おさとうの箱庭
この国には〈
師匠……メリ・アルーム様は、〈六芒聖の一番星〉であり、この国で、いや、世界で一番優れた魔女だ。攻撃魔法は国ひとつを滅ぼし、防御魔法は死の呪文も弾き飛ばせる上に、治癒魔法はどんな難病でも癒すと言われている。そして何より、師匠の創るシュクルドールはとても精巧で美しく、甘く儚い。師匠のドールにはこの国を動かすほどの価値がある。なんとかして手に入れたい人々が暴動を起こすほどに。
しかし、師匠のシュクルドールは〈とあるお得意様〉にしか販売しないらしい。
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師匠の研究は地下で行われている。そのため、師匠が会議や急用以外で地下から出ることは基本的にない。
私たちが朝食を食べたリビングにある本棚の上から二段目、左から三番目の本を押し込むと、地下への階段が現れる。薄暗い階段を降りると、目の前に佇むは真っ赤な扉。
「ミナ、開け方ちゃんと覚えてる?」
「さすがに忘れないよ」
ノックは一回、間を空けて三回、二回、また一回。
最後に真中の鍵穴を左手の親指で塞ぐ。カチャリと音がして、鍵が開いた。
「先に行くね、サクリ」
「うん!あたしもすぐ行くから!」
この扉はひとりずつしか通れない。開け方もひとりひとり違うらしい。扉を通り、すぐに閉める。ガチャン、と鍵の閉まる大きな音がした。
扉の音でこちらに気付いた師匠が読んでいた本から顔を上げる。蝶結びの形でふたつに結ってあるミルクグレープの髪がふわりと靡いた。ぱたん、と本を閉じ、こちらに歩いてくる。
「失礼します」
「やあ、今日は君か。見習いくん」
「はい、師匠。よろしくお願いします」
「もうひとりは?」
「サクリです。すぐに来ます」
「……サクリ………」
ふむ、と顎に手を当て考える師匠。師匠は人の名前を覚えるのがすごく苦手だ。それもそうだろう、師匠は〈来るもの拒まず去るもの追わず〉という言葉を座右の銘にしているらしく、弟子入り志願者を絶対に断らない。その為、数え切れないほど弟子がいる。ただし師匠の指導はとても厳しいため、入れ替わりもとても激しい。弟子である私たちさえも、先輩後輩の名前をいちいち覚えていてはやっていられないくらいに。
カチャリ、と扉から音がする。サクリが入ってきた。
「失礼します。師匠、本日はよろしくお願いします」
「ああ、君がサクリくんだね。よろしく頼むよ」
「っはい!サクリ・スイファです!覚えていてくれたんですか?」
「今ちょうど見習いくんに名前を教えてもらったんだ」
「そうですか!」
覚えていたわけではないのに、サクリはとても満足そうに笑う。名前を呼ばれたことが嬉しくて仕方ないらしい。
師匠は咳払いをして、私たちに向き直る。
「さて。それでは……手伝いをしてもらう前に、少し話がある」
「話…?」
「ああ。まあ、主に話があるのは見習いくんの方なんだけどね」
「私、ですか?」
思いがけない話題に背筋が伸びる。
まあ座りたまえ、と奥の休憩用のソファに案内されたので、素直に身体を預ける。サクリが私の隣に座ったことを確認した後、師匠が向かいのソファに腰掛けた。
「つい先日、魔力試験をしただろう?」
「はい!師匠の弟子は全員参加強制の、師匠に指定されたものに魔力を込めるっていうテストですよね」
「ああ。基本的にあの試験はただ皆の現在の実力を知る為だけのもので、悪い結果でも特に咎めないようにしているんだ」
「はい」
「だが……見習いくん」
師匠が一枚の紙を私に差し出す。大きく0と書かれた試験用紙。…………0?!
「0点?!」
私より先にサクリが大きな声を出す。耳が痛い。
「ああ、0点だ。見習いくんからは魔力をほとんど感じられなかった。今までも魔力の低い弟子くんはいたけれど、こんな結果ははじめてだよ」
0点。0。私はまだ現実を受け止められなかった。魔力がない。仮にも魔法使いを目指しているのに、師匠に魔力がないと言われるなんて。
「じゃ、じゃあ……私はクビ、ってことですか?」
「君が諦めたいなら私は止めないが」
「いえ!絶対に諦めたくないです…!!」
思わずソファから立ち上がる。サクリが心底驚いた顔でこちらを見ていた。
「君ならそう言うと思っていたよ。座りなさい、私は誰も解雇なんてしないさ」
「……すみません」
「とは言え……ここまで魔力の波動を感じない子は、わたしもはじめてでね。対処法もまだ見つかっていなんだ。そこで、」
師匠が軽く手招きすると、研究素材の山の中から、ひとつの小さな箱がふわふわとこちらへ吸い寄せられてくる。それは私の膝の上へふわりと着地した。
「開けてごらん」
蔦の模様の箱に真っ赤なリボンが結ばれた、長方形のプレゼントボックス。慎重にリボンを解き、蓋を開けると、小さくてかわいいおんなのこが眠っていた。とても精巧で、美しく、儚い、これは。
「これって……」
「君には、これから私のドールの世話係になってもらおうと思う」
「……え?!!」