猫は極彩色の夢を見るか
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名前を覚えていたのは、ボクが元The Dirty Dawgのメンバーで現Fling Posseのリーダーだから。有名人だから。それでも構わなかった。彼女がどんな形でもボクを覚えていた、柄じゃないのはわかっているが嬉しかったのは本当だ。
「『ボク』、だって。」
自嘲気味に笑った声が誰もいない事務所に響く。本当の自分なんて誰にも見せないくせに、たまにこうやって自分を嗤う。
彼女と初めて出会ったのは数年前。それこそTDDに加入する前後の古い話だ。薄汚れたデザイン事務所に彼女はいた。くっさいオヤジ共の中で、彼女は輝いていた。近づけば甘いいい匂いがする。彼女のデザインは彼女の理想があった。それを貶すオヤジ共を腹の中で貶し、いつか潰すと誓った。それから、いつか迎えに来ると誓った。次にその事務所を訪れた時には、彼女の席には冴えない野郎がいた。
『あれ?ロリータのオネーサンは?』
『うちには合わなくてね。』
合わないのはどっちだ。この事務所はグラマラスなロリータのオネーサンたちに向けたランジェリーの事務所じゃなかったか?お前らみたいなくっさいオヤジ共の方が場違いだろ。そんな思いと同時に湧き上がるのは、「間に合わなかった」。自分の事務所に引き抜いて、彼女を傍に置いておくつもりでいた。
『・・・要らない。』
誰も俺の言葉など拾わない。そんな中で彼女はどんな思いをしてきたのだろう。女が上に立つこの時代で、この事務所内で立場の弱かった彼女はきっとこの汚いオヤジ共から八つ当たりを受けていたに違いない。「こんな汚い事務所なんて要らない」、ただそれだけを胸に手を回して潰した。直接潰すには彼女への想いが穢れる気がしてできなかった。
事務所が撤退する間際、彼女のデザイン画を根こそぎ奪った。これは彼女の理想で、夢だ。他の誰かがそれを利用するなんて許せなかったから。ファイルには『卯ノ花雪華』と書かれていて、彼女の名前を知った。
『雪華オネーサンっていうんだね。』
そのファイルを大事にバッグに詰め込んで、事務所を後にした。借金もあったらしい。潰すのは簡単だった。
自分のデザインに行き詰まると彼女のファイルを開いた。そうだ、彼女のデザインを世に出そう。シリーズ名も思いついた。彼女のイニシャルを取って、『S』というシリーズだ。ありきたりなデザインではあったが、殆ど彼女のデザインそのままで少しだけ手直ししただけでそれは完成した。発表した時からそれは話題となり、今では『S』シリーズはうちの定番になった。いつか彼女がそれに気づくことはあるだろうか?デザインを返してほしいと言ってくるだろうか?その時はギャラを支払い、次こそは自分の手の届くところに置いておこう。
それは突然やってきた。
彼女のデザイン画も底をつきそうになった時、昔馴染みの一郎から連絡が来て彼の弟くんを歯科まで迎えに行った。その時、艶やかな黒髪とあのフォルムを見た。思い出の中の彼女と違うのは、ロリータから白衣になっていたことくらいだ。すぐさま声をかけて、弟くんには悪いがその足で事務所の金庫へ向かった。通称『S』金庫だ。『S』絡みの金はその金庫に入っている。その中から一束取ってまた鍵をかけた。
今日、それを彼女のエプロンのポケットに入れて、事務所に戻り「今日はオールだな」なんて零しながらドリンク剤に手を伸ばすとスマホが震えた。見たことのない番号だが、多分そうだ。
「・・・雪華オネーサン。」
やっと彼女に会えた。やっと、ほんの一部だが彼女にギャラを支払えた。また描いてほしいと言うと、彼女は渋る。才能がないと言っていたが、それを活かす場所がなかっただけだ。あんな薄汚れた事務所でオヤジ共の中で輝いていた彼女を、俺は忘れていない。
「納期は気にしなくてもいいよ!」
それだけ伝えて電話を切り、その番号を登録した。オネーサンたちの番号はそれなりにしっかり登録しているが、彼女は別だ。フルネームで登録した。『オネーサン』なんてつけない。他の女たちとは違うのだ。大事にしたい人だから。
一郎に依頼すればすぐに見つかっただろうに、自分から彼女を探すことはしなかった。大事だから、彼女が自分から来ることを願っていた。結果として、一郎の手を借りたような形になってしまったが。それを思い出して一郎に電話をかける。ちょっとしたお礼に、弟くんたちも呼んで焼肉にでも行こう。この辺で一番いい肉を出す店だ。それくらいの借りだと思っている。
「あ、一郎?あのさー、明日なんだけど、」
明日は彼女は休みかな、そんなことを思いつつ、焼肉の話を進める。
20190323
「『ボク』、だって。」
自嘲気味に笑った声が誰もいない事務所に響く。本当の自分なんて誰にも見せないくせに、たまにこうやって自分を嗤う。
彼女と初めて出会ったのは数年前。それこそTDDに加入する前後の古い話だ。薄汚れたデザイン事務所に彼女はいた。くっさいオヤジ共の中で、彼女は輝いていた。近づけば甘いいい匂いがする。彼女のデザインは彼女の理想があった。それを貶すオヤジ共を腹の中で貶し、いつか潰すと誓った。それから、いつか迎えに来ると誓った。次にその事務所を訪れた時には、彼女の席には冴えない野郎がいた。
『あれ?ロリータのオネーサンは?』
『うちには合わなくてね。』
合わないのはどっちだ。この事務所はグラマラスなロリータのオネーサンたちに向けたランジェリーの事務所じゃなかったか?お前らみたいなくっさいオヤジ共の方が場違いだろ。そんな思いと同時に湧き上がるのは、「間に合わなかった」。自分の事務所に引き抜いて、彼女を傍に置いておくつもりでいた。
『・・・要らない。』
誰も俺の言葉など拾わない。そんな中で彼女はどんな思いをしてきたのだろう。女が上に立つこの時代で、この事務所内で立場の弱かった彼女はきっとこの汚いオヤジ共から八つ当たりを受けていたに違いない。「こんな汚い事務所なんて要らない」、ただそれだけを胸に手を回して潰した。直接潰すには彼女への想いが穢れる気がしてできなかった。
事務所が撤退する間際、彼女のデザイン画を根こそぎ奪った。これは彼女の理想で、夢だ。他の誰かがそれを利用するなんて許せなかったから。ファイルには『卯ノ花雪華』と書かれていて、彼女の名前を知った。
『雪華オネーサンっていうんだね。』
そのファイルを大事にバッグに詰め込んで、事務所を後にした。借金もあったらしい。潰すのは簡単だった。
自分のデザインに行き詰まると彼女のファイルを開いた。そうだ、彼女のデザインを世に出そう。シリーズ名も思いついた。彼女のイニシャルを取って、『S』というシリーズだ。ありきたりなデザインではあったが、殆ど彼女のデザインそのままで少しだけ手直ししただけでそれは完成した。発表した時からそれは話題となり、今では『S』シリーズはうちの定番になった。いつか彼女がそれに気づくことはあるだろうか?デザインを返してほしいと言ってくるだろうか?その時はギャラを支払い、次こそは自分の手の届くところに置いておこう。
それは突然やってきた。
彼女のデザイン画も底をつきそうになった時、昔馴染みの一郎から連絡が来て彼の弟くんを歯科まで迎えに行った。その時、艶やかな黒髪とあのフォルムを見た。思い出の中の彼女と違うのは、ロリータから白衣になっていたことくらいだ。すぐさま声をかけて、弟くんには悪いがその足で事務所の金庫へ向かった。通称『S』金庫だ。『S』絡みの金はその金庫に入っている。その中から一束取ってまた鍵をかけた。
今日、それを彼女のエプロンのポケットに入れて、事務所に戻り「今日はオールだな」なんて零しながらドリンク剤に手を伸ばすとスマホが震えた。見たことのない番号だが、多分そうだ。
「・・・雪華オネーサン。」
やっと彼女に会えた。やっと、ほんの一部だが彼女にギャラを支払えた。また描いてほしいと言うと、彼女は渋る。才能がないと言っていたが、それを活かす場所がなかっただけだ。あんな薄汚れた事務所でオヤジ共の中で輝いていた彼女を、俺は忘れていない。
「納期は気にしなくてもいいよ!」
それだけ伝えて電話を切り、その番号を登録した。オネーサンたちの番号はそれなりにしっかり登録しているが、彼女は別だ。フルネームで登録した。『オネーサン』なんてつけない。他の女たちとは違うのだ。大事にしたい人だから。
一郎に依頼すればすぐに見つかっただろうに、自分から彼女を探すことはしなかった。大事だから、彼女が自分から来ることを願っていた。結果として、一郎の手を借りたような形になってしまったが。それを思い出して一郎に電話をかける。ちょっとしたお礼に、弟くんたちも呼んで焼肉にでも行こう。この辺で一番いい肉を出す店だ。それくらいの借りだと思っている。
「あ、一郎?あのさー、明日なんだけど、」
明日は彼女は休みかな、そんなことを思いつつ、焼肉の話を進める。
20190323
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