弐
「で、まだ理由を聞いてねえんだが?」
「………………あ」
そうして低い声で囁かれ、少し目を見開くとすぐに目を伏せる。
既に正体がバレているから、今さら嘘をついても仕方ない。
昼間に幸男から頼まれたことを言うと、途端に眉を寄せた土方が悪態をついた。
「何てことさせてんだ、あいつは」
「私も最初は断ったんだ。こんな格好をしても似合うはずもないから………」
今だって、早く脱ぎ捨てたいと思うのに。
着飾ることさえ恥ずかしく、きっと酷く滑稽に見えているに違いないと思えば、目の前の男が溜め息混じりに頭をかく。
「お前、自分がどう見えてんのか分かってねえのか?」
その仕草に手を握り締め、自嘲気味に笑うと分かっていると呟いた。
「きっと、男が女装しているように見えるんだろうな…………」
その時、ふいに近付いた土方が昴の手を取ると抱き寄せる。
「─────っ!?」
今までにない強さに態勢が崩れ、その身体を力強い腕が支えると交わる視線。
無言のまま土方が昴の細い顎に指をかけ、あまりの近さに押し返そうと彼の胸に手をついて名を呼んだ瞬間。
「黙ってろ」
押し殺したような呟きに彼を見つめると、何か思い詰めたような姿。
「お前が分からねえなら…………」
珍しくも目を反らした土方が、一旦熱を逃がすように息を吐くとまた視線を戻し。
「俺が教えてやる」
スッと顔を伏せると、昴の首筋へと唇を寄せた。
「─────っ、ん……!」
熱い唇が押し当てられ、同時に鋭い痛みがはしると震えた身体。
その拍子に簪が音をたてると、グッと抱いた腕に力がこもる。
それでも口付けは止まず、鎖骨の辺りにも鋭い痛みを感じると土方が体重をかけてきた。
「土、方さ…………待っ………」
予期せぬ動きに抵抗する暇もなく畳に背中がつくと、襟元を少し割り開かれる。
白く柔らかな肌が外気に晒され、恥ずかしさで咄嗟に隠そうとすると手首を掴まれた。
「…………隠すな」
そうして静かに顔を寄せ、再び首筋へと埋めると唇を這わせる。
甘く、痺れるような感覚が身体中を伝い、部屋に聞こえるのは互いの少し乱れた吐息。
身動きさえ出来ず、昴の顎へと男の唇が移動すると、遂に紅をひいた唇へ触れようとした。
「───────」
が、廊下から突如人の声が聞こえ、動きを止める。
客が数人で歩く音が続き、ハッとした土方が見下ろすと息を弾ませた昴が金色の瞳を見開いていて。
ただ、静まり返った部屋にはいまだ二人の乱れた吐息だけが響いていた……………。
それから暫くして、酒を飲んでいた近藤の隣に土方がようやく戻ってくるとすぐに問い掛ける男。
「どうした、とし。厠に行ったにしても、遅すぎやしないか?」
「……………………」
だが何も言わず、頭をかく男を見れば珍しくも頬が染まっていて。
「…………酔ったのかもな」
ポツリと呟くと、近藤が驚いて顔を覗き込んでくる。
「としは酒に強いほうだろ?酔うなんて、珍しいな」
「……………うるせえよ」
しかも何やら笑いながら言われ、たまらず顔を反らせば近藤へと酒を注ぎにくる男たち。
すぐにそちらの方に気を取られ、彼から解放された土方が盃にまだ残っていた酒を一気に飲み干すと熱い息を吐き。
「酔わされたのは………酒じゃねえ」
唇や手にいまだ残る感覚に目を閉じると、脳裏に焼き付いて離れないその女性に再び吐息した。
翌日、霧里の熱も下がり、お礼と共に可愛らしいお菓子をもらった昴。
幸男と一緒に食べ、何とか笑顔で応えると彼女だけは首を傾げていたが。
それから何日か経ち、店で仕事をこなしながらも昴の唇からこぼれ落ちる溜め息。
座敷の方へ視線を向けるも、そこにはやはり別の客が座っていて。
あれから彼が店に訪れることもなく、初めて感じる切なさに痛む胸。
いや、本当はずっと感じていても気付かないふりをしていたと、会えない日が続いてやっと受け入れた想い。
あの時、彼は口にこそ出さなかったけれど、自分が女性としてその対象になるのだと教えてくれた。
それに、自分も本気で嫌ならば逃げることができたはずで。
それでも受け入れたのは、相手が誰でもない土方歳三だったから。
そう理解すると、そこから溢れた想いを止めることが難しく。
(これが………恋と言うのか………)
人に恋をすると、こんなにまでも心掻き乱されるものなのだと、思い知らされた。
「先輩!」
その時、屯所から戻ってきた恭に呼び掛けられて顔を上げると、突然肩を掴まれる。
「どうした?何かあったのか?」
彼の顔は少し青ざめ、走ってきたのか乱れた息を整えると落ち着いて聞いてくれと前置きされ。
「土方さんが、怪我をした」
単刀直入に言うと目を見開いた昴。
心臓が痛いくらいに締め付けられ、声すら出ない自分がいる。
それでも取り乱さなかったのは流石と言うべきか、恭がすぐに安心させるように微笑むと容態を伝えた。
「仲間を庇って斬られたんだけど、傷自体は浅いから命に別状はないよ。それでもやっぱり熱が出てて、今は安静にしてる」
「そう、か…………」
それを聞いて止めていた息を吐くと、ホッと安堵の表情を浮かべる。
屯所には他の隊士もいるし、ひとりじゃないから安心だと黙っていると苦笑したのは恭。
「見舞いに行かなくていいの?先輩」
「え………?」
それこそ迷惑だろうと思い、首を傾げると大袈裟なくらいに溜め息をつかれた。
「土方さん、待ってるみたいだし」
「……………っ!それは一体、どこから………」
どうしてそんな結論に至るのか分からず、瞳を揺らすと彼がクスクスと笑い。
「だってさ、部屋に誰か入る度にいちいち確認してるんだぜ?いつもなら誰がきても無反応なのに、何かすっげー反応してんの。本人は否定してるけど、きっと先輩が来てくれるの待ってるよ」
それだけは分かると、ポンと背中を軽く叩くと昴が唇を噛み締める。
そんな彼女を見つめ、何とももどかしさを感じるともう一押しと言葉を添えた。
「明日お店休みだしさ。もし行き辛いなら、ユキさんから袴とか借りたらいいし!」
屯所ではどうしても昴の姿が目立ってしまうから、男装して行けばと提案するとようやく頷いたのだった。
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「………………あ」
そうして低い声で囁かれ、少し目を見開くとすぐに目を伏せる。
既に正体がバレているから、今さら嘘をついても仕方ない。
昼間に幸男から頼まれたことを言うと、途端に眉を寄せた土方が悪態をついた。
「何てことさせてんだ、あいつは」
「私も最初は断ったんだ。こんな格好をしても似合うはずもないから………」
今だって、早く脱ぎ捨てたいと思うのに。
着飾ることさえ恥ずかしく、きっと酷く滑稽に見えているに違いないと思えば、目の前の男が溜め息混じりに頭をかく。
「お前、自分がどう見えてんのか分かってねえのか?」
その仕草に手を握り締め、自嘲気味に笑うと分かっていると呟いた。
「きっと、男が女装しているように見えるんだろうな…………」
その時、ふいに近付いた土方が昴の手を取ると抱き寄せる。
「─────っ!?」
今までにない強さに態勢が崩れ、その身体を力強い腕が支えると交わる視線。
無言のまま土方が昴の細い顎に指をかけ、あまりの近さに押し返そうと彼の胸に手をついて名を呼んだ瞬間。
「黙ってろ」
押し殺したような呟きに彼を見つめると、何か思い詰めたような姿。
「お前が分からねえなら…………」
珍しくも目を反らした土方が、一旦熱を逃がすように息を吐くとまた視線を戻し。
「俺が教えてやる」
スッと顔を伏せると、昴の首筋へと唇を寄せた。
「─────っ、ん……!」
熱い唇が押し当てられ、同時に鋭い痛みがはしると震えた身体。
その拍子に簪が音をたてると、グッと抱いた腕に力がこもる。
それでも口付けは止まず、鎖骨の辺りにも鋭い痛みを感じると土方が体重をかけてきた。
「土、方さ…………待っ………」
予期せぬ動きに抵抗する暇もなく畳に背中がつくと、襟元を少し割り開かれる。
白く柔らかな肌が外気に晒され、恥ずかしさで咄嗟に隠そうとすると手首を掴まれた。
「…………隠すな」
そうして静かに顔を寄せ、再び首筋へと埋めると唇を這わせる。
甘く、痺れるような感覚が身体中を伝い、部屋に聞こえるのは互いの少し乱れた吐息。
身動きさえ出来ず、昴の顎へと男の唇が移動すると、遂に紅をひいた唇へ触れようとした。
「───────」
が、廊下から突如人の声が聞こえ、動きを止める。
客が数人で歩く音が続き、ハッとした土方が見下ろすと息を弾ませた昴が金色の瞳を見開いていて。
ただ、静まり返った部屋にはいまだ二人の乱れた吐息だけが響いていた……………。
それから暫くして、酒を飲んでいた近藤の隣に土方がようやく戻ってくるとすぐに問い掛ける男。
「どうした、とし。厠に行ったにしても、遅すぎやしないか?」
「……………………」
だが何も言わず、頭をかく男を見れば珍しくも頬が染まっていて。
「…………酔ったのかもな」
ポツリと呟くと、近藤が驚いて顔を覗き込んでくる。
「としは酒に強いほうだろ?酔うなんて、珍しいな」
「……………うるせえよ」
しかも何やら笑いながら言われ、たまらず顔を反らせば近藤へと酒を注ぎにくる男たち。
すぐにそちらの方に気を取られ、彼から解放された土方が盃にまだ残っていた酒を一気に飲み干すと熱い息を吐き。
「酔わされたのは………酒じゃねえ」
唇や手にいまだ残る感覚に目を閉じると、脳裏に焼き付いて離れないその女性に再び吐息した。
翌日、霧里の熱も下がり、お礼と共に可愛らしいお菓子をもらった昴。
幸男と一緒に食べ、何とか笑顔で応えると彼女だけは首を傾げていたが。
それから何日か経ち、店で仕事をこなしながらも昴の唇からこぼれ落ちる溜め息。
座敷の方へ視線を向けるも、そこにはやはり別の客が座っていて。
あれから彼が店に訪れることもなく、初めて感じる切なさに痛む胸。
いや、本当はずっと感じていても気付かないふりをしていたと、会えない日が続いてやっと受け入れた想い。
あの時、彼は口にこそ出さなかったけれど、自分が女性としてその対象になるのだと教えてくれた。
それに、自分も本気で嫌ならば逃げることができたはずで。
それでも受け入れたのは、相手が誰でもない土方歳三だったから。
そう理解すると、そこから溢れた想いを止めることが難しく。
(これが………恋と言うのか………)
人に恋をすると、こんなにまでも心掻き乱されるものなのだと、思い知らされた。
「先輩!」
その時、屯所から戻ってきた恭に呼び掛けられて顔を上げると、突然肩を掴まれる。
「どうした?何かあったのか?」
彼の顔は少し青ざめ、走ってきたのか乱れた息を整えると落ち着いて聞いてくれと前置きされ。
「土方さんが、怪我をした」
単刀直入に言うと目を見開いた昴。
心臓が痛いくらいに締め付けられ、声すら出ない自分がいる。
それでも取り乱さなかったのは流石と言うべきか、恭がすぐに安心させるように微笑むと容態を伝えた。
「仲間を庇って斬られたんだけど、傷自体は浅いから命に別状はないよ。それでもやっぱり熱が出てて、今は安静にしてる」
「そう、か…………」
それを聞いて止めていた息を吐くと、ホッと安堵の表情を浮かべる。
屯所には他の隊士もいるし、ひとりじゃないから安心だと黙っていると苦笑したのは恭。
「見舞いに行かなくていいの?先輩」
「え………?」
それこそ迷惑だろうと思い、首を傾げると大袈裟なくらいに溜め息をつかれた。
「土方さん、待ってるみたいだし」
「……………っ!それは一体、どこから………」
どうしてそんな結論に至るのか分からず、瞳を揺らすと彼がクスクスと笑い。
「だってさ、部屋に誰か入る度にいちいち確認してるんだぜ?いつもなら誰がきても無反応なのに、何かすっげー反応してんの。本人は否定してるけど、きっと先輩が来てくれるの待ってるよ」
それだけは分かると、ポンと背中を軽く叩くと昴が唇を噛み締める。
そんな彼女を見つめ、何とももどかしさを感じるともう一押しと言葉を添えた。
「明日お店休みだしさ。もし行き辛いなら、ユキさんから袴とか借りたらいいし!」
屯所ではどうしても昴の姿が目立ってしまうから、男装して行けばと提案するとようやく頷いたのだった。
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