「キミを選んだことを後悔したことがあると言ったら、キミはどうする？」


ベッドで横になる真っ白な顔をした彼女に、そんなことを告げてみる。いつかは言わなくてはならなかったことだが、今でなくてもよかっただろうとは思う。


「でもあなた、本気になったでしょう？」
「・・・そうだね。」


一度離れようと試みた。そうしたら彼女は、自分の心は瀬戸内海ほどの大きさだと私に言う。気づいていたのだろう、私が『愛情ごっこ』で彼女に声をかけたことに。いや、私は彼女に直接告げたのだ。自分の瞳の色が持つ意味のような感情を抱けるのかと。


「ざまあみろ。」


視線は絡まない。彼女は私の方を見ない。


「こんな女に本気になって・・・可哀想な誉。」
「・・・今、ワタシは幸せだよ。」
「だから可哀想だって言うの。」


いつだって私を真っ直ぐ見つめてくれるその瞳は、今はなにを映しているのだろうか。やはり今この状況で言うようなことではなかった。


「すまなかったね。」
「なにに対して謝ってるの？」
「こんな状況で告げることではなかった。」
「・・・そう。」


彼女はそう言って溜息を吐いて「よかった」と漏らす。


「別れたいのかと思った。」
「まさか！ワタシがキミから離れられないのは知っているだろう？」


これは依存だ。彼女がいなくては、私はただの人型と成り下がる自覚はある。今は床に伏せる彼女に愛の詩を囁くのが日課なのだ。


「馬鹿だなぁ。離れられるチャンスだったのに。」
「真似事が本物になってしまったのだ、今更そんなチャンスは願い下げだよ。」
「馬鹿だなぁ・・・。」


彼女の瞳が私を捉えた。濡れた瞳は、きっと泣かせてしまったのだろう。指でそれを拭ってやると「誉はちゃんと人間だよ」などと言う。彼女は案外記憶力がいい。


「私から離れようとした時、『ごっこ』が『本物』になったんだなって嬉しかったよ。」
「キミこそ馬鹿なことをしたね。もう離してやれない。」
「お互い様でしょ。」


撫でた頬は冷たいくせに、私の手に触れる指は温かい。


「離してあげたかったのに、ごめんね。」
「本当にお互い様だね。」


『大好きだから別れたかった』と言う彼女はもういないのだろう。それを過去に置いて、私を選んでくれた。私は彼女の恋愛観を変えたのだと彼女は言うが、そう言う彼女だって私を変えてくれた。真似事の『愛情ごっこ』はとうに終わっていて、今の私は真実の愛しか囁かない。それしか囁けない。
彼女は頭を撫でられるのが好きだ。今も頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を瞑る。


「誉の手が好き。」
「手だけかね？」
「さぁ？」
「聞かせておくれ。」
「・・・全部好き。」


恥ずかしそうに小さな声でそう言う彼女が愛おしくて、できるだけ丁寧に撫でる。壊したい気持ちと大事にしたい気持ちが織り交ざっているのだ。


「キミは本当に愛らしいね。」


濡れた目尻の涙を吸うようにキスをすると、彼女は擽ったそうに笑った。




20190511