弐
昴が新撰組の沖田総司と手合わせをしてから数日後。
軽い怪我をした彼女は休むことなく店の仕事をこなし、忙しく動いては配達もこなす。
しかし恭が無理をさせないようにフォローしてくれたのもあり、負担になることなく動くことができたのには感謝してもしきれないほど。
更にはもう二人の監視もあり、重労働をしないように見張られていたのに流石に驚いた。
その二人とは…………。
「瀬田さーん!お身体の具合はどうです?」
昼時分になり、休憩がてら客の出入りが俄に激しくなると聞こえてくる声。
「沖田さん、いらっしゃいませ」
満面の笑みで手を上げ、奥座敷へと来たのは沖田総司で。
昴に怪我をさせてしまった張本人でもあり、こうして頻繁に様子を見に来てくれる。
しかもその後ろから来た男に早くと声を掛けると、相手は気だるそうに首筋へ手を当てて小さく吐息。
「……………お前、そんなにここに来るのが楽しみなやつだったか?」
面倒臭そうに喋り、ちらりと昴を見れば挨拶をした。
「…………よう。怪我はどうだ?」
「いらっしゃいませ、土方さん。おかげさまで、大分良くなった」
そう言って笑みを返すと、そうかと短く答えた男。
この男こそ、新撰組副長である土方歳三である。
しかもこの四季の常連客でもあり、特等席である座敷を陣取っては寛いでいるのだ。
それと同時にそれとなく体調を気に掛けてくれているようで、今日もその為に二人が来てくれたのだと分かった。
「二人とも、私はこの通りもう大丈夫だ。だからどうかいつも通りに戻って欲しい」
それでも昴にとってはここまで律儀にしてもらう程の怪我でもなく、逆にこうして時間を作っては顔を見せてくれる二人に申し訳なさが先に立つばかり。
普通に動けるようになったと言えば、沖田が小首を傾げる。
「そうなんですか?あ、でも、土方さんは変わらずここに来ると思うし、俺もたまにはここに来たいと思ってるんで。今とあまり変わらないですよ?ね、土方さん」
そして向かいに座る男に相槌を求めると、苦笑した相手。
「お前は違うだろ。俺が連れて来ないと、飯も食わねえやつがよく言う」
「あ、それ言ったら駄目ですって………」
そんなやり取りに昴が微笑み、その表情を土方がじっと見つめていると目が合う。
しかしそれを注文だと受け取った彼女が踵を返すと、すぐに準備すると言って台所へと消えてしまった。
「あれ、行っちゃいましたけど。もう少し話したかったんじゃないですか?土方さん」
「あー………なんか勘違いしたみてえだな」
どうやら注文と取ったようだと説明すると、クスリと笑う沖田。
「何だ………?」
「ちゃんと言葉にしなきゃ、伝わりませんよ?傍にいろとか、ここに来いとか」
ただ見つめるだけじゃ駄目だと言う彼に溜め息をこぼすと、頭をかいた。
(それが言えたら苦労なんてしねえよ………)
「それにしても、あれから屯所では彼女の話題で持ちきりですよね!一度でもいいから、一緒に稽古つけてくれないかなぁ」
そこで沖田がぼやくように口を開き、土方がピクリと反応すると睨み付ける。
「駄目だ」
しかも即答すれば目を丸くした男が残念、と呟いた。
「土方さんって………やっぱり特別扱いですよね、瀬田さんのことになると」
「あ?別にそんな扱いなんてしてねえよ」
それでもこの男は自分の気持ちに気付いてるのかいないのか、頑なに彼女と親密な関係を築こうとしない。
あんなに目で追ったり、この四季に通っているというのに、だ。
けれど沖田とて彼の気持ちが分からない訳ではない。
己の居る場所が、大切な誰かが存在するとすればその人を巻き込み兼ねないという場所であること。
それが大切であればあるほど遠くて、手を伸ばすこともできなくて。
また、己の命を懸けるべき場所だからこそ、残される者を考えれば身動きさえとれない。
傍に置きたいと願うあまり、逆に遠ざけるしかなくて。
(瀬田さんなら、誰が何と言おうとも………共に闘うんだろうな)
ただ帰りを待つだけの女性ではないからこそ、尚更土方は近づこうとしないのだ。
「お待たせしました」
そんな事をぼんやりと思っていると、恭と二人で食事を運んで来る昴。
沖田は笑顔で礼を述べ、白飯を置いた彼女が再び戻ろうとすると土方がその手を掴まえる。
「……………っ、土方さん?」
突然どうしたのかと、驚いた表情を浮かべると掌をじっと見つめていた彼が口を開いた。
「お前、稽古………したか?」
「っ!!」
途端に昴が微かに息を飲み、それを見た土方が溜め息を吐くとそっと指先で撫でる。
この間彼女の手に触れた時も思ったことだったが、幼い頃から剣術を習っている為か少し感触が違うのだ。
しかも柔らかな肌は傷付きやすいのか、すぐに熱を持ち腫れるようで。
今も熱を持っているようで、少し腫れている感じがした。
「へえ………土方さん、触れただけで分かるんですか?それ」
その横で沖田が普通に質問すると、何故か頭をかく男。
しかし昴がスッと手を引くと目を伏せた。
「私は刀を扱う者 だから。普通の女の人とは違う………」
「あのなぁ…………って、おい!」
途端に土方が顔を上げ、何か言おうとすると頭を下げた彼女が踵を返す。
そのまま台所へと引っ込めばそこに残った恭へと視線が集まり。
しかし彼は土方をじっと見つめ、小さく吐息すると口を開いた。
「俺はずっと先輩と手合わせしてきた関係 なんで……あなたみたいに普通の女性として彼女を扱うことなんてしませんよ」
「…………どう言う意味だ?」
そしてきっぱりと告げれば、土方の声が低くなる。
流石は新撰組副長か、微かに威圧的な空気を漂わせると恭の背筋が凍りついた。
それでも負けじと睨み付けると、わざと言ってやる。
「でもだからと言って、俺は彼女を男だと思ったことなんて一度もねえよ。先輩をひとりの女性として見てるし、大切だと思ってる。そんな彼女を守るために、俺は傍にいるって決めたんだ。いざって時に、離れてたら守るもんも守れねえから」
もし自分がいない時に失うことがあれば、後悔してもしきれない。
「…………あんたも、そうなんじゃねえの?」
いい加減に気付けとでも言うように睨み付けると、目を伏せる男。
「土方さん相手に啖呵切ってる……俺にはできませんけど」
横でボソリと沖田が呟き、チラリと土方を見れば瞳が金色に近い光を宿し。
「………そうかもしれねえな」
触れた温もりを確かめるように、グッと拳を握り締めると小さく囁いた。
翌日。
いつものように配達を終え、店に戻ってくると丁度食べ終えた客からお勘定の声がかかる。
その男の対応をした昴が笑顔で送り出し、机の上を片付けようとすると置き去りになっている荷物に気付いた。
「これは、今の人のものだ」
勘定をしている間に忘れたのかと思い至り、手に取って店を出ると見えた男の背中。
まだ間に合うと脚を早め、呼び止めようとすれば急に角を曲がる。
「─────っ!」
急がなければ、ここで見失うわけにもいかず、半ば走るようにして自分も角を曲がると薄暗い路地から聞こえてきた声。
「見つけましたよ」
(………………っ、この声)
「なかなか尻尾を見せねえと思ったら、うまく化けたもんだぜ」
更に聞き覚えのある声がすると、俄に身体が強張った。
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軽い怪我をした彼女は休むことなく店の仕事をこなし、忙しく動いては配達もこなす。
しかし恭が無理をさせないようにフォローしてくれたのもあり、負担になることなく動くことができたのには感謝してもしきれないほど。
更にはもう二人の監視もあり、重労働をしないように見張られていたのに流石に驚いた。
その二人とは…………。
「瀬田さーん!お身体の具合はどうです?」
昼時分になり、休憩がてら客の出入りが俄に激しくなると聞こえてくる声。
「沖田さん、いらっしゃいませ」
満面の笑みで手を上げ、奥座敷へと来たのは沖田総司で。
昴に怪我をさせてしまった張本人でもあり、こうして頻繁に様子を見に来てくれる。
しかもその後ろから来た男に早くと声を掛けると、相手は気だるそうに首筋へ手を当てて小さく吐息。
「……………お前、そんなにここに来るのが楽しみなやつだったか?」
面倒臭そうに喋り、ちらりと昴を見れば挨拶をした。
「…………よう。怪我はどうだ?」
「いらっしゃいませ、土方さん。おかげさまで、大分良くなった」
そう言って笑みを返すと、そうかと短く答えた男。
この男こそ、新撰組副長である土方歳三である。
しかもこの四季の常連客でもあり、特等席である座敷を陣取っては寛いでいるのだ。
それと同時にそれとなく体調を気に掛けてくれているようで、今日もその為に二人が来てくれたのだと分かった。
「二人とも、私はこの通りもう大丈夫だ。だからどうかいつも通りに戻って欲しい」
それでも昴にとってはここまで律儀にしてもらう程の怪我でもなく、逆にこうして時間を作っては顔を見せてくれる二人に申し訳なさが先に立つばかり。
普通に動けるようになったと言えば、沖田が小首を傾げる。
「そうなんですか?あ、でも、土方さんは変わらずここに来ると思うし、俺もたまにはここに来たいと思ってるんで。今とあまり変わらないですよ?ね、土方さん」
そして向かいに座る男に相槌を求めると、苦笑した相手。
「お前は違うだろ。俺が連れて来ないと、飯も食わねえやつがよく言う」
「あ、それ言ったら駄目ですって………」
そんなやり取りに昴が微笑み、その表情を土方がじっと見つめていると目が合う。
しかしそれを注文だと受け取った彼女が踵を返すと、すぐに準備すると言って台所へと消えてしまった。
「あれ、行っちゃいましたけど。もう少し話したかったんじゃないですか?土方さん」
「あー………なんか勘違いしたみてえだな」
どうやら注文と取ったようだと説明すると、クスリと笑う沖田。
「何だ………?」
「ちゃんと言葉にしなきゃ、伝わりませんよ?傍にいろとか、ここに来いとか」
ただ見つめるだけじゃ駄目だと言う彼に溜め息をこぼすと、頭をかいた。
(それが言えたら苦労なんてしねえよ………)
「それにしても、あれから屯所では彼女の話題で持ちきりですよね!一度でもいいから、一緒に稽古つけてくれないかなぁ」
そこで沖田がぼやくように口を開き、土方がピクリと反応すると睨み付ける。
「駄目だ」
しかも即答すれば目を丸くした男が残念、と呟いた。
「土方さんって………やっぱり特別扱いですよね、瀬田さんのことになると」
「あ?別にそんな扱いなんてしてねえよ」
それでもこの男は自分の気持ちに気付いてるのかいないのか、頑なに彼女と親密な関係を築こうとしない。
あんなに目で追ったり、この四季に通っているというのに、だ。
けれど沖田とて彼の気持ちが分からない訳ではない。
己の居る場所が、大切な誰かが存在するとすればその人を巻き込み兼ねないという場所であること。
それが大切であればあるほど遠くて、手を伸ばすこともできなくて。
また、己の命を懸けるべき場所だからこそ、残される者を考えれば身動きさえとれない。
傍に置きたいと願うあまり、逆に遠ざけるしかなくて。
(瀬田さんなら、誰が何と言おうとも………共に闘うんだろうな)
ただ帰りを待つだけの女性ではないからこそ、尚更土方は近づこうとしないのだ。
「お待たせしました」
そんな事をぼんやりと思っていると、恭と二人で食事を運んで来る昴。
沖田は笑顔で礼を述べ、白飯を置いた彼女が再び戻ろうとすると土方がその手を掴まえる。
「……………っ、土方さん?」
突然どうしたのかと、驚いた表情を浮かべると掌をじっと見つめていた彼が口を開いた。
「お前、稽古………したか?」
「っ!!」
途端に昴が微かに息を飲み、それを見た土方が溜め息を吐くとそっと指先で撫でる。
この間彼女の手に触れた時も思ったことだったが、幼い頃から剣術を習っている為か少し感触が違うのだ。
しかも柔らかな肌は傷付きやすいのか、すぐに熱を持ち腫れるようで。
今も熱を持っているようで、少し腫れている感じがした。
「へえ………土方さん、触れただけで分かるんですか?それ」
その横で沖田が普通に質問すると、何故か頭をかく男。
しかし昴がスッと手を引くと目を伏せた。
「私は刀を
「あのなぁ…………って、おい!」
途端に土方が顔を上げ、何か言おうとすると頭を下げた彼女が踵を返す。
そのまま台所へと引っ込めばそこに残った恭へと視線が集まり。
しかし彼は土方をじっと見つめ、小さく吐息すると口を開いた。
「俺はずっと先輩と手合わせしてきた
「…………どう言う意味だ?」
そしてきっぱりと告げれば、土方の声が低くなる。
流石は新撰組副長か、微かに威圧的な空気を漂わせると恭の背筋が凍りついた。
それでも負けじと睨み付けると、わざと言ってやる。
「でもだからと言って、俺は彼女を男だと思ったことなんて一度もねえよ。先輩をひとりの女性として見てるし、大切だと思ってる。そんな彼女を守るために、俺は傍にいるって決めたんだ。いざって時に、離れてたら守るもんも守れねえから」
もし自分がいない時に失うことがあれば、後悔してもしきれない。
「…………あんたも、そうなんじゃねえの?」
いい加減に気付けとでも言うように睨み付けると、目を伏せる男。
「土方さん相手に啖呵切ってる……俺にはできませんけど」
横でボソリと沖田が呟き、チラリと土方を見れば瞳が金色に近い光を宿し。
「………そうかもしれねえな」
触れた温もりを確かめるように、グッと拳を握り締めると小さく囁いた。
翌日。
いつものように配達を終え、店に戻ってくると丁度食べ終えた客からお勘定の声がかかる。
その男の対応をした昴が笑顔で送り出し、机の上を片付けようとすると置き去りになっている荷物に気付いた。
「これは、今の人のものだ」
勘定をしている間に忘れたのかと思い至り、手に取って店を出ると見えた男の背中。
まだ間に合うと脚を早め、呼び止めようとすれば急に角を曲がる。
「─────っ!」
急がなければ、ここで見失うわけにもいかず、半ば走るようにして自分も角を曲がると薄暗い路地から聞こえてきた声。
「見つけましたよ」
(………………っ、この声)
「なかなか尻尾を見せねえと思ったら、うまく化けたもんだぜ」
更に聞き覚えのある声がすると、俄に身体が強張った。
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