猫は極彩色の夢を見るか
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「白衣姿も似合うね、ロリータのオネーサン。」
現像液の交換のため、勤めている歯科医院の外に出た時に声をかけられた。私がロリータだった過去を知っている者は今は少ないので、不審に思って振り向くとポップな髪色をした背の低い少年・・・のような見た目をした成人男性がいた。
「飴村、乱数・・・。」
「覚えてくれてたんだ?うれしーな!」
数年前、私はデザイナーの卵だった。主にグラマーサイズの『ロリータ』と呼ばれる乙女な女性向けのランジェリーをデザインしていたが芽が出ず、当時の事務所の面々からは散々な言われようをした。女性向けランジェリーのデザインだというのに男性が多かったので、私が自分が着たいと思ってデザインしたものは男性にはウケなかったのだ。
『えー、デザイン自体は少しありきたりだけど、色はいいよー?』
少々甲高い声。この事務所の人間ではない。
その人物は捨てられた私のデザイン画を拾い上げると、バッと開いて遠くから近くからまじまじと眺めていた。
『あの、』
『あぁ、飴村くん。そんなゴミは捨ててしまってくれ。売れなきゃ意味無い。』
『・・・買うのはオネーサンたちなのに、なんでオジサンがオネーサンたちの趣味わかるの?』
本当にその通りだと思った。私はランジェリーのデザインばかりしていたので洋服のデザイナーには疎く、名前は知っていたものの姿までは見たことがなかったので、この人物があの『飴村乱数』だということを知ったのはのちのこととなる。彼は一躍時の人となったからだ。
「あのね、ここに知り合いが通ってるみたいでお迎え?」
「そうですか。」
歯科助手とはいえ医療従事者だ。守秘義務があるので知っていても患者の名前は出せないが、今日の予約を思い出し該当しそうなのは一人だった。イケブクロの子だ。
「デザインの方は辞めちゃったの?」
「才能ないので。」
「あんなオジサンたちの言いなりになっちゃったんだ?」
「自分の意思です。」
一応勤務中なので会話は最小限にしたいのだが、この男は気にせず話しかけてくる。まぁ、緩い職場なのでこうして手を動かしながら話してる分には小言も言われない。あの事務所の地獄のような八つ当たりと比べたら天と地ほどの差だ。
「オネーサンのデザイン、ボク好きだったよ。」
泣きそうになるのをグッと抑え、ギリギリの声で「ありがとうございます」と口にしたが届いただろうか。私がデザインしたものは表に出ることはなく、消えていってしまったものだ。それを覚えていてくれたのが心底嬉しかった。
「オネーサンはずっとここにいるの?」
「?」
「んー、渡したいものがあって。」
ドアが開き、「飴村乱数!」という声と共に背の高い青年が出てきた。やはり彼だったか。彼の名は『山田二郎』という。数年前からこの歯科医院を利用している、兄弟思いのいい子だ。お兄さんである『山田一郎』くんを敬愛しているようで、よく自慢しては院長に笑われ、弟くんである『山田三郎』くんの愚痴を零しては院長の奥さんに笑われている。不良のようだが真っ直ぐな子だ。私には所謂推しディビジョンのようなものはないが、この二郎くんのことは応援している。
「ほらほら~迎えに来たよ~!」
「なんっでだよ!」
「一郎に頼まれたからだよん!」
「兄ちゃんが?」
「ほら、行くよ。」
「待てよ!・・・あ、お世話になりました!」
「はい、気をつけてね。お大事にどうぞ。」
ほら、こうしてちゃんと挨拶ができる。挨拶のできる子は大抵いい子なのだ。
現像液の交換も済み中へ戻ると、奥さんが「お疲れさま」と言って冷たいお茶をくれた。最低限の会話しかしていないが、今日は天気がよく喉が乾いてしまった。
(飴村乱数、なんの用だろう?)
お茶で喉を潤しながらそんなことを思う。今更デザインについてなにか語ることもないし。
次の日、夕方に外の掃除をしていると、「また来ちゃった」と甲高い声がした。昨日聞いた声だからまだ覚えている。飴村乱数だ。
「なんですか?仕事中です。」
「渡したいものがあるって言ったでしょ?ボクね、今は自分の事務所持ってて色々出してるんだ。」
「知ってますよ。先日も可愛い新作を発表してたでしょう?」
「うれしーなぁ!見てくれたんだ?」
デザイナーの道は諦めたが、デザインを見ることは今でも好きなのでファッション系のニュースはよく目にしている。つい先日、このシブヤディビジョンの飴村乱数が新作の夏物を発表したニュースを見たばかりだ。
「オネーサンのそのエプロンにはポケットはついてるの?」
突然そんなことを言い出す。突拍子もないことを言う人物であることも有名な人だった。
「ありますよ。色々入れなきゃいけないものもありますし。」
私は手を休めることなく、モップで低い階段を拭きながら言う。するとスっとポケットに手を伸ばされ、何かを入れられた。
「なんですか?」
「あとで一人で見てね!」
「は?」
「じゃあまたね!」
ポケットの中身は結構ずっしりと重い。一度事務室に寄って置いてから戻ろう。ポケットが空いていないと困ることもある。
「お先に失礼します。」
「あぁ、気をつけてね。」
「また休み明け、よろしくね。」
「はーい。」
春になり、十九時近いが外はまだいくらか明るい。冬は真っ暗でよく奥さんが送ってくれていたが、今日はまだ患者がいて抜けられそうにないからと一人で帰る。うちの歯科医院は歯科だけにホワイトなのだろう。たまに残業もあるが残業代はしっかり出るし、基本は定時だ。家から職場まで徒歩四十分は少々きついが、雰囲気がよくて辞めることを考えたことはない。
家に着き、夕飯を食べてお風呂に入っている時に今日のことを思い出した。あの時ポケットに入れられたものは少し厚みのある封筒だった。お風呂から出てバッグを漁り、封筒の中身を確認すると、中から札束が出てきた。
「は!?」
こんな札束に身に覚えはない。他には、裏に「連絡ちょーだいね、オネーサン」と書かれた飴村乱数の名刺が入っていた。時間もそんなに遅くないし、と、テーブルの上に置いた携帯電話を引き寄せ、そこに書かれた番号に電話すると、「はいはーい?」とあの甲高い声が電話に出た。
「あの、」
『あっ、ロリータのオネーサン?』
今はロリータではないが、彼の私の認識はそれなので素直に返事をすると、「見てくれたんだね」と嬉しそうに言う。
「あれ、なんですか?」
『あれ?』
「あの札束・・・私、身に覚えがありません。」
『あぁ、あれ?あれはあの時捨てられたデザイン料だよ!』
「は?」
『オネーサンが辞めてからあの事務所潰れたのは知ってるよね?そこからオネーサンのデザイン画を根こそぎ引っ張って、ボクが少しだけ手直しして出したら評判よくてね。直したのはほんとに少しだけだよ?色はオネーサンがつけたまま。だから殆どオネーサンのデザイン。』
「なんで、」
『オネーサンのデザインはね、やっぱりロリータのオネーサンたちにウケがいいよ!あんなオジサンたちにはわからないんだよ。だからさ、』
よくわからないまま通話は終わった。最後に「また描いてよ」と言われ、「納期は気にしなくてもいいよ」とまで言われてしまった。あの今をときめく飴村乱数に認められた、なんて、あの頃の私は信じるだろうか。あの捨てられ埋もれたデザイン画が、こんな札束になるなんて、理由を聞かされた今でも信じられない。
捨てた夢だと言いながらも未練がましく持っていた当時の仕事道具たちが、早く使ってくれと部屋の隅っこで私を待っていた。
20190321
現像液の交換のため、勤めている歯科医院の外に出た時に声をかけられた。私がロリータだった過去を知っている者は今は少ないので、不審に思って振り向くとポップな髪色をした背の低い少年・・・のような見た目をした成人男性がいた。
「飴村、乱数・・・。」
「覚えてくれてたんだ?うれしーな!」
数年前、私はデザイナーの卵だった。主にグラマーサイズの『ロリータ』と呼ばれる乙女な女性向けのランジェリーをデザインしていたが芽が出ず、当時の事務所の面々からは散々な言われようをした。女性向けランジェリーのデザインだというのに男性が多かったので、私が自分が着たいと思ってデザインしたものは男性にはウケなかったのだ。
『えー、デザイン自体は少しありきたりだけど、色はいいよー?』
少々甲高い声。この事務所の人間ではない。
その人物は捨てられた私のデザイン画を拾い上げると、バッと開いて遠くから近くからまじまじと眺めていた。
『あの、』
『あぁ、飴村くん。そんなゴミは捨ててしまってくれ。売れなきゃ意味無い。』
『・・・買うのはオネーサンたちなのに、なんでオジサンがオネーサンたちの趣味わかるの?』
本当にその通りだと思った。私はランジェリーのデザインばかりしていたので洋服のデザイナーには疎く、名前は知っていたものの姿までは見たことがなかったので、この人物があの『飴村乱数』だということを知ったのはのちのこととなる。彼は一躍時の人となったからだ。
「あのね、ここに知り合いが通ってるみたいでお迎え?」
「そうですか。」
歯科助手とはいえ医療従事者だ。守秘義務があるので知っていても患者の名前は出せないが、今日の予約を思い出し該当しそうなのは一人だった。イケブクロの子だ。
「デザインの方は辞めちゃったの?」
「才能ないので。」
「あんなオジサンたちの言いなりになっちゃったんだ?」
「自分の意思です。」
一応勤務中なので会話は最小限にしたいのだが、この男は気にせず話しかけてくる。まぁ、緩い職場なのでこうして手を動かしながら話してる分には小言も言われない。あの事務所の地獄のような八つ当たりと比べたら天と地ほどの差だ。
「オネーサンのデザイン、ボク好きだったよ。」
泣きそうになるのをグッと抑え、ギリギリの声で「ありがとうございます」と口にしたが届いただろうか。私がデザインしたものは表に出ることはなく、消えていってしまったものだ。それを覚えていてくれたのが心底嬉しかった。
「オネーサンはずっとここにいるの?」
「?」
「んー、渡したいものがあって。」
ドアが開き、「飴村乱数!」という声と共に背の高い青年が出てきた。やはり彼だったか。彼の名は『山田二郎』という。数年前からこの歯科医院を利用している、兄弟思いのいい子だ。お兄さんである『山田一郎』くんを敬愛しているようで、よく自慢しては院長に笑われ、弟くんである『山田三郎』くんの愚痴を零しては院長の奥さんに笑われている。不良のようだが真っ直ぐな子だ。私には所謂推しディビジョンのようなものはないが、この二郎くんのことは応援している。
「ほらほら~迎えに来たよ~!」
「なんっでだよ!」
「一郎に頼まれたからだよん!」
「兄ちゃんが?」
「ほら、行くよ。」
「待てよ!・・・あ、お世話になりました!」
「はい、気をつけてね。お大事にどうぞ。」
ほら、こうしてちゃんと挨拶ができる。挨拶のできる子は大抵いい子なのだ。
現像液の交換も済み中へ戻ると、奥さんが「お疲れさま」と言って冷たいお茶をくれた。最低限の会話しかしていないが、今日は天気がよく喉が乾いてしまった。
(飴村乱数、なんの用だろう?)
お茶で喉を潤しながらそんなことを思う。今更デザインについてなにか語ることもないし。
次の日、夕方に外の掃除をしていると、「また来ちゃった」と甲高い声がした。昨日聞いた声だからまだ覚えている。飴村乱数だ。
「なんですか?仕事中です。」
「渡したいものがあるって言ったでしょ?ボクね、今は自分の事務所持ってて色々出してるんだ。」
「知ってますよ。先日も可愛い新作を発表してたでしょう?」
「うれしーなぁ!見てくれたんだ?」
デザイナーの道は諦めたが、デザインを見ることは今でも好きなのでファッション系のニュースはよく目にしている。つい先日、このシブヤディビジョンの飴村乱数が新作の夏物を発表したニュースを見たばかりだ。
「オネーサンのそのエプロンにはポケットはついてるの?」
突然そんなことを言い出す。突拍子もないことを言う人物であることも有名な人だった。
「ありますよ。色々入れなきゃいけないものもありますし。」
私は手を休めることなく、モップで低い階段を拭きながら言う。するとスっとポケットに手を伸ばされ、何かを入れられた。
「なんですか?」
「あとで一人で見てね!」
「は?」
「じゃあまたね!」
ポケットの中身は結構ずっしりと重い。一度事務室に寄って置いてから戻ろう。ポケットが空いていないと困ることもある。
「お先に失礼します。」
「あぁ、気をつけてね。」
「また休み明け、よろしくね。」
「はーい。」
春になり、十九時近いが外はまだいくらか明るい。冬は真っ暗でよく奥さんが送ってくれていたが、今日はまだ患者がいて抜けられそうにないからと一人で帰る。うちの歯科医院は歯科だけにホワイトなのだろう。たまに残業もあるが残業代はしっかり出るし、基本は定時だ。家から職場まで徒歩四十分は少々きついが、雰囲気がよくて辞めることを考えたことはない。
家に着き、夕飯を食べてお風呂に入っている時に今日のことを思い出した。あの時ポケットに入れられたものは少し厚みのある封筒だった。お風呂から出てバッグを漁り、封筒の中身を確認すると、中から札束が出てきた。
「は!?」
こんな札束に身に覚えはない。他には、裏に「連絡ちょーだいね、オネーサン」と書かれた飴村乱数の名刺が入っていた。時間もそんなに遅くないし、と、テーブルの上に置いた携帯電話を引き寄せ、そこに書かれた番号に電話すると、「はいはーい?」とあの甲高い声が電話に出た。
「あの、」
『あっ、ロリータのオネーサン?』
今はロリータではないが、彼の私の認識はそれなので素直に返事をすると、「見てくれたんだね」と嬉しそうに言う。
「あれ、なんですか?」
『あれ?』
「あの札束・・・私、身に覚えがありません。」
『あぁ、あれ?あれはあの時捨てられたデザイン料だよ!』
「は?」
『オネーサンが辞めてからあの事務所潰れたのは知ってるよね?そこからオネーサンのデザイン画を根こそぎ引っ張って、ボクが少しだけ手直しして出したら評判よくてね。直したのはほんとに少しだけだよ?色はオネーサンがつけたまま。だから殆どオネーサンのデザイン。』
「なんで、」
『オネーサンのデザインはね、やっぱりロリータのオネーサンたちにウケがいいよ!あんなオジサンたちにはわからないんだよ。だからさ、』
よくわからないまま通話は終わった。最後に「また描いてよ」と言われ、「納期は気にしなくてもいいよ」とまで言われてしまった。あの今をときめく飴村乱数に認められた、なんて、あの頃の私は信じるだろうか。あの捨てられ埋もれたデザイン画が、こんな札束になるなんて、理由を聞かされた今でも信じられない。
捨てた夢だと言いながらも未練がましく持っていた当時の仕事道具たちが、早く使ってくれと部屋の隅っこで私を待っていた。
20190321
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