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向日葵畑の向こう

「え、怖。」
「うちの主は怪談も得意なのかい?」


怪談と呼べるクオリティかどうかはあれとして、最近怖かった出来事だ。


「っていうか、つい先刻じゃん。俺が夕刻に主を呼んだ時のことじゃん。」
「うん、先刻。」


飲酒解禁から早幾年。もう余裕でお酒を飲める年齢なので、歌仙にも長谷部にも文句は言わせない。


「主・・・遂に幻聴ですか?」
「そこまで重症じゃないよ!」


ジト目で見てくる長谷部は、「気をつけてくださいよ、本当に」と言い残して部屋を出て行った。今は日本号待ちだから、少しそわそわしているように思える。


「結局、夏のパン祭りはどうするの?」
「うん、明石国行に来てもらいたいんだ。」
「出た、眼鏡フェチ!」
「どうもあの手の顔に弱いのよね。」


ずっと顕現を待っていた刀だ。早いとこ髭切にも来てほしい気持ちも勿論あるし、明石は今後何振りも来るかもしれない。でも、私はあの手の見た目の男が好きなのだ。


「でも本当に働かないよ?」
「本当に面倒臭がりだぜ?」
「もしかして主ってだめんず好き?」
「そりゃみっちゃんみたいにデキる男の方がいいよ?特にこういった大所帯で働いてもらうなら。でも、好みの見た目してたら働かなくても来てほしいし、それにどうせ歌仙や長谷部が教育してくれるでしょ?」
「うわ・・・、」
「丸投げだ・・・、」


もうずっと昔から拗らせた趣味。そう、これに関しては最早趣味なのだ。


「それに、個体値だってあるし。」
「個体差ね。」
「本当に主はぽけもん好きなんだね。」


とある本丸や他所の本丸の明石は働かなくても、うちに来る明石は働いてくれるかもしれない。そう言うと、蛍丸と愛染は「それはない」と言い切った。ある意味、信頼されているのかもしれない。
スっと、一言話して黙っていたにっかりが立ち上がった。この刀が立ち上がるとなんだかそわそわする。私がホラー好きだからかな。


「いや、ただ厠に行こうと思っただけだよ?」
「期待してしまった。」
「まぁ、そういう時期だしね。」


部屋にある大きな古時計を見ると、もういい時間だった。粟田口の短刀たちを寝かしつけた一期一振がひょっこりと顔を覗かせ、私を見ると「こちらにいたのですな」と声をかけてきた。


「どうしたの?なにかあった?」
「次郎太刀殿が探していましたよ。」
「また飲むの?好きだよね、お酒。」
「次郎ちゃんとは酒の趣味が合うのよ。」


「なにか摘めるものあったかな?」と、部屋を出ようとすると、にっかりが「充分に気をつけても損はないからね」と言った。
頭にはてなを浮かべて厨に向かうと、歌仙と光忠が明日の朝餉の仕込みをしているところだった。


「使っていい食材はある?」
「僕が作ろうか?」
「大丈夫、私だって料理はできるよ。」
「確かに、君は掃除は苦手だが、料理はできるね。だが、そこに夕餉の残りがあるんだ。どうせ次郎太刀とだろう?どうせなら片付けてくれないかい?」


夕餉は歌仙の得意な和食だった。煮物などで茶色くなりがちな和食だが、歌仙が作るものはいつも色鮮やかで綺麗だ。


「じゃあ大皿で持っていった方が片付けが楽だね。数もあるし、台車を出そうか?」
「お願いします。」


光忠がその場を離れると、歌仙が「ははっ」と笑った。


「なに?」
「君が『お願いします』なんて、森殿や初対面の者に言うように話すから、つい可笑しくてね。」
「私だって、世話をかける時くらいは丁寧に言いますー。」
「そうだったね。君は礼儀を重んじる人だった。」


未だに肩を震わせて笑う歌仙の隣に立ち、先刻まで光忠がしていた作業を始めると、「これも持っていきたまえ」とトマトを幾つか渡された。トマトの収穫は私も見ていて、確か長曽祢と蜂須賀が言い合い(蜂須賀が一方的に詰っていただけ)をしながらも丁寧に採っていた。


「かぷれーぜ、と言ったかい?ちーずもあるよ。」
「歌仙が横文字料理なんて珍しいね。」
「燭台切の受け売りさ。こっちはいいから、向こうで作るといいよ。」


歌仙は小言も多いが、実は面倒見もよかったりする。ここ数日は雨が降り、折角の向日葵畑で遊べないと嘆く短刀たちとてるてる坊主を作っていたと、近侍の加州から聞いた。


「歌仙、ありがとね。」
「なんだい?またなにかやらかしたのかい?」
「お礼の言葉くらい素直に受け取りなさいよ。」


そんなことを言い合う内に光忠が台車を持ってきて、途中で会ったという巴が運んでくれることになったと聞かされた。


「じゃあ行くね。朝餉、楽しみにしてる。」
「まだ暫くいるから、足りなくなったら言ってくれて構わないよ。」
「ありがとう。でも早く休んでね。」
「あぁ、わかったよ。」
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