ハロウィンのおはなし
広場には色とりどりの電飾ととカボチャをくり抜いた灯篭。 鴉色の夜空は祭りの灯りに昼間のように照らされ、本来の色を隠していた。
今夜、アスク王国はハロウィンの夜、豊穣の祭りを迎えていた。
王国を護る為に日々戦場を駆ける英雄達も、今日に限っては魔女や吸血鬼などの仮装をして居る者も多く、酒を飲んだり、踊ったりなどしながら年に一度の珍しい祭りを楽しんでいるようだ。
子供達は「トリックオアトリート」の可愛らしい声とともに両手1杯の飴玉やキャラメルを受け取り、キャッキャと走りまわって微笑ましい光景であった。
召喚師として異界から呼び出された青年・エクラは、広場の端にある噴水の石段に腰を降ろし、給仕に受け取ったシャンパンを傾けながら祭りの様子に目を細めていた。
「エクラ、楽しんでるかい?」
後ろから近づく涼やかな声。
「アルフォンス。あ!ツノ付いてるね、カッコイイカッコイイ」
機嫌の良い様子で自身の頭には人差し指をツンと当てるエクラ。
「うん。僕も特に仮装する予定では無かったのだけれど、シャロンがどうしてもと言うからね...」
アスク王国第一王子であるアルフォンスは、妹のシャロンに着せられたという悪魔の衣装を身に付けて居た。
白いシャツに赤いタイ。
頭に着けた二本のツノと同色の襟の立った黒いマントの出で立ちはすらりとした長身によく似合っている。
アルフォンスは照れたように微笑みながらエクラの隣に腰掛けると、不思議そうに首を傾げた。
「エクラは今年も仮装をしないんだね?…もしかしてこういう場は得意じゃない?」
召喚師がアスクに来てから数度この祭りの時期がやってきていたが、未だにアルフォンスは彼が仮装をしたり、華美な服装を身に着けているのを見たことが無かった。
「アハハ、こういうイベント事はとても楽しくって好きだよ。毎日でもいいくらいにね!
…ただ、ウーン、自分が変わった格好をするのは慣れてないから...。
なんというか、仮装して浮かれている自分を俯瞰で見てしまって……楽しむ気持ちより恥ずかしさが勝るというか。」
きみみたいに何でもサマになると良いんだけど、と肩を竦め、くしゃりとした笑顔で少し頬を赤くするエクラ。
「そう?きっと何を着ても似合うのに」
アルフォンスは彼に目線をやった。エクラは細身の体躯だが、整った顔立ちをしていると思う。人の良さそうな下がった眉根と緩やかな目元。くるりとした癖のある髪と睫毛が自分と同じ位の年齢の割に幼い雰囲気を感じさせる。
召喚師は持っていたグラスをグイと煽ってから傍らに置くと、足元にある取手の着いた容れ物を持ち上げた。
「さっきマムクートの子達が来てね、トリックオアトリートって言ってきたから珍しいお菓子をあげたんだ。
そうしたらさ、城下町の子達が次々来てあの子達とおんなじのくださいって。沢山用意したのに…ほら、空っぽだよ。
最後に来た子にもう無いよって言ったらお菓子くれないと、悪戯されるんだぞ!って怒られちゃって。
ふふ、来年は、もっといっぱい買わないとなあ」
満足そうにクスクスと笑うエクラにアルフォンスも思わず笑みがこぼれる。
「なら丁度良かった。僕、君に用意している物があって。
この後、部屋に来てもらえるかな?」
「用意している物?……うん、わかった」
なんだろう、と思いながらエクラはこくりと頷いたのだった。
***
更に夜が更けた頃。
エクラは祭りの後片付けを少し手伝ったあと、アルフォンスの部屋に向かっていた。
先刻「用意している物」があると言っていたが何なのだろうか。
コンコン。部屋の前でノックをする。
直ぐにドアは開き、
「来てくれたね。さ、入って」
促されるままに室内へと入り、アルフォンスの正面のチェアに腰を下ろす。
「うん、じゃあ言うね。「トリックオアトリート」」
「…………え、どゆこと??」
にこにことした表情で突然言い出すアルフォンスに訳が分からず聞き返してみる。
「だから「トリックオアトリート」だよ。
エクラ、お菓子は持ってきた?」
「持ってきてるわけないだろ……。というより、さっきぜんぶ無くなったって話、したばっかり」
「そう、だから「丁度良かった」んだよ。つまり君はお菓子を持っていない訳だから僕にお菓子を渡せない、悪戯されていいということだね」
「そ、そりゃあ反則だあ...……っ!!あ、ホラもうでもハロウィン終わったんじゃないの今何時」
「23時28分だね」
「あ〜…………、、、はぁ……。で、、、悪戯って、、何?」
頭を抱えて観念したように絞り出すエクラ。
わざわざ部屋に呼び出す位だ、簡単な事ではないのは容易に想像出来た。
指定の英雄を召喚しろとか、そういう類か?訝しげに様子を伺って居ると。
アルフォンスは棚の中から何やら一抱え程の紙袋を取り出す。そして、
「君に、これを着てもらおうと思って」
そう答えた。
エクラは丁寧に包装されたそれを受け取ると、恐る恐る中を開いた。
そこには……およそ成人男性が着るべきでないと一見して分かる程の、レースとリボンの塊。
持ち上げて見ると、幾重にも重なったフリルのミニスカートと、明らかに布面積の少ない透けた素材のレースのトップス。薄い色のリボンが所々にあしらわれ、背中部分に小さな羽根の装飾が付いていた。
そっと紙袋に仕舞い直す。
「イヤイヤイヤ...これはさすがにね……違うでしょ……?」
引き攣った苦笑いしか出なかった。
「じゃあ、着替えて」
間違っていなかったようである。
特に表情の変わらないアルフォンスに、エクラは疑問をぶつける。
「これは一体何なんだ?!何処に行ったらこんなおかしな服が買えるんだよぉ?!」
「これはシャロンが僕の仮装用の服を用意した時に、隊長が仕立屋に値段が高いってゴネたらサービスで貰ったものだよ」
ほぉ……成程な...アルフォンスが悪魔の衣装だからセットで天使の衣装を貰った訳だ...天才だな...
アンナさん...本当に余計な事を...今日だけは恨みます...
悲愴に打ちひしがれるエクラ。
「折角貰ったものだし、使わないのも勿体ないと思っていたから君が着てくれて良かったよ」
「まだ着るとは決まってないし勿体ないとか言うなら、きみが着ればいいだろ……」
「どちらにしても僕が着るには大きさが小さいし、エクラなら細身だし、雰囲気に合っているから似合うかなって」
「ハハ……ぼくが天使だって??」
乾いた笑いで答えるエクラ。
「うん、そうだね」
頷くアルフォンス。
召喚師は思った。
そうだった、こいつは冗談の通じない奴だった……
*****
「もう嫌だよ……勘弁してくれよお……!」
例によって透け透けレース素材天使衣装に着替えさせられたエクラであった。
女性用の衣装のため、細身とはいえ女性よりも身長のあるエクラにはミニスカートが更に短くなり、下着がちらちらと見え隠れしている。
その下着も、まさかの衣装セットに含まれており、総レースの…しかも横をリボンで結ぶタイプのものだったのだ。
一方の手でスカートの裾を引っ張り、もう一方で火が出そうな顔を隠すエクラ。
「可愛い...!かわいいよ、凄く似合ってるよエクラ……」
アルフォンスは感嘆の声を上げると立ち上がり、エクラの顔を隠している手を取り外す。
薄い髪色と同じ色のリボン。普段長いローブを着て肌を晒さない彼の、ミルクのような胸元と露な脚。想像よりずっと綺麗で、可愛くて...いやらしい。
羞恥に潤む瞳と目が合うと、思わずそのまま壁に縫い付け、唇を押し付けた。
「もっと、可愛いエクラを僕に見せて」
ぎゅっと目を瞑って顔を背ける召喚師の、耳元で囁く。
耳朶を食むように唇を落としていくと、そこまで熱くなっているのが伝わってくる。
「うぁ、も、ほんとに恥ずかしいからやめ、……終わりにして」
顔を真っ赤に紅潮させて俯向く召喚師の頬に手をやってこちらを向かせると、
「やめない」
アルフォンスは、にこりと一言応えた。
多分つづく
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