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おさとうの箱庭


先に声を発することができたのはサクリだった。

「わあ……」

埃ひとつない真白な部屋。部屋に入って正面にはたくさんの正方形で区切られた大きな棚があり、そのひとつひとつにシュクルドールがいる。全ての正方形が埋まっている訳ではなく、そこにいるドールたちは全部で七人。華やかに鎮座するそれらは、大切に大切に保管される宝石のように見えた。
部屋の中央にはレースのテーブルクロスでおめかししたテーブルに、お揃いの椅子が二脚。テーブルの真上には繊細で美しいシャンデリアが吊るされ、部屋の左の棚には数え切れないほどの小瓶が並んでいる。中に入っているのは色とりどりのマシュマロや角砂糖。おそらくドールの食事用だろう。右の棚はクローゼットのようになっており、たくさんの服が飾られている。淡いパステルカラーで彩られた小瓶と服が、より一層この部屋の白さを際立たせていた。

「綺麗……何度も師匠のお手伝いをしてるけど、こんな部屋があったなんて、全然気付かなかった……!」
「それはそうさ。見つからないように、とても厳重に魔法をかけてあるからな」

師匠が最後に部屋に入ると、私たちが通ってきた扉のあった場所は消え失せ、出口のない部屋となった。動揺する私たちに、師匠は「入れるのは私が許した者だけだが、出るのは自由だ。この壁に手をかざせばまた開くから大丈夫だよ」とウィンクしてくれた。

「それでは、世話の仕方を説明しよう」

私たちを中央の椅子に座らせ、師匠は軽く咳払いをして話し始める。

「まずは質問だ。シュクルドールの主食はなんだったかな?」
「はい!」
「早いな。ええと……」
「サクリです!」
「ああ、すまないね、サクリ」
「ドールの主食はマシュマロです!一日に二回、朝と夜に一粒ずつ与えなければいけません!」
「その通り。よく勉強しているね」
「ありがとうございます!」

嬉しそうに頬を染めるサクリ。師匠はうんうんと頷き、今度はそのいちごミルク色の視界に私を捉えた。

「それじゃあ、見習いくん。ドールに与えることの出来るもうひとつの食べ物は、なんだったかな?」
「はい、角砂糖です。出荷する前にひとつだけ与えることができ、与えた角砂糖のフレーバーによってそのドールのフレーバーと髪の色が変化します」
「ふたりとも素晴らしい!完璧な答えだ」

ぱちぱちと拍手をしてくれる師匠。それにならってか、後ろのドールたちも小さな手で拍手をしてくれた。私はなんだか気恥ずかしくなってサクリの方を見ると、彼女も照れくさそうにレモンカード色の瞳を泳がせていた。

「ドールたちも喜んでいるね。君たちにやってもらいたいことのひとつは、その食事だ」

師匠は小瓶の並んだ棚に近寄り、そのうちひとつの瓶を手に取る。

「この棚の上段はマシュマロ、下段は角砂糖になっている。見た目でわかるとは思うが、間違えないように」
「はい!」
「わかりました」
「基本的に私のドールたちに好き嫌いはない。どのマシュマロをあげても喜ぶよ。できれば同じ味を連続して与えないようにしてくれると嬉しいかな」

そう言いながら、テーブルに小瓶をとん、と置く。

「朝の食事がまだなんだ。私がちゃんと見ているから、君たちでやってみてくれ」
「えっ」
「習うより慣れろ、という言葉があるからな。あー……三つ編みの君は上の四人に。見習いくんは、まずタイリーに」
「は、はい!」

私も頷き、胸ポケットのタイリーをそっとテーブルへ降ろす。そしてマシュマロを手に取る。一見普通のマシュマロだが、ほのかにチョコレートの香りがする。おそらく中にクリームが入っているのだろう。

『わあ、やっとごはんね!おなかぺこぺこだったの!』

花が咲いたような笑みを浮かべ、両手をこちらに伸ばすタイリー。私は手のひらにマシュマロを乗せ、そっと彼女の前に差し出した。

『ありがとう、いただきます!』

シュクルドールもマシュマロも、私たちが持つとただの砂糖菓子なのに、彼女たちがマシュマロを持つととても特別なお菓子のように見えるのは何故なんだろう。テーブルの上に座り、両手にマシュマロを抱えて齧りつく砂糖菓子は、共喰いをしているようにはとても見えなかった。美味しそう。思わず見蕩れていると、師匠にトントンと肩を叩かれる。

「見習いくん、まだ食事を待っているドールがいるだろう?」
「あ、す、すみません」

マシュマロを数粒手に取り、ドールのいる棚へと向かう。私がマシュマロを与えるのは下段の三人。左から、天使の羽が生えた子、褐色肌の子、頬に星屑が散りばめられた子。三人の前にマシュマロを差し出し、「どれが好き?」と聞いてみる。

『僕は水色のマシュマロが好きです』
『……しろいろの』
『わたし、このきいろいのがすき!』

三人それぞれ別のマシュマロを選び、美味しそうに食事を始めた。サクリも与え終わったようで、笑顔で咀嚼するドールを愛おしそうに見つめている。

「うん、ふたりとも仲良くなれそうだね。良かった良かった」
「はい!あたし、すごく幸せです!世界で一番美しい師匠のドールを、こんな近くで見ることが出来るなんて……」
「光栄だな。ありがとう」
「私も幸せです。皆とっても綺麗で、儚くて……すごく、」

美味しそう。

その一言は、ここで言ってはいけないような気がして、言葉を飲み込む。
しかし師匠は私が何を言おうとしたのか気付いたようで、くつくつと笑いながらまた私の肩を叩いた。

「それもとても嬉しいな。ただ、間違っても出荷前のドールたちを食べないでくれよ」
「た、食べませんよ!そんなに意地汚くないです!」
「どうかな?君は弟子くんたちの中でも一番の食いしん坊だと聞いているよ」
「師匠…!」
「ふは、大丈夫。ちゃんと信用しているから、君たちを世話係に選んだんだ」

師匠は私とサクリの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、タイリーを手に乗せ、私たちの方へ向き直る。

「改めて、よろしく頼むよ」

それは、その姿は、子を守る優しい母親のようで、兵を戦場へ送り出す王のようで。
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