向日葵畑の向こう
その日は皆、バタバタと忙しそうだった。
俺はといえば、いつものように他の者と手合わせしようと声をかけようとしたところ、歌仙から自室で待機するよう言われた。
(一体なんだというのだ?)
俺以外はバタバタとしていて、たまに俺のすぐ後に顕現した鶯丸などが訪れ茶を飲んで行ったり、五虎退の虎たちが毛繕いをして行ったりしていた。
そして、主が昼餉の時刻だと言って俺を呼びに来た。やっと自室から出られる。
「膝丸は部屋を綺麗に使ってるのね。」
「いつ兄者が来てもいいようにな。」
「そう。」
歌仙などが口から生まれたなどと言う主は、今日は静かに俺の話を聞いていた。
「膝丸は髭切が大好きなのね。」
広間の障子を開ける前に、確かめるように俺にそう言うと、スパーンっと思い切り弾くように障子を開けた。
「はーい!皆さん、主ですよ!」
「障子は静かに開けたまえ!!!!!」
「やかましいぞ、歌仙兼定!!!!!」
「・・・どっちもどっちでしょうに。」
歌仙と長谷部は、うちの本丸の小言担当だ。その二人に挟まれた明石は、心底うるさそうにしている。
「皆には大変な思いをしてもらったけど、今日で一旦終わり。」
主が開けた障子をササッと静かに閉める加州は初期刀で今日も近侍だ。
「主だって大変だったでしょ、朝から。」
聞けば、早朝から先刻まで部屋に籠り、政府の者と通信をしていたらしい。
「私にできるのはこれくらいだからね。」
そう言って俺を見て微笑むと、すぐに今剣を呼んでなにやら耳打ちをした。
「まかせてください!」
言うが早いか、主に負けず劣らずの騒がしさで駆けて行った。(「君たちは障子くらい静かに開け閉めできないのか!まったく雅じゃない!」)
「膝丸は今日は私の隣に座ってね。」
上座の主はそう言った。主としては上座に座ることをあまりよくは思っていないらしいが、きっと長谷部辺りが威厳がどうのと言って説き伏せたのだろう。
暫くすると、またもやスパーンっといい音をさせて今剣が帰ってきた。歌仙と長谷部は最早溜息を漏らすだけだ。それを燭台切が苦笑する。
「つれてきましたよ!」
「ありがとう、今剣。」
今剣の後ろで静かに障子を閉める後ろ姿に、呼吸をするのも忘れるくらい驚いた。
「あなたも私の隣に。」
騒がしく障子を開け閉めするような者とは思えぬほど、穏やかな声で主が呼びかけた。振り返った姿を見て、やっと呼吸ができる。
「源氏の重宝を侍らせるつもりかい?まったくいい趣味をしている。」
「なんとでもお言いなさいな、今日は特別なんだから。」
歌仙の嫌味もなんのその。主はその刀を俺の反対に置いた。
「夏のパン祭りは終了しました。私は宣言通りにしましたよ。」
俺を見て微笑む表情は変わらず穏やかだった。少しの変化といえば、少々悪戯っぽい顔にも見えるところか。
「あの人がいたら主と仲良くできそうだなぁ。」
「うるさくなるだけだろう。」
主は声のする方、伊達の刀たちの方を向いて、
「彼を呼ぶのは大分後になりそうよ。またパン祭りが開催されれば、だけどね。」
と言った。その辺の事情は俺は知らないが、きっと伊達の刀たちも待つ者がいるのだろう。俺のように。
「さて。挨拶してもらえますか?」
咳払いをして、主お得意の猫被りが出ると皆が苦笑を浮かべる。新しい者が入るといつもこうらしい。俺の時もそうだった。
「・・・源氏の重宝、髭切という。よろしく頼むよ。」
その人は穏やかに皆に微笑み、俺を見ると更に笑みを深くして笑った。
「やぁ、弟。」
「膝丸だ、兄者!」
「主から聞いたよ。随分と待たせたようだね。」
「息災のようでなによりだ!」
兄者と会えたならばと、話したいことは山ほどあった。あの立派な向日葵畑には俺も尽力したのだと。今では短刀たちに慕われているのだと。山ほどあったはずなのに、会話が上手く噛み合わない。それでも兄者は、主を挟んだ向こうで笑っている。
「・・・やっぱり兄弟は揃ってた方がいいわね。」
そんな俺を見て少し物憂げに呟く主に、俺は気づかなかった。
20180828
俺はといえば、いつものように他の者と手合わせしようと声をかけようとしたところ、歌仙から自室で待機するよう言われた。
(一体なんだというのだ?)
俺以外はバタバタとしていて、たまに俺のすぐ後に顕現した鶯丸などが訪れ茶を飲んで行ったり、五虎退の虎たちが毛繕いをして行ったりしていた。
そして、主が昼餉の時刻だと言って俺を呼びに来た。やっと自室から出られる。
「膝丸は部屋を綺麗に使ってるのね。」
「いつ兄者が来てもいいようにな。」
「そう。」
歌仙などが口から生まれたなどと言う主は、今日は静かに俺の話を聞いていた。
「膝丸は髭切が大好きなのね。」
広間の障子を開ける前に、確かめるように俺にそう言うと、スパーンっと思い切り弾くように障子を開けた。
「はーい!皆さん、主ですよ!」
「障子は静かに開けたまえ!!!!!」
「やかましいぞ、歌仙兼定!!!!!」
「・・・どっちもどっちでしょうに。」
歌仙と長谷部は、うちの本丸の小言担当だ。その二人に挟まれた明石は、心底うるさそうにしている。
「皆には大変な思いをしてもらったけど、今日で一旦終わり。」
主が開けた障子をササッと静かに閉める加州は初期刀で今日も近侍だ。
「主だって大変だったでしょ、朝から。」
聞けば、早朝から先刻まで部屋に籠り、政府の者と通信をしていたらしい。
「私にできるのはこれくらいだからね。」
そう言って俺を見て微笑むと、すぐに今剣を呼んでなにやら耳打ちをした。
「まかせてください!」
言うが早いか、主に負けず劣らずの騒がしさで駆けて行った。(「君たちは障子くらい静かに開け閉めできないのか!まったく雅じゃない!」)
「膝丸は今日は私の隣に座ってね。」
上座の主はそう言った。主としては上座に座ることをあまりよくは思っていないらしいが、きっと長谷部辺りが威厳がどうのと言って説き伏せたのだろう。
暫くすると、またもやスパーンっといい音をさせて今剣が帰ってきた。歌仙と長谷部は最早溜息を漏らすだけだ。それを燭台切が苦笑する。
「つれてきましたよ!」
「ありがとう、今剣。」
今剣の後ろで静かに障子を閉める後ろ姿に、呼吸をするのも忘れるくらい驚いた。
「あなたも私の隣に。」
騒がしく障子を開け閉めするような者とは思えぬほど、穏やかな声で主が呼びかけた。振り返った姿を見て、やっと呼吸ができる。
「源氏の重宝を侍らせるつもりかい?まったくいい趣味をしている。」
「なんとでもお言いなさいな、今日は特別なんだから。」
歌仙の嫌味もなんのその。主はその刀を俺の反対に置いた。
「夏のパン祭りは終了しました。私は宣言通りにしましたよ。」
俺を見て微笑む表情は変わらず穏やかだった。少しの変化といえば、少々悪戯っぽい顔にも見えるところか。
「あの人がいたら主と仲良くできそうだなぁ。」
「うるさくなるだけだろう。」
主は声のする方、伊達の刀たちの方を向いて、
「彼を呼ぶのは大分後になりそうよ。またパン祭りが開催されれば、だけどね。」
と言った。その辺の事情は俺は知らないが、きっと伊達の刀たちも待つ者がいるのだろう。俺のように。
「さて。挨拶してもらえますか?」
咳払いをして、主お得意の猫被りが出ると皆が苦笑を浮かべる。新しい者が入るといつもこうらしい。俺の時もそうだった。
「・・・源氏の重宝、髭切という。よろしく頼むよ。」
その人は穏やかに皆に微笑み、俺を見ると更に笑みを深くして笑った。
「やぁ、弟。」
「膝丸だ、兄者!」
「主から聞いたよ。随分と待たせたようだね。」
「息災のようでなによりだ!」
兄者と会えたならばと、話したいことは山ほどあった。あの立派な向日葵畑には俺も尽力したのだと。今では短刀たちに慕われているのだと。山ほどあったはずなのに、会話が上手く噛み合わない。それでも兄者は、主を挟んだ向こうで笑っている。
「・・・やっぱり兄弟は揃ってた方がいいわね。」
そんな俺を見て少し物憂げに呟く主に、俺は気づかなかった。
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