過去のエクラがやって来た!
或る日の明け方。
アルフォンスは前回の出撃の報告書などを書きつつ、城内の見廻りをしていた。
日が昇ろうとする頃ののアスク城はまだシンと静かで、窓の外は朝靄で白く光っている。
城内はまだ薄暗く、肌寒く感じられた。
階段を登り、右に曲がる。
すると、白いロープを羽織りながらこちらの方へ向かってくる姿があった。
「あ、おはよう、アルフォンス。早いね」
ひとつ小さな欠伸をして、ふにゃりと寝起きのように微笑む召喚師、エクラであった。
普段からふわふわの癖毛が、寝癖からか尚四方に遊んでいる。
「お早う、エクラ。…君もね。どうしたの?」
アルフォンスが問いかけると、
「読み終えた文献、書庫へ返しに行こうかとおもって。」
エクラは抱えていた分厚い本を手に持ちひらひら振ってみせた。 様子から夜遅くまで読み耽っていたのだろう。
エクラはアルフォンスに付き合って横を歩き、ふたりは次の日編成のことや、くだけた話なんかをしながら赤い絨毯を歩いていく。
「そういえば……今日は早朝の訓練が有るって言っていなかったかい?行かないと、また隊長に叱られるんじゃない?」
アルフォンスは昨日特務機関の隊長、アンナとエクラが会話していたのをふと思い出した。
「ん……。アンナさんに出なさいとは言われたけど……参加しますとは言ってないから大丈夫だよ。
それに、きみと居た方がよっぽどたのしいからなあ、今日は、やめておこうかなー?」
エクラは肩を竦めてニイッと悪戯っぽい笑みを見せる。
「はは、君、本当に訓練だとか演習だとかを嫌がるね」
「単発なら良いけど、長時間体力使うのは本当に向いてないんだよな……。それに直接の戦闘は召喚師は管轄外なんだし、それで本来の仕事に影響が出たら本末転倒ってやつなのだよ」
エクラはエッヘン、という風に胸を叩き、アルフォンスに「自慢になってないよ」などと言われふたりしてくすくすと笑い合う。
歩きながら、エクラは王子の抱えている書類を見やる。
「コレ、何を書いてるの?」
「この間の出撃で戦闘が激しかったから、色々と備品の破損が酷くてね。怪我人も多かったし、報告書を書いているんだよ」
十数枚の文書をペラペラと捲って見せる。
「うぇ、沢山あるな……あ、壊れた武器の数とダメージは記録したのは持ってる、あとは出撃人数と戦闘時間位ならデータとってあったと思うけど…要る?」
「それは助かるよ…!貰っても良いかな」
「うん、なら後で持ってくるよ」
「有難いよ。君、意外としっかりしているよね。そう見えないけれど」
アルフォンスはにこりと微笑んでからかうと、
「なんだよちゃんと見えないって…やる時はちゃんとやってるって、いつも言ってるじゃないか」
エクラは下がり眉を更にシュンと下げて口元を尖らせた。
雑談をしつつアルフォンスが手元の書類に一瞬視線を落とした時、
突然エクラの抱えていた本がばさりと床に落ちる音がして、驚いて振り返る。
すると一歩後ろを歩いていた筈の召喚師は忽然と姿を消しており、
開かれ落ちた本だけが残されていた。
……エクラが、消えた?
背筋にスッと厭な感覚がして胸に早鐘が鳴る。
まさか、また彼の身に何か……?!
そう思った瞬間。
煌々とした青白い閃光が走り、あまりの眩さに目を強く瞑った。
「な、何だ……っ??!」
数秒ののちに光が消えて恐る恐る瞼を開く。
そこには、見知らぬ少年が赤い絨毯の床の上にへたり込んでいる姿があった。
「…………??」
大きな瞳をぱちくりと瞬きし、不思議そうキョロキョロと周りを見渡す少年。
歳は14~15といったところで、空色の瞳に下がった眉尻。薄い色のくるりとした睫毛に、それと同じ色のふんわりとした癖毛を後ろに束ねている。
一見少女にも見えるその少年をよく見ると、召喚師が着用する制服に良く似たものを身に付けていた。
「……エクラ…かい……?」
かなり若くは見えるが、自分の良く知っている召喚師とまるで瓜二つの容貌に、思わず声を掛ける。
すると少年はピクリと肩を震わせると、アルフォンスの方を見遣った。
硝子細工のような瞳と目が合う。
「ぼくの名前を……何故知っているのですか…?」
***
訳がわからないという表情で座り込んだままの自称エクラに、アルフォンスは右手を差し出した。
「状況は全く分からないけれど……取り敢えずほら、起き上がって」
「あ……ありがとう、ございます」
小さく答えて素直に手を握り返してくる。
力を少し込めて引っ張ってやると、直ぐにスクリと立ち上がった。
思ったよりも身体が軽く小柄で、立ち姿はエクラよりも10cmほど背も小さいようだ。
「あの…不躾で申し訳ないのですが……差し支え無ければ今の日時とこの場所について教えて戴きたく...」
ぺこりと頭を下げてくるエクラ。もとい、小さいエクラ。
アルフォンスは、日付と今の時間を答えてやり、先程あった事を話した。
「ここはアスク王国でアスク城の中だよ。
エクラという召喚師と一緒に居たところで本人が突然消えて、青い光と一緒に君が現れた…というところかな」
「成程………此処に元々「エクラ」が存在していた………?
もしかすると、転送上のバグかもしれない……」
小さいエクラは懐から手帳を取り出して指で辿りながら捲り、眉根を寄せて呟いている。
「転送上のバグというのは……?一体何がどうなっているんだい?」
アルフォンスが問いかける。
エクラは答える。
「状況から見るにぼくは、貴方から見て……過去のエクラのようです」
何でも彼は某国から喚び出され、召喚師として異界へ転送される予定だったが手違いが起きたようだと説明した。
年齢は15で、召喚師に成ってから半年程なのだという。
「異界の中でも近い位置にある世界同士に同人物がいた場合……引き合ってしまう場合があるんです。恐らくこの世界にいたエクラは、「ぼく」が向かう予定の場所に飛ばされている筈です」
「そんな事が……?!元居たエクラはどうなるんだい?」
「誤転送が起きた場合は、24時間でシステムが強制終了して自動的に本来の世界に戻るようになっています。………その間死亡しない限りですが。
とはいえ、未来のぼくが此処に存在している時点で、この件では死亡する可能性は否定されるので…問題ないと思います」
エクラは、ひと通り説明すると少々困ったような表情で「ご迷惑をお掛けします、」と付け加えて言った。
つまり、丸一日、突如現れた15歳のエクラと、現在の24歳のエクラが入れ替わったというのだ。
異界に飛ばされたというエクラの安否が心配ではあったが確認の仕様も無く、一先ずは信じるしか無いようだった。
「そう。なら一日だけ、宜しくね、エクラ。」
アルフォンスが目線を合わせるように少し屈んで優しく微笑むと、エクラは安心したように硬い表情を緩め、頬をポッと桜色に染める。
(あ…やっぱりエクラなんだなぁ)
アルフォンスは15歳のエクラの中に、見慣れた照れ笑いのエクラの面影を見つけて嬉しくなった。
「はい。よろしくお願いします……えっと……」
「未だ名乗っていなかったね、僕はアスク王国の王子、アルフォンス」
「 !! 」
エクラはアルフォンスが名乗った途端ハッとして目を見開くと、直ぐに跪いて目を伏せる。
「尊い身分の御方に何て御無礼を……!大変申し訳御座いません…、処遇は如何様にも、殿下」
「えっ、!そ、そんな風に扱わなくて大丈夫だよ…!「殿下」とかもいいから!
今のエクラも友人のような間柄なんだ、だから、ね!」
年齢が違うとはいえ、先程まで友人のように過ごしていた相手に恭しく扱われ、むず痒さに赤面してしまう。
「しかし…」
エクラは眉を下げて見上げてくる。
「いいから」
「で、では「アルフォンス様」とお呼びします…」
この15歳のエクラはあまり表情を出さないようで、きゅっと結ばれた口元で硬い敬語で話すのが常のようだ。
アルフォンスは、共に過ごしている緩やかな笑顔の召喚師との違いに、同じ人間がこれ程変わるものだろうか、と不思議な気持ちになるのだった。
明日、「彼」が戻ったら聞いてみよう、と思った。
つづく
アルフォンスは前回の出撃の報告書などを書きつつ、城内の見廻りをしていた。
日が昇ろうとする頃ののアスク城はまだシンと静かで、窓の外は朝靄で白く光っている。
城内はまだ薄暗く、肌寒く感じられた。
階段を登り、右に曲がる。
すると、白いロープを羽織りながらこちらの方へ向かってくる姿があった。
「あ、おはよう、アルフォンス。早いね」
ひとつ小さな欠伸をして、ふにゃりと寝起きのように微笑む召喚師、エクラであった。
普段からふわふわの癖毛が、寝癖からか尚四方に遊んでいる。
「お早う、エクラ。…君もね。どうしたの?」
アルフォンスが問いかけると、
「読み終えた文献、書庫へ返しに行こうかとおもって。」
エクラは抱えていた分厚い本を手に持ちひらひら振ってみせた。 様子から夜遅くまで読み耽っていたのだろう。
エクラはアルフォンスに付き合って横を歩き、ふたりは次の日編成のことや、くだけた話なんかをしながら赤い絨毯を歩いていく。
「そういえば……今日は早朝の訓練が有るって言っていなかったかい?行かないと、また隊長に叱られるんじゃない?」
アルフォンスは昨日特務機関の隊長、アンナとエクラが会話していたのをふと思い出した。
「ん……。アンナさんに出なさいとは言われたけど……参加しますとは言ってないから大丈夫だよ。
それに、きみと居た方がよっぽどたのしいからなあ、今日は、やめておこうかなー?」
エクラは肩を竦めてニイッと悪戯っぽい笑みを見せる。
「はは、君、本当に訓練だとか演習だとかを嫌がるね」
「単発なら良いけど、長時間体力使うのは本当に向いてないんだよな……。それに直接の戦闘は召喚師は管轄外なんだし、それで本来の仕事に影響が出たら本末転倒ってやつなのだよ」
エクラはエッヘン、という風に胸を叩き、アルフォンスに「自慢になってないよ」などと言われふたりしてくすくすと笑い合う。
歩きながら、エクラは王子の抱えている書類を見やる。
「コレ、何を書いてるの?」
「この間の出撃で戦闘が激しかったから、色々と備品の破損が酷くてね。怪我人も多かったし、報告書を書いているんだよ」
十数枚の文書をペラペラと捲って見せる。
「うぇ、沢山あるな……あ、壊れた武器の数とダメージは記録したのは持ってる、あとは出撃人数と戦闘時間位ならデータとってあったと思うけど…要る?」
「それは助かるよ…!貰っても良いかな」
「うん、なら後で持ってくるよ」
「有難いよ。君、意外としっかりしているよね。そう見えないけれど」
アルフォンスはにこりと微笑んでからかうと、
「なんだよちゃんと見えないって…やる時はちゃんとやってるって、いつも言ってるじゃないか」
エクラは下がり眉を更にシュンと下げて口元を尖らせた。
雑談をしつつアルフォンスが手元の書類に一瞬視線を落とした時、
突然エクラの抱えていた本がばさりと床に落ちる音がして、驚いて振り返る。
すると一歩後ろを歩いていた筈の召喚師は忽然と姿を消しており、
開かれ落ちた本だけが残されていた。
……エクラが、消えた?
背筋にスッと厭な感覚がして胸に早鐘が鳴る。
まさか、また彼の身に何か……?!
そう思った瞬間。
煌々とした青白い閃光が走り、あまりの眩さに目を強く瞑った。
「な、何だ……っ??!」
数秒ののちに光が消えて恐る恐る瞼を開く。
そこには、見知らぬ少年が赤い絨毯の床の上にへたり込んでいる姿があった。
「…………??」
大きな瞳をぱちくりと瞬きし、不思議そうキョロキョロと周りを見渡す少年。
歳は14~15といったところで、空色の瞳に下がった眉尻。薄い色のくるりとした睫毛に、それと同じ色のふんわりとした癖毛を後ろに束ねている。
一見少女にも見えるその少年をよく見ると、召喚師が着用する制服に良く似たものを身に付けていた。
「……エクラ…かい……?」
かなり若くは見えるが、自分の良く知っている召喚師とまるで瓜二つの容貌に、思わず声を掛ける。
すると少年はピクリと肩を震わせると、アルフォンスの方を見遣った。
硝子細工のような瞳と目が合う。
「ぼくの名前を……何故知っているのですか…?」
***
訳がわからないという表情で座り込んだままの自称エクラに、アルフォンスは右手を差し出した。
「状況は全く分からないけれど……取り敢えずほら、起き上がって」
「あ……ありがとう、ございます」
小さく答えて素直に手を握り返してくる。
力を少し込めて引っ張ってやると、直ぐにスクリと立ち上がった。
思ったよりも身体が軽く小柄で、立ち姿はエクラよりも10cmほど背も小さいようだ。
「あの…不躾で申し訳ないのですが……差し支え無ければ今の日時とこの場所について教えて戴きたく...」
ぺこりと頭を下げてくるエクラ。もとい、小さいエクラ。
アルフォンスは、日付と今の時間を答えてやり、先程あった事を話した。
「ここはアスク王国でアスク城の中だよ。
エクラという召喚師と一緒に居たところで本人が突然消えて、青い光と一緒に君が現れた…というところかな」
「成程………此処に元々「エクラ」が存在していた………?
もしかすると、転送上のバグかもしれない……」
小さいエクラは懐から手帳を取り出して指で辿りながら捲り、眉根を寄せて呟いている。
「転送上のバグというのは……?一体何がどうなっているんだい?」
アルフォンスが問いかける。
エクラは答える。
「状況から見るにぼくは、貴方から見て……過去のエクラのようです」
何でも彼は某国から喚び出され、召喚師として異界へ転送される予定だったが手違いが起きたようだと説明した。
年齢は15で、召喚師に成ってから半年程なのだという。
「異界の中でも近い位置にある世界同士に同人物がいた場合……引き合ってしまう場合があるんです。恐らくこの世界にいたエクラは、「ぼく」が向かう予定の場所に飛ばされている筈です」
「そんな事が……?!元居たエクラはどうなるんだい?」
「誤転送が起きた場合は、24時間でシステムが強制終了して自動的に本来の世界に戻るようになっています。………その間死亡しない限りですが。
とはいえ、未来のぼくが此処に存在している時点で、この件では死亡する可能性は否定されるので…問題ないと思います」
エクラは、ひと通り説明すると少々困ったような表情で「ご迷惑をお掛けします、」と付け加えて言った。
つまり、丸一日、突如現れた15歳のエクラと、現在の24歳のエクラが入れ替わったというのだ。
異界に飛ばされたというエクラの安否が心配ではあったが確認の仕様も無く、一先ずは信じるしか無いようだった。
「そう。なら一日だけ、宜しくね、エクラ。」
アルフォンスが目線を合わせるように少し屈んで優しく微笑むと、エクラは安心したように硬い表情を緩め、頬をポッと桜色に染める。
(あ…やっぱりエクラなんだなぁ)
アルフォンスは15歳のエクラの中に、見慣れた照れ笑いのエクラの面影を見つけて嬉しくなった。
「はい。よろしくお願いします……えっと……」
「未だ名乗っていなかったね、僕はアスク王国の王子、アルフォンス」
「 !! 」
エクラはアルフォンスが名乗った途端ハッとして目を見開くと、直ぐに跪いて目を伏せる。
「尊い身分の御方に何て御無礼を……!大変申し訳御座いません…、処遇は如何様にも、殿下」
「えっ、!そ、そんな風に扱わなくて大丈夫だよ…!「殿下」とかもいいから!
今のエクラも友人のような間柄なんだ、だから、ね!」
年齢が違うとはいえ、先程まで友人のように過ごしていた相手に恭しく扱われ、むず痒さに赤面してしまう。
「しかし…」
エクラは眉を下げて見上げてくる。
「いいから」
「で、では「アルフォンス様」とお呼びします…」
この15歳のエクラはあまり表情を出さないようで、きゅっと結ばれた口元で硬い敬語で話すのが常のようだ。
アルフォンスは、共に過ごしている緩やかな笑顔の召喚師との違いに、同じ人間がこれ程変わるものだろうか、と不思議な気持ちになるのだった。
明日、「彼」が戻ったら聞いてみよう、と思った。
つづく
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