

熱で少しぼんやりとしているのか、昴が聞くとフッと微笑む男。

「これくらい何でもねえよ………。寝てればすぐに治る」

「そうか………安心した」

それを聞いて自分も微笑むと、彼がふと手を上げて頬に指先で触れた。

「………………土方さん?」

熱のせいで熱かったけれど、確かめるようになぞるそれは酷く優しく。
じっと見上げてくる彼の瞳を直視出来なくて、思わず目を閉じればふいに唇を撫でられた。

「─────っ!」

流石にその動きに驚き、身体を震わせると土方もハッとして手を離す。

「悪い」

そして寝返りを打つのを見ると、昴が慌てて支えた。

「動いて大丈夫なのか?」

「傷自体は酷くねえよ。ただ熱が出て動けねえだけだ」

そう言って目を閉じると、吐息する姿。
思わず苦笑すると、彼の耳がほんのり染まっていることに気付く。
途端に鼓動が跳ね、苦しいほどに震える胸。
それでも彼に勘づかれることだけはしたくなくて、温くなった布を冷水に浸すと絞った。

「少し…………寝る」

すると土方の声が聞こえ、微笑んだ昴が返事をするとやがて小さな寝息が洩れる。
今は何よりも身体を休めるのが先決で、布団をそっと持ち上げるとしっかりと掛けた。

「瀬田さん、土方さんは──────」

その時、襖が開いて沖田が入ってくると驚きで言葉を失う。
そこには唇に人差し指を当てた彼女がいて、土方はと言うとぐっすりと眠っているのか起きる気配がない。

「へえ…………本当に起きませんね、彼」

「どういう意味だ?」

それがどうしてそこまで驚くことなのか分からず、昴が問い返すと沖田がニッコリと笑みを浮かべ。

「土方さんって、眠りがすごく浅いんです。だからどんなに小さな音でも、すぐに気付いて目を覚ますくらいで。怪我をしてもそんな感じだったのにほら、俺が来たのに起きもしない。これもあなたのお陰ですよ!」

「私、の…………?」

彼女だからこそ出来ることなのだと教えると、いよいよ証明されたのが嬉しくて土方の顔を覗き込む男。

「落書きしてもいいですかね?これも記念ということで!」

「…………それはやめたほうがいいと思う」

子供のように目を輝かせ、本気でやりそうな彼を昴が止めたのは言うまでもなかった。

───────。

それからどれくらい経ったのか。
眠りから覚めた土方がゆっくりと目を開けると、幾分か身体が軽くなったのを感じる。
それはしっかりと睡眠が取れたのもあり、彼女が傍に居たからだろうと思えば顔を横に向けようと動いた。

「……………?」

すると額から何かが滑り落ち、それを手に取って確認すると濡れた布で。
これも彼女がしてくれたものだと分かると視線を漂わせる。
既に部屋は闇に包まれ、こんな時間まで寝ていたのだと驚くと脇に退けられた机の方に見えた人影。

「─────っ、まさか…………」

上体を起こし、目を凝らすとそこに突っ伏すようにして眠るひと。
それが誰なのか、調べる必要もなく鼓動が早くなるのを感じれば。

「勘弁してくれ…………」

間違えるはずもない、眠る昴を見つめると思わず声が洩れた。


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