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記憶の中のその人は、いつだって優しかった。柔く温かい手で俺の手を握って、「大丈夫だよ」と優しく声をかけてくれたから、少し痛くて怖い治療も泣かずに我慢できた。
『白布の初恋っていつ?』
『・・・忘れた。』
訊かれればそう答えるが、多分あれが初恋。小学生になったばかりの俺が好きになった人。
白い肌に黒い髪、普段はマスクで覆われていたけれど、治療が終わってマスクを外すと赤く色づいた唇。多分口紅の色ではないし、化粧もしていなかったようにも思える。とりわけ美人というわけではなかった。寧ろ、難アリとも言えた。しかし幼いながらに白雪姫のようだと思った。
虫歯の治療と矯正のために通っていたが、彼女と会う機会はだんだんと減り、いつの間にか彼女は歯科を辞めていた。
「演芸鑑賞会だって。」
「おう。」
「MANKAIカンパニーってとこらしいですよ!」
「お前は喧しいな。」
年に何度か演芸鑑賞会という行事がある。劇団を招いて演劇を鑑賞したり、オーケストラを招くこともあるが、今回は最近人気のある劇団を招いたらしい。皇天馬という人気俳優も所属しているらしいが、今回うちに来てくれたのはMANKAIカンパニーの中でも大人っぽいシリアスな演目が人気の冬組で件の皇天馬はいなく、女子はガッカリしていた。
俺は高校に入っても女子に興味を持つことなく、部活に没頭していた。
「演じる役者は皆、男なんだな。」
「なんですか瀬見さん。女優目当てだったんですか。」
「そういうわけじゃねーよ。」
「ほら!」と見せられたチラシには、綺麗で独特な雰囲気のある人物がいた。
(あぁ、パッと見、女にも見えなくもないか。)
「綺麗な人ですね」とチラシを返すと、「儚げな印象あるよな」と返ってきた。この儚げな印象のある役者がどんな演技をするかは知らないが、大人っぽいシリアスな演目が多いという前評判には少し納得した。
演芸鑑賞会はあまり興味がない。そういったものとは無縁の体育会系の中にいるからか、芸術などはわからない。内容が面白いかどうか。それくらいの判断しかできないため、折角来てくれた役者に失礼なのではないかとすら思える。
「『天使を憐れむ歌。』だってよ。」
「は?」
「今日の演目。」
「そうですか。」
演芸鑑賞会では席は決まっていない。大抵部活のチームメイトたちと固まっていることが多いが、今日はバラけてしまい先輩の瀬見さんが隣にいるだけだ。(先刻まで太一や五色もいたのに。)
「旗揚げ公演の再演らしい。」
「よく知ってますね。」
「クラスの女子が好きでさ、すげー喜んでた。」
なにが楽しいのかニコニコと話す瀬見さんを無視して、携帯の電源を切った。演芸鑑賞会のマナーだ。
「あ、俺も切らなきゃ。」
「早くしないと始まりますよ。」
「わーってるって。」
いそいそとポケットから携帯を出し、サッとしまうのを横目にまだ誰もいない壇上を見上げた。
白鳥沢の演芸鑑賞会は広いホールで行う。それなりに設備も整っているので、部活でホールを使う機会の多い演劇部もいつも気合が入っている。
二年の学年主任が注意事項を読み上げ、ホールに生徒たちの返事が響くが、この声は五色か。隣でククッと押し殺した笑い声が聞こえた。
「失礼ですよ。」
「だって工だろ、あれ。」
やはり五色だった。
ブーッというブザーの音と共に幕が上がり、羽根が舞い落ちる。その演出に目を奪われた。
(演劇もいいもんだな。)
今までの劇団が悪いわけでなく、このMANKAIカンパニーという劇団の、冬組という組が俺に合っていたのだろう。幕が降りる頃には自然と拍手を送っていた。
「よかったな。」
「そうですね。」
感想はそれだけ。感動すると語彙力というものは消えるらしい。
終わると、冬組のリーダーを名乗る人物がそれぞれ役者の紹介をしていく。瀬見さんのお気に入りは雪白東というらしい。綺麗な名前だと思った。最後の一人はどうやら変わり者だ。有栖川誉と、リーダーが紹介する前に名乗り、よくわからない詩を詠んで他のメンバーに止められていた。隣の瀬見さんは笑っているが、反対隣の女子は「有栖川先生だ!」とはしゃいでいたので、その界隈では有名なのかもしれない。
「ありがとうございました!!!!!!」
丁寧に挨拶をする姿も好感が持てた。挨拶の際に地方公演を増やしていきたいと言っていたので、今回の演目を観て気に入ったらしい瀬見さんを誘ってもいいかもしれない。
演芸鑑賞会が終わって携帯の電源を入れ公式サイトを見ると、とても凝っている。劇団員のブログもあり、どの劇団員も個性的だ。
「なぁ、ちょっと準備室の前通らないか?」
準備室は控え室として使われている。人気のある劇団などが来ると少しでも交流しようと人が集まるので、すぐに規制されてしまうから普段は近づかない。
「そんなに雪白東が気に入ったんですか?」
「そうじゃねーって。」
瀬見さんの好みのタイプはああいう人なのか。
(俺とは真逆だな。)
ん?なんでそこで俺が出る。違和感を覚えつつも瀬見さんの後を追うと、既に列ができていた。
「すごい人気だな。」
「並ぶんですか?」
「もう列の一部だわ。」
「・・・ですね。」
サインは後でじゃんけん大会が行われるので個別にはもらえないが、運がよければ、というか、役者の機嫌がよければ握手くらいの交流はできる。
「押さないでくださいね、狭いから一列でね。」
スタッフらしき女性が準備室の前で列を整えているのが見えた。身長は一五〇そこそこか、小さく見える。
「あの人大丈夫か?潰されないか?」
案の定、彼女が傾きかけた時、準備室の中から長い腕が伸びて彼女を支えた。あの白い服に赤い髪は、有栖川誉と名乗った男だった。
その頃には俺たちも会話が聞き取れるほど近くまで来ていたので、偶然二人の会話が聞こえた。
「大丈夫かね?キミがそんなことをする必要はないのだよ?」
「演芸鑑賞会が楽しかったのは私も一緒だから、お手伝いしたかったの。」
「キミも人がいいね。」
落ち着いた少し低めの声は耳心地がよく、ちらっと見えた白い肌に黒い髪、赤く色づいた唇を見て十年前にタイムスリップしたような気分になった。そういえば彼女の名前はなんだったか、確か院長から呼ばれていたはず。
「お疲れ様です、綴喜さん。」
『ツヅキさん、ちょっとこれお願い。』
(ツヅキ、サン?)
劇団員からそう呼ばれた彼女は、俺の記憶にある笑顔で応えていた。そして、その笑顔のままこちらを振り返ると、「お待たせしました」とあの頃と同じ台詞をそのまま俺に向けた。
「白布?」
「どうしました?」
『お待たせしました。』
『今日はどうされました?』
『そこが痛いの?』
「・・・痛い。」
「おい、」
(胸が、痛い。)
先刻の何気ないやり取りで悟ってしまった。あんたはもう皆のあんたじゃなくて、その有栖川誉のあんたなんでしょう?
「白布!?」
「えっと、しらぶ、くん?」
俺はずっと忘れなかったのに、白布なんて珍しい名字も忘れてしまったんでしょう?
ぼろぼろと涙が溢れて止まらなくて、十年経ってもなにもできない子どものままで、「どうしたのかね?」「そう泣くものじゃないよ」と言うその声に、悔しさと安心が混ざって自分の感情が振り切っているのがわかった。
「彼の下の名前は?」
「えと、賢二郎っす。」
「うん。・・・けんじろーくん?大丈夫?具合悪いかな?」
相変わらずあんたは俺に優しくて、摩っている手は相変わらず柔くて温かい。ねぇ、なんであんたそんなに変わらないの。いつ化粧なんて始めたの。なんで、ねぇ、なんで、
「なんで、辞めたの・・・。」
「?」
溢れる涙で見にくいが、真っ直ぐに彼女の目をとらえて伝えた。
「なんで、歯医者辞めたの。」
俺と彼女だけに通じる秘密だった。彼女にとってはカルテ上の数ある患者の一人だったかもしれないけれど、俺にとってはたった一人の歯医者さんのお姉さんだった。
「・・・ごめんね。」
背はとっくに抜いていたのだろう。もう俺はあんたを見下ろせる。なのに、今、あんたは俺の目線に合わせてくれている。しゃがみこんだ俺に合わせて自分もしゃがんで、初めて会った時のように俺の頭を撫でてくれている。
「覚えててくれて、ありがとう。」
あんたの声は、いつだって優しくて温かかった。
20190120
『白布の初恋っていつ?』
『・・・忘れた。』
訊かれればそう答えるが、多分あれが初恋。小学生になったばかりの俺が好きになった人。
白い肌に黒い髪、普段はマスクで覆われていたけれど、治療が終わってマスクを外すと赤く色づいた唇。多分口紅の色ではないし、化粧もしていなかったようにも思える。とりわけ美人というわけではなかった。寧ろ、難アリとも言えた。しかし幼いながらに白雪姫のようだと思った。
虫歯の治療と矯正のために通っていたが、彼女と会う機会はだんだんと減り、いつの間にか彼女は歯科を辞めていた。
「演芸鑑賞会だって。」
「おう。」
「MANKAIカンパニーってとこらしいですよ!」
「お前は喧しいな。」
年に何度か演芸鑑賞会という行事がある。劇団を招いて演劇を鑑賞したり、オーケストラを招くこともあるが、今回は最近人気のある劇団を招いたらしい。皇天馬という人気俳優も所属しているらしいが、今回うちに来てくれたのはMANKAIカンパニーの中でも大人っぽいシリアスな演目が人気の冬組で件の皇天馬はいなく、女子はガッカリしていた。
俺は高校に入っても女子に興味を持つことなく、部活に没頭していた。
「演じる役者は皆、男なんだな。」
「なんですか瀬見さん。女優目当てだったんですか。」
「そういうわけじゃねーよ。」
「ほら!」と見せられたチラシには、綺麗で独特な雰囲気のある人物がいた。
(あぁ、パッと見、女にも見えなくもないか。)
「綺麗な人ですね」とチラシを返すと、「儚げな印象あるよな」と返ってきた。この儚げな印象のある役者がどんな演技をするかは知らないが、大人っぽいシリアスな演目が多いという前評判には少し納得した。
演芸鑑賞会はあまり興味がない。そういったものとは無縁の体育会系の中にいるからか、芸術などはわからない。内容が面白いかどうか。それくらいの判断しかできないため、折角来てくれた役者に失礼なのではないかとすら思える。
「『天使を憐れむ歌。』だってよ。」
「は?」
「今日の演目。」
「そうですか。」
演芸鑑賞会では席は決まっていない。大抵部活のチームメイトたちと固まっていることが多いが、今日はバラけてしまい先輩の瀬見さんが隣にいるだけだ。(先刻まで太一や五色もいたのに。)
「旗揚げ公演の再演らしい。」
「よく知ってますね。」
「クラスの女子が好きでさ、すげー喜んでた。」
なにが楽しいのかニコニコと話す瀬見さんを無視して、携帯の電源を切った。演芸鑑賞会のマナーだ。
「あ、俺も切らなきゃ。」
「早くしないと始まりますよ。」
「わーってるって。」
いそいそとポケットから携帯を出し、サッとしまうのを横目にまだ誰もいない壇上を見上げた。
白鳥沢の演芸鑑賞会は広いホールで行う。それなりに設備も整っているので、部活でホールを使う機会の多い演劇部もいつも気合が入っている。
二年の学年主任が注意事項を読み上げ、ホールに生徒たちの返事が響くが、この声は五色か。隣でククッと押し殺した笑い声が聞こえた。
「失礼ですよ。」
「だって工だろ、あれ。」
やはり五色だった。
ブーッというブザーの音と共に幕が上がり、羽根が舞い落ちる。その演出に目を奪われた。
(演劇もいいもんだな。)
今までの劇団が悪いわけでなく、このMANKAIカンパニーという劇団の、冬組という組が俺に合っていたのだろう。幕が降りる頃には自然と拍手を送っていた。
「よかったな。」
「そうですね。」
感想はそれだけ。感動すると語彙力というものは消えるらしい。
終わると、冬組のリーダーを名乗る人物がそれぞれ役者の紹介をしていく。瀬見さんのお気に入りは雪白東というらしい。綺麗な名前だと思った。最後の一人はどうやら変わり者だ。有栖川誉と、リーダーが紹介する前に名乗り、よくわからない詩を詠んで他のメンバーに止められていた。隣の瀬見さんは笑っているが、反対隣の女子は「有栖川先生だ!」とはしゃいでいたので、その界隈では有名なのかもしれない。
「ありがとうございました!!!!!!」
丁寧に挨拶をする姿も好感が持てた。挨拶の際に地方公演を増やしていきたいと言っていたので、今回の演目を観て気に入ったらしい瀬見さんを誘ってもいいかもしれない。
演芸鑑賞会が終わって携帯の電源を入れ公式サイトを見ると、とても凝っている。劇団員のブログもあり、どの劇団員も個性的だ。
「なぁ、ちょっと準備室の前通らないか?」
準備室は控え室として使われている。人気のある劇団などが来ると少しでも交流しようと人が集まるので、すぐに規制されてしまうから普段は近づかない。
「そんなに雪白東が気に入ったんですか?」
「そうじゃねーって。」
瀬見さんの好みのタイプはああいう人なのか。
(俺とは真逆だな。)
ん?なんでそこで俺が出る。違和感を覚えつつも瀬見さんの後を追うと、既に列ができていた。
「すごい人気だな。」
「並ぶんですか?」
「もう列の一部だわ。」
「・・・ですね。」
サインは後でじゃんけん大会が行われるので個別にはもらえないが、運がよければ、というか、役者の機嫌がよければ握手くらいの交流はできる。
「押さないでくださいね、狭いから一列でね。」
スタッフらしき女性が準備室の前で列を整えているのが見えた。身長は一五〇そこそこか、小さく見える。
「あの人大丈夫か?潰されないか?」
案の定、彼女が傾きかけた時、準備室の中から長い腕が伸びて彼女を支えた。あの白い服に赤い髪は、有栖川誉と名乗った男だった。
その頃には俺たちも会話が聞き取れるほど近くまで来ていたので、偶然二人の会話が聞こえた。
「大丈夫かね?キミがそんなことをする必要はないのだよ?」
「演芸鑑賞会が楽しかったのは私も一緒だから、お手伝いしたかったの。」
「キミも人がいいね。」
落ち着いた少し低めの声は耳心地がよく、ちらっと見えた白い肌に黒い髪、赤く色づいた唇を見て十年前にタイムスリップしたような気分になった。そういえば彼女の名前はなんだったか、確か院長から呼ばれていたはず。
「お疲れ様です、綴喜さん。」
『ツヅキさん、ちょっとこれお願い。』
(ツヅキ、サン?)
劇団員からそう呼ばれた彼女は、俺の記憶にある笑顔で応えていた。そして、その笑顔のままこちらを振り返ると、「お待たせしました」とあの頃と同じ台詞をそのまま俺に向けた。
「白布?」
「どうしました?」
『お待たせしました。』
『今日はどうされました?』
『そこが痛いの?』
「・・・痛い。」
「おい、」
(胸が、痛い。)
先刻の何気ないやり取りで悟ってしまった。あんたはもう皆のあんたじゃなくて、その有栖川誉のあんたなんでしょう?
「白布!?」
「えっと、しらぶ、くん?」
俺はずっと忘れなかったのに、白布なんて珍しい名字も忘れてしまったんでしょう?
ぼろぼろと涙が溢れて止まらなくて、十年経ってもなにもできない子どものままで、「どうしたのかね?」「そう泣くものじゃないよ」と言うその声に、悔しさと安心が混ざって自分の感情が振り切っているのがわかった。
「彼の下の名前は?」
「えと、賢二郎っす。」
「うん。・・・けんじろーくん?大丈夫?具合悪いかな?」
相変わらずあんたは俺に優しくて、摩っている手は相変わらず柔くて温かい。ねぇ、なんであんたそんなに変わらないの。いつ化粧なんて始めたの。なんで、ねぇ、なんで、
「なんで、辞めたの・・・。」
「?」
溢れる涙で見にくいが、真っ直ぐに彼女の目をとらえて伝えた。
「なんで、歯医者辞めたの。」
俺と彼女だけに通じる秘密だった。彼女にとってはカルテ上の数ある患者の一人だったかもしれないけれど、俺にとってはたった一人の歯医者さんのお姉さんだった。
「・・・ごめんね。」
背はとっくに抜いていたのだろう。もう俺はあんたを見下ろせる。なのに、今、あんたは俺の目線に合わせてくれている。しゃがみこんだ俺に合わせて自分もしゃがんで、初めて会った時のように俺の頭を撫でてくれている。
「覚えててくれて、ありがとう。」
あんたの声は、いつだって優しくて温かかった。
20190120
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