(この男…………新撰組が目をつけていた者だったのか)

まだ気配は悟られていないようで、目の前の男は向こうにいるであろう男たちを睨み付けている。
ここで自分の存在を気付かれてはいけないと、頭の中で警笛が鳴り響くと掌にじんわりと滲む汗。
己の心臓の音だけが耳に煩く聞こえ、息を潜めて後ろへ脚を出した。

刹那、

「───────!」

微かに砂利を踏み締める音が響き、男がこちらを見て目を見開く。

(気付かれた………!)

そうして昴が抱えていた荷物へ視線を向けると、わざわざ届けに来たのだと理解した相手。
ニヤリと口を歪め、弾かれたように昴が身を翻そうとしたその時。

「逃がすかよ!!」

着物のせいで歩幅が狭く、あっという間に腕を掴まれて首に男の腕が回る。

「─────っ」

グッと締まり、咄嗟に腕と首の間に手を差し込んだ。

「瀬田さん!?どうしてここに……………」

そうして男の動きに驚き、その後を追ってきたのか何故か昴が捕まっているのを見て目を見開いたのは沖田。

「………………っ、お前……………」

同時に姿を見せた土方も目を見開くと、眉を寄せる。

「何やって────」

「土方さん、あの荷物…………」

更にもうひとり、隻眼の男が昴の持っていた包みを見ると土方が溜め息を吐いた。

「律儀に届けに来たのか」

「おい、ごちゃごちゃうるせえ!貴様らこの女の知り合いか?なら好都合だ、殺されたくなかったら、このまま引け!!」

そして腕に力がこもり、息が一瞬止まりそうになるも差し込んだ手のおかげで何とか呼吸をする。
しかし昴は辺りに視線をはしらせ、まるで何かを探しているようで。
それに気付いた土方がスッと目を細めると、沖田と隻眼の男へ目配せした。

「私は…………っ、ただ荷物を届けに、来ただけです。その人たちは、店の………客………っ」

その時、昴が苦し気に声を出し、視線を下に向けると男の腰元にある刀を捉える。
しかも自分を何もできない女と思い込んでいるから、警戒すらしてなかった。

「五秒だ」

そこでおもむろに告げた土方が薄く笑い、刀の柄に静かに手をかけると相手を見据える。

「五秒、その女を離す時間をやる。そしたら、手加減してやってもいいぜ?」

更にその条件に驚いたのは隻眼の男で、横にいた沖田はほらねと言わんばかり。

「やっぱり、特別扱いだ」

クスリと笑い、目の前の男を見据えると馬鹿言えと叫ぶ。

「そんな条件あるわけねぇだろ!こうなったら…………この女から先に──────」

遂に激昂した相手が昴をがっしりと掴み、刀を抜こうとした瞬間。

「総司、何秒経った?」

鋭く男を見据えたまま土方が問い掛け、肩を竦めた彼が答える。

「もう経ってますよ?五秒」

「…………じゃあ、残念だったな。呑気に昼飯でも食ってたら良かったのによ」

今までになく冷ややかな声と、怒りにも似た何かを瞳に宿すと口を開き。

「昴」

名を呼ばれ、一瞬、痛い程に交わった視線で伝わると。

「────うっ!?」

昴が持っていた包みを男の顔面へと当て、怯んだ隙に腕からすり抜ける。

「貴様ぁ─────っ!?」

だがすかさず彼女の胸ぐらを掴み、太刀を抜こうとしたがそこには何もない。

「探しているのは、これか?」

代わりに昴が目の前にそれをかざして見せると、目にも止まらぬ速さで柄を握って抜刀した。

「ぁぐ……………!!」

斬り上げた軌跡が男の手首を掠め、痛みでよろめくと更に別の刃が襲い掛かる。

「おい、さっきの威勢はどこにいった?」

昴の横には土方が立ち、隻眼の男が追い討ちをかけると沖田もそれに加わった。

「行くぞ」

それを見た土方が踵を返し、昴へ視線を寄越すと歩き出す。
それ以上は見せようとせず、やはり自分を気遣ってくれているのだとすぐに分かった。

「…………すまない。迷惑を掛けた」

そして四季へと戻る道すがら、昴が顔を上げると彼を見る。
荷物を届けようとしたのは本当で、だが結局は不利な状況になるところだったのだ。

「いや………お前が来たからあの男に逃げられなかったしな」

けれど、意外にも前を見たままの男が告げると昴の方が目を見開く。
こんなことをするなと、また突き放されると思ったのに掛けられた言葉は少しだけ優しさを帯び。

「あの時、お前は武器になるものを探してただろ。たいした女だ………本当に………」

冷静に状況が好転する方法を探していたと言えば、昴は目を伏せた。

「これ以上、皆に迷惑を掛けるのが嫌だったから…………」

「…………まあ今回はお前のおかげでお前が怪我をせずに済んだ。それで十分だ」

そしてふと土方が手を上げると、滑らかな首筋へと指を這わせる。

「……………っ」

途端に電流がはしったかのように触れた場所が熱くなり、こちらを見つめる彼の目によぎる何か。
触れるだけでは足りないのか、指先が優しく撫でるように動くと息が止まる。

「……………少し、赤くなってるな」

そこは先程男から締められていた場所で、圧迫された所。
その指先がゆっくりと下へ動き、鎖骨の辺りを撫でるとすぐに離れ。

「俺は屯所に戻る。仕事終わったら、ちゃんと休めよ」

店はもうすぐだと伝えると、昴が何か言う前に土方は踵を返して去って行った。




あの一件の後、土方が四季に姿を見せることもなく数日が経つ。
そんな中、珍しくも幸男が店に訪れると昴に協力を求めてきて。

「ちょっと昴ちゃんに頼みたいことがあるのよ!時間あるかしら?」

しかもその日は店が休みだったのもあり、快く承諾すると幸男が場所を変えると言って移動し始めた。
そして案内された場所は、色街と呼ばれるところ。
初めて見るも、ここは花魁などが住む世界である。
男がひとときの夢を楽しむ場所でもあり、昴は目のやり場に困って俯いた。

「ここにいる花魁がね、私の知り合いなのよ。ちょっと風邪をこじらせて、今日のお勤めができなくなってしまったの」

そう言って幸男が建物の中に入ると、まだ人気のない廊下を進む。
時間的にまだ開いてないためか、良い香を漂わせた芸妓たちがいそいそと準備をしていた。
そうして辿り着いた座敷に入ると、褥に横になっている女性に声を掛ける。

「霧里ちゃん!大丈夫?」

「あ……………幸男さん…………」

その女性は見るからに熱があると分かる顔で、頬が赤く染まり、瞳が潤んでいる。
すこし目が虚ろなのは熱が高いせいで、息も苦しそうに乱れていた。

「強力な助っ人を連れて来たわよ!それもとびっきりの美人よ!」

そう言って幸男が片目を瞑ると、霧里と呼ばれた女性が昴を見る。

「あなたが、幸男さんの言ってた………?」

「ユキちゃん………」

途端に昴が少し睨み付け、慌てた幸男が両手をブンブンと振れば説明する。

「やぁねぇ!私はただ凄く凛々しくて美人な女性がいるって、言っただけよ?だからこうしてあなたに助けてもらおうと思ったわけだし………」

そこでようやく何をやらされるのか分かり、驚愕で大きく目を見開いたその時。

「今夜だけでいいの!霧里ちゃんの代わりに、花魁になって頂戴!」

両手を合わせた幸男が上目遣いでお願いした。


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