おさとうの箱庭
六芒聖。この国でとてもとても強い、六人の魔女の総称。
一番星は、シュクルドールの生みの親〈メリ・アルーム〉。
二番星は、シュクルドールの唯一の医者〈メテウム・トルソル〉。
三番星は、〈ノア〉という少年。
四番星は、〈イルミルィム〉という少女。
五番星は、〈レープ・アルネブ〉という青年。
そして、六番星のことは、誰も何も知らない。
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タイリーをメテウム様に預けた翌日、私は朝からひとりで外出することになった。師匠に〈おつかい〉を頼まれたからだ。サクリと二人で行くものだと思っていたが、師匠に「三つ編みの君は残ってくれ。ドールの世話係がいなくなったら困るからな」と言われてしまった。サクリは少し不服そうな顔で頬を膨らませていたが、今朝顔を合わせると「ドールは私に任せて!お土産話期待してるからね!」と笑顔で見送ってくれた。
自室と地下研究室の往復ばかりでなかなか外に出ることがないので、見慣れないものばかりの街にうろうろと視線と足を彷徨わせながら、おつかいの内容を忘れないように何度も思い出す。
師匠に任されたおつかいは三つ。
一つ目、〈ノア〉という少年の元に行きシュクルドールの角砂糖を買ってくること。
二つ目、〈イルミルィム〉という少女に会って師匠が特注していたドールの服を受け取ってくること。
そして三つ目、タイリーを迎えに行くこと。
ノア様もイルミルィム様も、六芒聖の方らしい。師匠が名前を出すと、サクリが椅子から転げ落ちた。「二人ともまだ子どもなのに六芒聖に選ばれるくらい、とってもすごい魔女なの!イルミルイム様は私たちと同じ16歳、ノア様なんてまだ12歳なんだから!」と、サクリのテンションは最高潮。なので尚更、自分がおつかいに行けないと知った時の落胆ぶりが激しかった。可哀想になるくらい。
二人には師匠からアポイントメントを取っておいてくれるらしい。「あの二人は同じ場所に住んでいるから」と師匠が手渡してくれた手描きの地図を片手に、足を早める。「イルミルは……まあともかく、ノアには気を付けるように。あれは猫をかぶっている、ただのクソガキだからな」という師匠の言葉から、きっと二人とも一筋縄ではいかないような人物なのだろうということを私は察していた。
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浮遊バスに揺られ、終点まで。バス停から徒歩で数十分。海がいちばん綺麗に見える街のはずれに、その家はあった。「御用の方はこちらの紐を引っ張ってください」という看板の指示通り、看板の横に垂れ下がっている紐を引っ張る。ちりんちりん、とかわいらしい音がして間もなく、木製の扉がカタンと開いた。
そこにいたのは肩越しまであるダークチョコレート色の髪をハーフツインに結わえ、ソーダカラーのおしゃぶりをくわえた私と同じくらいの歳のように見える女の子。身に付けているハイネックワンピースは掌が見えないほど袖が長く、しかし太腿が殆ど見えるくらい丈が短く、至る所にファスナーがつけられている。おそらくこの人が、イルミルィム様。
「はじめまして。メリアルーム様の弟子です。イルミルイム様とノア様に用がありまして」
「(君がメリアルームちゃんが言ってた見習いちゃんだね!はじめまして、イルミルィムだよ!イルミルって呼んでね!よろしくね!)」
「はい、よろしくお願いします……あれ、え?」
この人は、イルミルィム様はおしゃぶりをしているのに、どうして今会話ができた?
「イルミルィムはテレパシーを使って、相手の脳に直接声を届けることが出来るんだよ」
私が戸惑っていると、イルミルィム様の後ろからひょこ、と現れた小さな影が教えてくれる。色素の薄いパイナップルカラーの髪を後ろでひとつに束ねた、こんがり焼けたクッキーと同じ色の瞳を持つ少年。シワひとつないシャツにサスペンダー、胸元にはよく磨かれた六芒星のループタイが光っていた。この方は、おそらく。
「ノア様、ですか?」
「そうだよ!よろしくね、見習いさん!メリアルームさんからお話聞いてるよ、どうぞ入って」
優しく笑ったノア様とイルミルィム様が奥へ案内してくれる。木材の素材を活かしてつくられた、あたたかみのある内装。一番奥の大窓からは太陽の力で光り輝く海がとてもよく見える。大窓から右側はブティックのようになっており、手のひらサイズの洋服がどれも一番美しく見えるようにディスプレイされている。左側には大きな棚がいくつも置かれ、中には色とりどりの角砂糖がずらりと並んでいた。ここはシュクルドール専用のお店、なのだろうか。
「右側の服はイルミルィムの、左側の角砂糖は僕の作品だよ!僕たちはシュクルドールをさらに美しくするお手伝いをしてるんだ!」
「そうなんですね。どれもすごく綺麗……」
「えへへ、ありがとう!頼まれてたもの、今取ってくるから……ええと、そこのソファに座って少しだけ待っていてくれる?」
「わかりました」
「ありがとう!」
ほわ、という効果音がつきそうなほど優しく微笑むノア様。タイリーの笑顔も純粋でかわいらしいが、ノア様の笑顔はそれに少年らしさを孕んだ快活さがあるように感じる。
「イルミルィムも取ってくるんだよ」
「(うん!)」
お二人がそれぞれディスプレイや棚の元へ行くのを見て、私も大窓の近くのソファに座り、外を眺める。上白糖のような砂浜。ラムネのような海。水平線。海に入ったことはないけれど、海の水は塩辛いとサクリから聞いたことがある。しょっぱいのは、苦手だ。
少しして、イルミルィム様がぱたぱたとこちらに小走りでやって来る。ソファから腰を上げようとすると「(いいよいいよ、座ってて!)」と言い、彼女はテーブルを挟んで反対にあるソファに座った。
「(イルミルが頼まれてたのはこれ!新しいお洋服〜〜!)」
「わあ……!」
真白のAラインワンピース。でも、それだけじゃない。袖や裾のフリルは1ミリの狂いもなく、同じ大きさになるように縫われている。胸元にはシフォン素材のリボンが、これも狂いなく左右対称に。そして、スカート部分。ただの魔法使いや機械には到底つくることの出来ないであろう、とても精巧で、丁寧で、美しい刺繍が施されている。綺麗という言葉では言い表せないくらい、そのワンピースは輝きを放っていた。
「すごいです、このワンピース……!とっても綺麗……綺麗なんて言葉じゃ、全然足りないくらい……」
「(わあ、すごく嬉しい!一生懸命つくってるから、褒めてもらえるととっても幸せ!ありがとう見習いちゃん!)」
イルミルィム様が私の手を握り、ぶんぶんと振る。布越しでもわかる、柔らかく細い、ただの少女の手。こんなに脆そうな手からこんなに繊細な洋服がつくられるなんて、正直信じられないくらいだ。
「イルミルィム、見習いさんを困らせちゃだめだよ?」
「(あ、そうだよね、ごめんね!)」
「いえ、大丈夫ですよ」
ノア様がいくつかの小瓶を抱えて、イルミルィム様の隣に座った。
「お二人は仲良しなんですね」
「なっ、誰が!こんなやつと仲良しなんかじゃないし、好きでもなんでもない!!」
「えっ」
「あっ」
しまった、という顔で口元を抑えるノア様。イルミルィム様は隣でくすくす笑っている。
「(ノアはイルミルのこと好きって言われるとすぐ素が出ちゃうね)」
「うう、うるさい!お前のことなんか好きじゃないんだからな!!」
「の、ノア様……?」
「…………はあ、もう隠しても仕方ないか」
大きなため息を吐いたあと、ノア様は私を見て、笑った。さっきまでの笑顔とは違う、小悪魔の微笑みだ。
「さっきまでのは〈営業用〉。ああいう話し方の方が何かと都合(・・)がいいんでね」
「都合……」
「そう。皆〈優しくてかわいい少年〉ってやつが大好きなんだよ。僕みたいに容姿の優れた少年には特に〈そう〉であってほしいらしい。だから仕方なく演じてやっているのさ」
足を組み、小瓶をガチャガチャとテーブルに並べながらノア様はまくしたてるように話す。
「大人はいつだって子どもを見下して安心してる。それがどんなに優秀な魔女だって例外じゃないんだ。……腹が立って仕方がないよ。まあ、メリアルームの見習いなんかにこんなこと言っても意味なんてないけど。あと僕はイルミルィムのことなんか別に好きじゃない、そこは絶対に勘違いするなよ、見習い!」
「は、はあ……」
ならばどうして好きじゃない相手と同じ場所に住んでいるんだろう、という質問は飲み込むことにした。確かに師匠の言う通り〈生意気なクソガキ〉だ。
話している間に小瓶を並べ終わったようで、ノア様はひとつ咳払いをした。
「見習いも、シュクルドールが角砂糖を食べることでフレーバーが変わるのは知っているよな?」
「はい」
「あのシステムを創ったのは僕だ」
「えっ」
「そして今回僕がメリアルームに頼まれたのは、新作の角砂糖の制作。出来たのが今目の前に並べている三つだ。左から説明しよう」
とん、と一番左の小瓶に手を置くノア様。小瓶の中にはまるで宇宙の一部を切り取ったような、神秘的な角砂糖が入っている。
「これは稀に海岸に落ちている宇宙の切れ端を集めて角砂糖にしたものだ。食べさせるとドールの髪が宇宙模様になる。名付けるなら〈宇宙の角砂糖〉とでも言うべきかな」
「(安直)」
「うるさいぞイルミルィム」
こほん、とまた咳払いをして「次」と真ん中の小瓶に手を置く。サイダーのような薄い水色の角砂糖。他の角砂糖よりもつやつやしている気がする。
「これは夏祭りの日に降る雨を使ってつくった角砂糖だ。ドールの髪が水のような質感になり、時々金魚などの魚が泳いでいるのが確認された。〈水中の角砂糖〉と名付けるといいだろう」
「夏祭りの雨……普通の雨と違うんですか?」
「全然違う!夏祭りの雨には魔法がかかるんだ、特に金魚すくいの屋台に降る雨には強い魔力が付加され、地面に落ちても吸収されずにビー玉のように転がる。高値で取引されるものだぞ」
覚えておけ、と睨みつけられ思わず背筋が伸びる。それに気を良くしたのかノア様はにやりと微笑み、「最後だ」と右の小瓶を指さした。中にあるのはなんの変哲もない、ただの白い角砂糖、のように見える。
「ただの角砂糖じゃないか、と思っただろう」
「(イルミルも思った!)」
「はは、お前たちは馬鹿だな。これは真冬の夜の雪を使ってつくった角砂糖だ。ドールの見た目に変化はないが、温度が一気に下がる。最近はドールを愛玩する頭のおかしい奴が増えたと聞いたから、日持ちすようにつくってみたんだ」
「なるほど……すごいですね」
「そうだろうそうだろう!」
もっと褒めてもいいんだぞ、と胸をはるノア様の頭を、イルミルィム様が「(すごいすごい)」と撫でる。ノア様はしゅばっ、と手を払い除けていたが、少し嬉しそうな顔をしていた。やはり仲は悪くないらしい。
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イルミルィム様のワンピースと、ノア様の角砂糖が入った紙袋を片手に、私はメテウム様の家へと急いだ。二人との会話が思った以上に弾み、気が付くと日が傾きかけていたのだ。
帰り際、ノア様が「まあ、どうしてもというなら、力を貸してやらなくもないよ」と電話番号を教えてくれて、あとからイルミルィム様が「(あれは、何かあったらいつでも言って、ってことだよ!イルミルも力になれることならあったらいつでも言ってほしいな、見習いちゃん!)」とテレパシーでこっそり伝えてくれた。素直じゃない、でも憎めない、クソガキだと思う。
メテウム様の家を尋ねると、彼女は玄関の前でタイリーを掌に乗せて待っていてくれた。
「メテウム様、遅くなってしまいすみません……」
「この位の時間になると思ってましたから、大丈夫ですよ」
「タイリーも、待たせてごめんね」
『ううん!メテウムのおうちのたんけん たのしいから、だいじょうぶだよ!』
タイリーはすっかり元気になり、メテウム様の手の上でにこにこと天使の微笑みを浮かべている。私は彼女を胸ポケットにしまい、改めてメテウム様にお礼をして、彼女の家をあとにした。
「タイリー、もう欠けたりしないでね?」
『メテウムにもいわれたー!これいじょうかけたら、もうなおせないよって』
「それもあるけど、私、もうタイリーが欠けるとこ見たくないよ」
『ふふ、みならいちゃんは やさしいね!』
「そうかな……」
『そうだよ!わたし、みならいちゃんのこと だいすき!』
「ありがとう……私も、タイリーが大好きだよ」
タイリーの出荷まで、残り一日。