壱
「いいから、座ってろ」
そうして小さく吐息した彼がようやく動きだし、昴の前に座ると頭をかく。
それから真っ直ぐと見つめ、細くもしなやかな白い手を取った。
「───────っ!?」
無造作の動きに身体が震え、昴が息を飲むと手のひらへ視線を落とす男。
今さっきまで沖田相手に打ち合っていたその手は赤くなり、熱を持っている。
それでも痛いとも何も言わず、ただ驚いて見つめるその姿にたまらず息を吐いた。
「もうこんなこと、するな」
「あ………………」
ようやく意味が分かり、昴が目を伏せると土方が少し唸る。
彼女が覚悟の上でやっていた事は分かっていた。
だがやはり、この女性が傷付いたりする所は見たくない自分がいて、どうにかして守りたいと思ってしまうのだ。
それが何なのか、どうしてそう思うのか。
一度でも理解すれば、土方自身の何かが大きく揺らいでしまいそうで。
それほどの『何か』を、瀬田昴は持っているのだ。
そして彼女はまるで知っているかのように、そっと手を振りほどくと微笑んだ。
「大丈夫。久し振りだったから、こうなっただけだ。いつもなら、ここまで酷くなったりしない」
「いつもだと…………?」
「ああ。小さい頃からずっと………やってきたことだから」
そう、恭が教えてくれたように、彼女の口からも同じ事を聞かされ、愕然とする男。
それが当たり前なのだと薄茶色の瞳が告げていて、胸がギシリと音をたてた。
だからか、視線に熱を孕ませた土方が手を伸ばすと昴の脇腹へそっと手を当てる。
「──────っ!!」
そこは沖田の一撃を喰らった場所でもあり、寸止めをしていたがやはり衝撃はあったのだろう。
眉を寄せ、ビクリと反応した昴が息を飲むと身体が傾く。
「これでも、まだ言うか………?」
その身体をもう片方の腕で支え、抱き寄せるような格好で言えば彼女が強張った。
「お前がそこまでする必要なんてねえって、俺は言ってるんだ」
しかし女性らしくも柔らかな身体は土方の腕にすっぽりと収まり、少し汗ばんでしっとりと濡れた黒髪が指先に触れると無意識に絡ませる。
いまや互いの熱は高まるばかりで、図らずも絡み合った視線と潤んだ瞳。
「やっぱり、あなただけだな………私をそんな風に扱ってくれる人は」
それでも目の前にいるのが男だと意識してないのか、潤んだ瞳のまま柔らかく微笑むと土方は心の臓をギュッと掴まれた。
「…………………」
その時、もう一度脇腹へ手を触れさせた彼が、擦るようにそこを撫でる。
優しく、労るように触れるその動きに昴の身体から震えが伝わり、再び息を吸い込む音が部屋に響いた。
(総司のやつ、手加減できなかったのか………馬鹿やろう)
纏う胴着を脱がせ、打たれた場所を確認したかったけれど、それはできないと分かっている。
きっと明日には更に痛みが増すだろうと思い至り、医者に連れて行くべきか判断しているとふいに掴まれた腕。
「大丈夫だから………離して欲しい」
流石に恥じらいが先に立ったようで、白い肌が薔薇色に染まるのを見るとそこにつ…と唇を寄せた。
「─────っ、ん………土方、さ…………っ」
胴着の合わせ目に唇を這わせ、鎖骨の下へと押し当てると大きく震える身体。
チクリと甘い痛みがはしり、昴が堪えきれず声をもらす。
するとやんわりと襟元を乱され、更にその下へと唇が伝うと熱い吐息も一緒に触れた。
「……………っ、ぁ…………!」
刹那、彼女の切なくも小さな声が耳に響き、ハッと我に返ったのは土方本人。
顔を上げ、彼女を見れば薄茶色の瞳が金色の輝きを放つ。
それでも取り乱さなかったのは、昴が持つ強さからか。
乱された合わせ目を正し、男の腕の中からスルリと抜け出せばそっと乱れた息を整えるようにする。
その沈黙に土方が頭をかき、視線を反らすと拳を握り締める。
ここで何を言おうと何の意味も成さないことは分かっていたが、自分のしてしまった事は詫びなければならない。
「その………何だ…………す─────」
意を決して彼女を見つめ、謝ろうとしたその唇に彼女の指先が押し当てられた。
「謝るのは私のほうだ………すまない」
「な、それは───────っ」
そうして聞かされた言葉に目を見開けば、咄嗟に違うと詰め寄ろうとする。
けれど立ち上がった昴は土方を見向きもせず、暇を告げて頭を下げるとすぐに部屋から出て行ってしまった。
「………………っ、くそっ!」
急に独りにされ、呆然としていると短く吐き捨てるように声を絞り出す。
つい今しがたまで腕の中にあった温もりが急速に失われてゆき、言い様のない喪失感が己を襲う。
その苦しさに息をこぼし、畳へ大の字になって寝転ぶと襖が無遠慮に開いた。
「なにやらかしたんですか?土方さん」
そこに呆れ顔の沖田が立っていて、土方は思わず睨み付けてしまう。
「何かやらかしたのは、お前だろうが。怪我させやがって…………」
「─────っ、まさか、寸止めしたんですけど…………」
「当たってんだよ………。もっと加減しろ」
「……………………」
「何が可笑しい?」
しかし、土方が文句を言っているにも関わらず、目の前の男は嬉しそうに微笑むばかりで。
「今日は本当にいいものが見れたと思って。ひとつは瀬田さんのこと。そしてもうひとつは、土方さんのその顔」
クスクスと肩を揺らし、それでもすぐに真顔に戻ると目を伏せた。
「瀬田さん、何も言わないから俺も大丈夫だと思ってたんですが………。もしかしたら明日くらい、痛みが増すかもしれませんね。明朝にでも彼女を医者に連れて行きすよ」
そこは自分に責任があると分かっているから、沖田が任せてくださいと告げた。
「─────いや、俺が連れて行く」
が、起き上がった土方が頭をかくと自らが名乗り出る。
彼女に避けられたままなのがどうにも嫌で、今夜は気になって寝られそうにないから。
「それなら、お願いします」
ひとり考えに耽る男を見やり、沖田は満面の笑みで頭を下げた。
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そうして小さく吐息した彼がようやく動きだし、昴の前に座ると頭をかく。
それから真っ直ぐと見つめ、細くもしなやかな白い手を取った。
「───────っ!?」
無造作の動きに身体が震え、昴が息を飲むと手のひらへ視線を落とす男。
今さっきまで沖田相手に打ち合っていたその手は赤くなり、熱を持っている。
それでも痛いとも何も言わず、ただ驚いて見つめるその姿にたまらず息を吐いた。
「もうこんなこと、するな」
「あ………………」
ようやく意味が分かり、昴が目を伏せると土方が少し唸る。
彼女が覚悟の上でやっていた事は分かっていた。
だがやはり、この女性が傷付いたりする所は見たくない自分がいて、どうにかして守りたいと思ってしまうのだ。
それが何なのか、どうしてそう思うのか。
一度でも理解すれば、土方自身の何かが大きく揺らいでしまいそうで。
それほどの『何か』を、瀬田昴は持っているのだ。
そして彼女はまるで知っているかのように、そっと手を振りほどくと微笑んだ。
「大丈夫。久し振りだったから、こうなっただけだ。いつもなら、ここまで酷くなったりしない」
「いつもだと…………?」
「ああ。小さい頃からずっと………やってきたことだから」
そう、恭が教えてくれたように、彼女の口からも同じ事を聞かされ、愕然とする男。
それが当たり前なのだと薄茶色の瞳が告げていて、胸がギシリと音をたてた。
だからか、視線に熱を孕ませた土方が手を伸ばすと昴の脇腹へそっと手を当てる。
「──────っ!!」
そこは沖田の一撃を喰らった場所でもあり、寸止めをしていたがやはり衝撃はあったのだろう。
眉を寄せ、ビクリと反応した昴が息を飲むと身体が傾く。
「これでも、まだ言うか………?」
その身体をもう片方の腕で支え、抱き寄せるような格好で言えば彼女が強張った。
「お前がそこまでする必要なんてねえって、俺は言ってるんだ」
しかし女性らしくも柔らかな身体は土方の腕にすっぽりと収まり、少し汗ばんでしっとりと濡れた黒髪が指先に触れると無意識に絡ませる。
いまや互いの熱は高まるばかりで、図らずも絡み合った視線と潤んだ瞳。
「やっぱり、あなただけだな………私をそんな風に扱ってくれる人は」
それでも目の前にいるのが男だと意識してないのか、潤んだ瞳のまま柔らかく微笑むと土方は心の臓をギュッと掴まれた。
「…………………」
その時、もう一度脇腹へ手を触れさせた彼が、擦るようにそこを撫でる。
優しく、労るように触れるその動きに昴の身体から震えが伝わり、再び息を吸い込む音が部屋に響いた。
(総司のやつ、手加減できなかったのか………馬鹿やろう)
纏う胴着を脱がせ、打たれた場所を確認したかったけれど、それはできないと分かっている。
きっと明日には更に痛みが増すだろうと思い至り、医者に連れて行くべきか判断しているとふいに掴まれた腕。
「大丈夫だから………離して欲しい」
流石に恥じらいが先に立ったようで、白い肌が薔薇色に染まるのを見るとそこにつ…と唇を寄せた。
「─────っ、ん………土方、さ…………っ」
胴着の合わせ目に唇を這わせ、鎖骨の下へと押し当てると大きく震える身体。
チクリと甘い痛みがはしり、昴が堪えきれず声をもらす。
するとやんわりと襟元を乱され、更にその下へと唇が伝うと熱い吐息も一緒に触れた。
「……………っ、ぁ…………!」
刹那、彼女の切なくも小さな声が耳に響き、ハッと我に返ったのは土方本人。
顔を上げ、彼女を見れば薄茶色の瞳が金色の輝きを放つ。
それでも取り乱さなかったのは、昴が持つ強さからか。
乱された合わせ目を正し、男の腕の中からスルリと抜け出せばそっと乱れた息を整えるようにする。
その沈黙に土方が頭をかき、視線を反らすと拳を握り締める。
ここで何を言おうと何の意味も成さないことは分かっていたが、自分のしてしまった事は詫びなければならない。
「その………何だ…………す─────」
意を決して彼女を見つめ、謝ろうとしたその唇に彼女の指先が押し当てられた。
「謝るのは私のほうだ………すまない」
「な、それは───────っ」
そうして聞かされた言葉に目を見開けば、咄嗟に違うと詰め寄ろうとする。
けれど立ち上がった昴は土方を見向きもせず、暇を告げて頭を下げるとすぐに部屋から出て行ってしまった。
「………………っ、くそっ!」
急に独りにされ、呆然としていると短く吐き捨てるように声を絞り出す。
つい今しがたまで腕の中にあった温もりが急速に失われてゆき、言い様のない喪失感が己を襲う。
その苦しさに息をこぼし、畳へ大の字になって寝転ぶと襖が無遠慮に開いた。
「なにやらかしたんですか?土方さん」
そこに呆れ顔の沖田が立っていて、土方は思わず睨み付けてしまう。
「何かやらかしたのは、お前だろうが。怪我させやがって…………」
「─────っ、まさか、寸止めしたんですけど…………」
「当たってんだよ………。もっと加減しろ」
「……………………」
「何が可笑しい?」
しかし、土方が文句を言っているにも関わらず、目の前の男は嬉しそうに微笑むばかりで。
「今日は本当にいいものが見れたと思って。ひとつは瀬田さんのこと。そしてもうひとつは、土方さんのその顔」
クスクスと肩を揺らし、それでもすぐに真顔に戻ると目を伏せた。
「瀬田さん、何も言わないから俺も大丈夫だと思ってたんですが………。もしかしたら明日くらい、痛みが増すかもしれませんね。明朝にでも彼女を医者に連れて行きすよ」
そこは自分に責任があると分かっているから、沖田が任せてくださいと告げた。
「─────いや、俺が連れて行く」
が、起き上がった土方が頭をかくと自らが名乗り出る。
彼女に避けられたままなのがどうにも嫌で、今夜は気になって寝られそうにないから。
「それなら、お願いします」
ひとり考えに耽る男を見やり、沖田は満面の笑みで頭を下げた。
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