向日葵畑の向こう
「只今帰りました。」
そう言って上がると、我が本丸のお小言担当の歌仙が出迎えてくれた。いつもは短刀たちが元気に出迎えてくれて、歌仙は厨にいるのに。
(なにかしたかな?)
それは顔に出ていたようで、「今日はなにもないよ」と言われてしまった。
「それとも、なにか心当たりがあるのかい?」
「いえ、ありません。」
「なら早くおいで。」
歌仙の後ろをついて行っても誰ともすれ違わない。皆、宴会会場にいるのかもしれない。
「誰か来たの?」
「自分の目で確かめればいいだろう。」
我が本丸で一番広い部屋の障子を開けると、沢山の刀剣男士たちに囲まれ居づらそうにしている一振りがいた。
「え、」
「・・・そういうことだよ。」
実際に実物を自分の目で見るのは初めてだった。いつも他所の部隊にいるのを見て、いいなぁと思っていた。その一振りが今、目の前にいる。
「あ!主!俺、頑張ったよ!」
褒めて褒めてという気持ちを隠しきれない初期刀で近侍の加州を、「よくやった!よく頑張ったね!」と、ぎゅーっと抱き締めると、「うん、うん、でも苦しいし恥ずかしい」と照れ始めたから(うちの初期刀可愛い!)と思ってしまった。
「・・・主はん?」
「私がこの本丸の審神者、主です。来派は先に二振り来てますし、他にも沢山の仲間がいます。わからないことがあれば誰に訊いてくださっても構いません。」
誰かがブフッと噴き出した。多分光忠だろう。うちの光忠はデキる男ではあるが、空気が読めないところが少しある。
「聞いてた話とちゃいますやん。」
「え?」
「自分が聞いてた主はんは、大層変わり者やって。」
(誰だ、言ったやつ!)
「主、その・・・皆が皆、口を揃えて主は変わり者って言っちゃったみたいなんだ。打ち合わせとかしてないのに。」
安定が言いづらそうに口を開いた。打ち合わせなしで私は変わり者って言い触らすとは・・・向日葵畑の時もだったけど、我が本丸の団結力ヤバいな?
「あー・・・言ってなかったが、俺も最近顕現したのだが初日に歌仙から『立ってる者は親でも使え』って人だと教わったんだ。」
「すぐに猫を被るから、初日に言わなくてはと思ってついね。」
「もー!」と言うと、一斉に笑いが起きた。
「せめて初対面くらいはいい格好させてよ!」
「猫被ってはったんです?」
「被ってました!えぇ、被ってましたよ!」
こうなりゃヤケだとグラスの日本酒を煽ると、「ええ飲みっぷりですわー」と緩く言われた。
「夏のぱん祭り、とやらはどうする主?」
宴会を始めて暫くすると、三日月が言った。皆手を止めてこちらを見る。だが、長谷部だけは見ない。
夏のパン祭りは明石国行を呼ぶと宣言していた。その明石国行が顕現すれば、次は誰を呼ぶのか。皆それが気になっていたようだ。
「・・・髭切を、呼ぼうと思う。」
しんと静まり返ったその場で、加州が立ち上がった。
「あの依頼札は!?主!」
言いたいことはわかっている。ここ数日、私はある槍を待っていた。その槍は結局我が本丸には顕現しなかった。ならば引換券を使って呼べばいいではないか。これは私と加州と、それから長谷部だけが知っていることだった。
「主、俺に気を遣っているのなら・・・、」
「いいえ。これは前から決まっていたことです。」
本当の話だ。次回があったら髭切を呼ぶ、それは決まっていた。
「もし引き換えの前に髭切が顕現した場合、その時は日本号を呼びます。」
やっと長谷部がこちらを見た。
「主、」
「うちにはまだ槍がいません。戦力になるでしょう。」
「しかし、」
「あなたは私に逆らえますか?・・・長谷部。」
「・・・主命とあらば。」
申し訳ないとは思う。歌仙よりも小言は長いが、「主命とあらば」と、最終的には長谷部はいつだって私に従う。それを利用している自覚はある。
「空気が重くなってしまったね。まだ料理は沢山あるよ、足りているかい?」
重い空気を断ち切ったのは意外にも歌仙だった。それに続いて光忠も立ち上がり、短刀を何振りか連れて厨へと向かった。
「初日にすまないな、明石。身内事で空気を悪くしてしまった。」
「いえ。自分、あの主なら従いますわ。変わり者やけど、ちゃんと考えてはる。情はあるけど流されない。」
「・・・そういう人なんだ、うちの主は。」
昼間散々向日葵畑で遊んで疲れたらしい粟田口の幼い短刀たちを、一期一振や薬研が連れて行った。小夜も船を漕ぎ出したので宗三が付き添うと、「そろそろお開きにしよう」と歌仙が言った。
「明日の朝餉はなに?」
「最近はどこかの誰かさんは朝餉を食べていなかったからね、希望があれば受け付けるよ。」
「白いご飯とー、お豆腐と長葱のお味噌汁とー、焼き鮭とー、だし巻き玉子とー、」
「歌仙くんの得意ジャンルのオンパレードだね。」
「お願いね、歌仙。」
「はいはい。」
また明日、朝には短刀たちはラジオ体操で陸奥守にスタンプをもらい、暫くしたら焼き鮭のいい匂いがして起きるんだ。
───────平和な我が本丸は、平和な日本の朝を迎える。
20180814
そう言って上がると、我が本丸のお小言担当の歌仙が出迎えてくれた。いつもは短刀たちが元気に出迎えてくれて、歌仙は厨にいるのに。
(なにかしたかな?)
それは顔に出ていたようで、「今日はなにもないよ」と言われてしまった。
「それとも、なにか心当たりがあるのかい?」
「いえ、ありません。」
「なら早くおいで。」
歌仙の後ろをついて行っても誰ともすれ違わない。皆、宴会会場にいるのかもしれない。
「誰か来たの?」
「自分の目で確かめればいいだろう。」
我が本丸で一番広い部屋の障子を開けると、沢山の刀剣男士たちに囲まれ居づらそうにしている一振りがいた。
「え、」
「・・・そういうことだよ。」
実際に実物を自分の目で見るのは初めてだった。いつも他所の部隊にいるのを見て、いいなぁと思っていた。その一振りが今、目の前にいる。
「あ!主!俺、頑張ったよ!」
褒めて褒めてという気持ちを隠しきれない初期刀で近侍の加州を、「よくやった!よく頑張ったね!」と、ぎゅーっと抱き締めると、「うん、うん、でも苦しいし恥ずかしい」と照れ始めたから(うちの初期刀可愛い!)と思ってしまった。
「・・・主はん?」
「私がこの本丸の審神者、主です。来派は先に二振り来てますし、他にも沢山の仲間がいます。わからないことがあれば誰に訊いてくださっても構いません。」
誰かがブフッと噴き出した。多分光忠だろう。うちの光忠はデキる男ではあるが、空気が読めないところが少しある。
「聞いてた話とちゃいますやん。」
「え?」
「自分が聞いてた主はんは、大層変わり者やって。」
(誰だ、言ったやつ!)
「主、その・・・皆が皆、口を揃えて主は変わり者って言っちゃったみたいなんだ。打ち合わせとかしてないのに。」
安定が言いづらそうに口を開いた。打ち合わせなしで私は変わり者って言い触らすとは・・・向日葵畑の時もだったけど、我が本丸の団結力ヤバいな?
「あー・・・言ってなかったが、俺も最近顕現したのだが初日に歌仙から『立ってる者は親でも使え』って人だと教わったんだ。」
「すぐに猫を被るから、初日に言わなくてはと思ってついね。」
「もー!」と言うと、一斉に笑いが起きた。
「せめて初対面くらいはいい格好させてよ!」
「猫被ってはったんです?」
「被ってました!えぇ、被ってましたよ!」
こうなりゃヤケだとグラスの日本酒を煽ると、「ええ飲みっぷりですわー」と緩く言われた。
「夏のぱん祭り、とやらはどうする主?」
宴会を始めて暫くすると、三日月が言った。皆手を止めてこちらを見る。だが、長谷部だけは見ない。
夏のパン祭りは明石国行を呼ぶと宣言していた。その明石国行が顕現すれば、次は誰を呼ぶのか。皆それが気になっていたようだ。
「・・・髭切を、呼ぼうと思う。」
しんと静まり返ったその場で、加州が立ち上がった。
「あの依頼札は!?主!」
言いたいことはわかっている。ここ数日、私はある槍を待っていた。その槍は結局我が本丸には顕現しなかった。ならば引換券を使って呼べばいいではないか。これは私と加州と、それから長谷部だけが知っていることだった。
「主、俺に気を遣っているのなら・・・、」
「いいえ。これは前から決まっていたことです。」
本当の話だ。次回があったら髭切を呼ぶ、それは決まっていた。
「もし引き換えの前に髭切が顕現した場合、その時は日本号を呼びます。」
やっと長谷部がこちらを見た。
「主、」
「うちにはまだ槍がいません。戦力になるでしょう。」
「しかし、」
「あなたは私に逆らえますか?・・・長谷部。」
「・・・主命とあらば。」
申し訳ないとは思う。歌仙よりも小言は長いが、「主命とあらば」と、最終的には長谷部はいつだって私に従う。それを利用している自覚はある。
「空気が重くなってしまったね。まだ料理は沢山あるよ、足りているかい?」
重い空気を断ち切ったのは意外にも歌仙だった。それに続いて光忠も立ち上がり、短刀を何振りか連れて厨へと向かった。
「初日にすまないな、明石。身内事で空気を悪くしてしまった。」
「いえ。自分、あの主なら従いますわ。変わり者やけど、ちゃんと考えてはる。情はあるけど流されない。」
「・・・そういう人なんだ、うちの主は。」
昼間散々向日葵畑で遊んで疲れたらしい粟田口の幼い短刀たちを、一期一振や薬研が連れて行った。小夜も船を漕ぎ出したので宗三が付き添うと、「そろそろお開きにしよう」と歌仙が言った。
「明日の朝餉はなに?」
「最近はどこかの誰かさんは朝餉を食べていなかったからね、希望があれば受け付けるよ。」
「白いご飯とー、お豆腐と長葱のお味噌汁とー、焼き鮭とー、だし巻き玉子とー、」
「歌仙くんの得意ジャンルのオンパレードだね。」
「お願いね、歌仙。」
「はいはい。」
また明日、朝には短刀たちはラジオ体操で陸奥守にスタンプをもらい、暫くしたら焼き鮭のいい匂いがして起きるんだ。
───────平和な我が本丸は、平和な日本の朝を迎える。
20180814