「……………私には、無理だ」

けれど、目を伏せた昴が首を横に振り、似つかわしくないと呟く。
それに男相手にどう接すればいいかも分からず、花魁というものの知識がまったくない。

「私が相手では、客を怒らせるだけだ」

逆に足手まといになると言えば、幸男が大丈夫と肩に軽く触れた。

「何を言ってるのよ、昴ちゃん!あなたみたいな素敵な女性を前にして、虜にならない男なんていないわ!ただ座って、にっこりと微笑むだけでいいの。それだけでイチコロなんだから!」

「い、イチコロ…………?」

その自信はどこからくるのか、少し引き気味で見つめると霧里が身体を起こす。

「そうでありんすな………」

「─────っ、寝てないと駄目だ!」

咄嗟に昴がその身体を支え、嬉しそうに相手が微笑むと熱い手をそっと重ねた。

「貴女にお頼みしたいでありんすよ………。大丈夫、ただ相槌を打って、微笑んでくれれば何の問題もありんせん………。貴女の前では、きっと世の男性は赤子のようになるやも」

「そうよ!昴ちゃんの魅力で、男を骨抜きにしてやんなさい!」

「ほ、骨抜き…………?」

更に幸男から畳み掛けられ、潤んだ瞳の霧里の頼みに半ば押しきられる昴。

「分かった………。最善を尽くすよ」

こうなると無下にもできず、ひとつ頷くと飛んで喜んだ幸男が早速準備を始めたのだった。





「───────はぁ」

外は夕闇に包まれ、ひとり窓の外を眺めていた昴。
あれから花魁になるべく何重もの艶やかな着物を着せられ、金糸で織り上げられた帯を胸の前で垂らすように結ばれると次は化粧を施される。
更に艶やかな黒髪は丁寧に結わえ、シャラリと涼やかな音がする簪をさされて見事に仕立て上げられた。
その姿を見つめ、身体を震わせた幸男が感極まって泣きながら喜んだのはつい先刻のこと。

「もー………最っ高よ!!どうしましょう!!誰にも見せたくないわ!私が独り占めしていいかしら!?」

「お、落ち着いてくれ………ユキちゃん」

「これが落ち着いていられますかっての!!今日の昴ちゃんはまさに無敵よ!無敵!!」

興奮する幸男の横で、霧里も惚けたように昴を見つめる始末で。

「あぁ………凄く素敵でありんす………。他の姐さんたちの客でさえ、貴女に夢中になるに違いありんせん………」

「さあ、もうすぐ時間よ!でも大丈夫!あなたの所にお客があまりいかないように、霧里ちゃんと上手くやるから!」

「頼りにしてる、ユキちゃん、霧里さん」

「任せてくんなんし」

それだけが本当に頼りだと言って、今に至った。
そして窓の下では客引きの者が行き交う男たちに声を掛ける姿。
確かに昴の元にやってくる客は指で数えるほどしかおらず、また一人の時間を持てた。
それでもこの座敷にいる自分にどうにも違和感を感じてならず、静かに立ち上がると外の空気を吸おうと襖を開ける。
廊下にはひんやりとした空気が流れ、少し火照った肌に心地好くも目を閉じるとふいに声が掛かった。

「お前………………」

「──────っ!?」

気配を感じなかったばかりに、背後に人が立っているのに身体を震わせると相手がフッと笑う。

「見た感じ、新参者か?顔を見せろ」

しかし口調は横暴な感じで、ゆっくりと昴が振り替えると目の前の男が微かに息を飲む。

(この人は………確か…………)

そう、この時代にタイムスリップしたあの日、出会ったことのある男だと思い出すと相手も同じような目を向ける。
鋭い視線を受け、それでも昴が反らすことなく見つめると沈黙だけが流れ。

「……………フッ、面白い。お前、俺の相手をしろ」

急に腕を掴むと歩き出そうとする。

「──────っ、やめてください」

しかし、そこで昴も腕を掴み返すと驚いたのか目を見開く男。

「客の言うことを聞けねえ……ってのか?」

それでも楽しそうに口の端を上げると、今度は昴の顎を指先で捕らえて上向かせ。

「お前に拒否権はねえ。大人しく俺の言うことを聞け」

ぐっと顔を寄せたその時。

「おい、止めろ」

横からまた別の声が聞こえた。

「っ!?」

ビクリと肩を震わせ、恐る恐る振り替えるとそこには土方の姿。
今は花魁の姿をしているから、彼には自分が瀬田昴だと分からないはずで。
そこで目の前の男が睨み付けるように見ると、口の端を上げる。

「ここの娘を俺がどうしようと、文句を言われる筋合いはないはずだが?」

そして掴んでいた昴の腕を再び引き寄せようとすれば、土方が男の腕を逆に掴んだ。

「あー…………悪いが、そいつは俺の知り合いだ」

「……………っ!」

まさか、彼は自分が誰か気付いているのか。
じっと見つめられ、俄に鼓動が早くなると咄嗟に目を反らす。
そうして暫く男二人が睨み合いを続け、相手のほうが手を離すと距離をおいた。

「今回はお前の勝ちだ、土方」

「…………勝ちって、なぁ。なんの勝負をしてんだ、高杉」

しかも互いに顔見知りのようで、高杉と聞いてすぐに思い浮かぶ名。

(もしや、彼は高杉晋作…………?)

歴史の授業で習ったあの高杉晋作かと息を飲むと、土方が急に昴の手を掴んだ。

「行くぞ」

「あ……………っ」

そうして彼に手を引かれるまま廊下を進んでいると、ふいに声を掛けられる。

「何でまたこんな所にいるんだ?」

やはり昴だと気付いていて、頭をかくと面倒くさそうにぼやいた。

「……………どうして、私だと?」

それよりも先に何故分かったのかと聞けば、可笑しなことを聞くと返される。

「どう見たって、お前だろうが」

見間違えるはずもないと言われると、鼓動が更に跳ねた。

「……………近藤さんだ。見つかると面倒くせえな」

すると廊下の向こうにその姿を認め、柱の影に隠れると少し考え込む土方。

「助けてくれてありがとう………。じゃあ、私はこれで─────」

これ以上一緒にいては迷惑がかかると思い、礼を述べて昴が離れようとすればすぐ隣の座敷へと連れ込まれた。

「ここなら大丈夫だろ」

すぐに襖が閉められ、二人きりになると落ちた沈黙。
その沈黙が何ともいたたまれず、離れて座ると土方が見つめてきた。


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