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おさとうの箱庭


師匠から頼まれた世話係の仕事は三つ。
ひとつ、ドールに朝晩の食事を与えること。
ふたつ、ドールの話し相手、遊び相手になること。
みっつ、ドールに何かあったらすぐに報告すること。
私とサクリは忠実にそれを守り、世話係としての任務をこなしていた。

お世話をしているドールは、タイリーを入れて八人。私たちは最初に食事を与えた四人ずつに分担して担当することにした。私が担当しているのは、天使の羽が生えたアンジー、褐色肌のオリバー、頬に星屑が散りばめられたエルシー、そしてたれうさ耳のタイリー。サクリが担当しているのは、赤いリップが特徴的なナタリー、ハートのツインおだんごヘアのラムルム、金木犀の香りがするトルルー、そしてサクリと瓜二つの容姿をした……三つ編みにそばかすのエイミー。
人見知りの子も何人かいたが、八人ともとても人懐こくかわいらしく、慣れると私たちを笑顔で出迎えてくれるようになった。

出来るだけ長く魔力に触れられるようにと、私はタイリーと常に共に過ごすことが許可された。サクリはそれをすごく羨み、よく私の部屋へタイリーと話をしに来るようになって、私たちはタイリーからいろんな話を聞いた。

ドールには、〈正規体せいきたい〉と〈模倣体もほうたい〉の二種類があり、その違いは「こんぺいとう」であること。こんぺいとうは人間でいうと心臓と脳の働きをする、いわばドールの核と言えるもので、これの質でドールの性質に大きな差が出るそう。先輩たちが師匠から渡された材料で創っているドールは量産されたこんぺいとうで創られた〈模倣ドール〉で、師匠や他の六芒聖の方々が創る〈正規ドール〉は各々が手作りした〈世界にひとつだけのこんぺいとう〉で創られているので、同じドールはこの世にひとりもいないらしい。
さらに、六芒聖に弟子入りした中級の魔法使いが創る〈模倣ドール〉は比較的安価で(それでも庶民の私たちには手が出せないくらい高い!)、〈正規ドール〉は目玉が飛び出るくらいのお金がないと手に入れられないことや、今のところ〈正規ドール〉を創れるのは六芒聖の皆様だけであること。
そして、〈正規ドール〉は〈とあるお得意様〉の手にしか渡らないこと。などなど、タイリーは笑顔でたくさんのことを教えてくれた。

『もほうドールをかんぺきにつくれるようになったら こんぺいとうのつくりかたをおしえるって、せんせい いってたよ』

タイリーの言う〈先生〉とはドールを創った人……メリアルーム様のことらしい。ドールは皆、自分を創った人のことを先生と呼ぶのだそう。

「なるほど……」
「あたしたちがドール創りを許可してもらうには、次の試験に合格する必要があるのよね……」
『つぎのしけん?』
「そう、季節ごとにある昇格試験」

一ヶ月後にある、昇格試験。師匠直々に弟子の試験を行うとても重要なテスト。これに合格するとランクがひとつ昇格し、現在低級魔法使いの私とサクリは中級魔法使いになれるのだ。

『みならいちゃん、まりょくカスカスなのに よくここまでごうかくできたね』
「う……今までは、どうにかなんとかなってたんだ、確か……」
「ほんとギリギリ突破してた感じだったはず!」
「思い出したくないから言わないで……」
「あは、ごめんごめん……今回は今まで以上に気合い入れて、合格出来るように頑張ろ!あたしも練習付き合うからさ」
「さ、サクリ……」

サクリの朗らかな笑顔が眩しい。彼女の後ろから光が射しているように見えて、つい両手を合わせてしまう。

「ありがとう……私、頑張る」
『わたしもみとどけたいけど、そのころには しゅっかされてるなあ』
「あ、そっか……ドールは二週間で完成体になって出荷されるもんね」
『うん。だからみまもることはできないけれど、おうえんしてるね』
「タイリーも、ありがとう。絶対合格してみせるからね」
「その意気!ドール創れるようになったら、ふたりで一緒に創ろうよ!」
「わあ、やりたい…!」
『ふたりとも がんばれえ!』

タイリーがぴょんぴょんと飛び跳ね、私たちを応援してくれているのをぽかぽかした気持ちで眺めていると、彼女の身体がぐらりと傾き、着地に失敗した彼女は腕で自分の身体を支えようとして

ぱきん、という音が部屋に鳴り響いた。

『あ』
「え」
「ひぇ」
「た、たたタイリーちゃ、だっ大丈夫?!大丈夫じゃないよね?!!どどっど、どうしよう!!」
『さくりちゃん おちついて。だいじょうぶよ』
「でも、う、うで、腕が、腕が折れて、」

大慌てのサクリ、驚きすぎてフリーズする私、それを宥める片腕のない砂糖菓子。なんとも地獄絵図。

『ドールは いたみをかんじないの。だから だいじょうぶ』
「でも、欠けたドールは元に戻せないって、前に師匠が」
「うそ、もしかして弁償……?!そんな、どうしようあたしお金ないよ!!」
「私も全然ない……」
『だいじょうぶだから!とりあえず とれたうでといっしょに せんせいのとこにつれてって!せんせいのともだちにおいしゃさまがいるの!』
「お医者様?」

- - - - - - - - -▷◁.。

大急ぎで師匠の元にタイリーを連れて行き事情を説明すると、師匠は私たちを叱ったりはせず、その代わりにまたか、という顔をした。タイリーは今までも何度か〈欠けた〉ことがあるらしい。

「タイリー……何度も気を付けろと言ったはずだが?」
『えへへ…ごめんなさい、せんせい。たのしくなると ついからだがうごいちゃうの』
「はあ……欠けてしまったものは仕方ない。メテウムを呼ぶから、診てもらうまでは絶対に安静にしているんだよ」
『はあい』
「えっ、メテウム様って……六芒聖の?!」
「……ああ、巷では二番星にばんぼしとか呼ばれてるらしいな?私はよく知らないが」

メテウム様。サクリが前に教えてくれたことがある。
六芒聖の二番星と呼ばれ、知識で彼女の右に出るものはいない。彼女の創るドールは皆聡明で、冷静であるそう。そして、師匠やタイリーの口ぶりからするに、彼女が〈ドールのお医者様〉らしい。

「見習いくんと三つ編みの君は、タイリーがこれ以上欠けないように見ていてくれ。メテウムが来たら連れて行くから、見習いくんの部屋で待機しておくように」
「はい」
「わかりました…!」

真赤な扉から出て、鍵が閉まる音が響いた瞬間、はあっとため息がこぼれた。

「弁償とかじゃなくて良かった……」
『おおげさだなあ』
「大袈裟じゃないよ!師匠のドールはひとりだけでも国ひとつ買えるくらい価値があるんだよ?!あたしたちが一生死ぬ気で働いても払えないくらいなの!!」
『えー?よくわかんないや』

くすくすと私の掌で笑うタイリー。無垢な天使のような笑顔が、今は小悪魔の微笑みに見える。

「……とりあえずこれ以上欠けないように、私の部屋でゆっくりしよう?」
「そ、そうだね。タイリーちゃん、もう激しい動きしちゃだめだからね!」
『んふふ、わかった』

- - - - - - - - -▷◁.。

部屋に戻って数十分経った頃、トントントン、と扉がノックされた。おそらく師匠だろう。

「あ、はい!」

近くに座っていたサクリが扉を開ける。扉の前には師匠と、背の高い女性が立っていた。

「やあ、お待たせ。こいつがメテウムだよ」
「はじめまして。メテウム・トルソルと申します、以後お見知り置きを」

深々と頭を下げるメテウム様に、私たちも慌ててお辞儀をする。
ダークチョコレート色のタイトなワンピースに、同じ色のマントとベレー帽。胸元に結ばれたブルーベリーカラーのリボンの中央には、綺麗な六芒星が輝いている。飴細工のようにつやつやの銀髪を幾つもの三つ編みに整え、少し大きめの眼鏡をかけたその風貌は、誰が見ても魔女だとわかるものだった。

「メテウム、この三つ編みの子が……ええと」
「サクリです!サクリ・スイファです!」
「ああそうそう、サクリくんだ」
「サクリさん。どうぞよろしくお願いしますね」

す、とメテウム様が手を差し出す。サクリはぱあっという効果音が見えそうなくらい明るい顔になり、メテウム様の手を両手で握った。六芒聖の二番星と握手できたのがよほど嬉しかったらしく、手を離してもにこにこと口角を上げ続けている。

「そして、この水色に薄紫のグラデーションヘアの子が、見習いくん」
「はじめまして、見習いです」

改めてぺこりと頭を下げる。メテウム様は訝しげに私を見つめながら呟いた。

「メリアルームの弟子は皆見習いでしょうに、貴女は見習いと名乗るのですか?」
「……私には名前がないので。名前が必要な時は、見習いの頭二文字をとって、ミナと名乗ることにしています」
「成程。失礼なことを伺ってしまいましたね。すみません、見習いさん」
「いえ、大丈夫です」

よろしく、と手を差し出されたので、応えるように私も手を出す。握手。メテウム様の手は少し冷たいけれどふんわりと優しさを纏う、柔らかい手だった。
「それで」とメテウム様がカチャリと眼鏡をかけ直す。

「欠けた、というドールは何処に?」
「あっ、こちらです!テーブルの上に」
「有難う、サクリさん。失礼しますね」

テーブルに近付き、タイリーを視界に捉えるや否や、メテウム様も「またか」という顔になった。

「この子ですか」
「すまないね、元気いっぱいのようで」
「直しすぎて名前を覚えてしまいましたよ、タイリーさん」
『えへへ、ごめんなさあい』
「元気なのはとても良いことですが、もう欠けるのはこれきりにしてくださいよ?何度も直すのは身体に良くないのですからね」
『はあい!』

ふう、と息を吐き、メテウム様が扉の近くで立っている私たちを振り返る。

「それでは、タイリーさんはお預かりしますね。欠けているのは片腕だけなので、明日にはお返しできると思います」
「わかった。ありがとうメテウム」
「何時頃届けに来たら良いです?」
「ああ、その必要はない。見習いに迎えに行かせるよ」
「えっ」

初耳だが?

「タイリーを迎えに行くついでに、頼みたいこともあるんだ。詳しいことは明日話すよ」
「わ、わかりました」
「おそらくメテウムの元に着くのは夕方頃になるだろうな」
「……嗚呼、イルミルさんの元に行かせるのですね?」
「あのクソガキのところにも、だ」
「成程……分かりました。午後までには終わらせておきますね」
「助かる」

メテウム様は手際よくタイリーとタイリーの片腕を小さな漆黒の箱の中に入れ、蓋をして真青なリボンを結んだ。リボンから少し魔力の波動を感じたので、きっとどれだけの衝撃を受けても解けないような防衛魔法が仕込まれているのだろう。

「それでは、貴女の大事な子供、確かにお預かり致しました」
「ああ、よろしく頼む」

メテウム様はタイリーの入った箱を両手で持ち、最初と同じように深々と頭を下げて、部屋を出て行った。

「君たちもタイリーを見ていてくれてありがとう。疲れたろう?今日の午後の手伝いはいいから、ゆっくり休みなさい」

特に見習いくんは明日も忙しいからね、と付け足し、私たちの頭をぐしゃぐしゃと撫でて師匠は部屋を後にした。師匠は頭を撫でるのが下手だ。髪がぼさぼさになったお互いを見て、私たちは笑った。
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