終わらぬ星巡り

ガウェインは斉藤がイベント周回前に残して行った召喚術式の前で誰かが召喚されるのを待っていた。
 この術式、もとい陣は召喚者が目の前に居なくとも込められた魔力によって随時召喚を受け付けているというもので、イベントでノウム・カルデアを不在にしている時でも英霊を召喚できないかと、斉藤がダ・ヴィンチにお願いして作ってもらったものだという。
 そして彼はもし本当にマスター不在の状態で召喚されてしまった場合の番を任されていた。といっても管制室から確認できる場所に設置しているため、不在でも通信でやり取りが出来るという仕組みになっている。

『立香くん、結くん、複数体のエネミーが猛スピードでそちらに向かっているから交戦の準備を』

マスターは無事だろうかと通信を遠目からちらちらと確認しながらも、任された仕事のため、陣から離れないガウェインだったが、その陣が突如として起動し、その場からダ・ヴィンチに声を掛けた。

「ダ・ヴィンチ殿、陣が起動しました!」
「まさか本当に起動するなんてねぇ、レイシフト側で結くんが魔力を行使したから反応したのかな?」

モニタリングを他の職員に任せ、召喚に応じた英霊のパラメータを確認している。すると彼女は少し驚いたようにしながらも言葉は淡々と「一体、どんな反応をするだろうか」と呟く。その間にも陣は目が眩むほどの光を放ち、英霊を喚び込んでいる。
 風が吹き荒れ、光が弾けるとその英霊は姿を現した。

「――――セイバー。ベディヴィエール…………こ、ここは…カルデア、なのですか……?」

ゆっくりと目を開けながら真明を告げる彼は、自分が立っている場所、喚ばれた場所がどこなのかを察した後、酷く動揺したように周りを見渡した。

「あぁ、サーベディヴィエール。ここは間違いなくカルデアです。以前とは状況など様々な違いがありますが」

とうとう喚ばれたベディヴィエールを見て、ガウェインは安堵したように声をかけた。彼はちゃんと以前のカルデアでの召喚を記憶している。彼は、ずっと斉藤が追い求めてきたベディヴィエールに違いないと確信したからだ。

「サーガウェイン……ではマスターは」

彼の言葉にガウェインが応えようとしたのと丁度同時に管制室から緊迫した人たちの声が聴こえ、彼の答えは掻き消える程に多くの声が重なり大きな雑音になっている。最初はレイシフトからマスターたちが戻って来たのだろうと思ってい居たが、声色からして異様であった。
 二人は様子が気になり管制室からコフィンに向かう。そしてその惨状に息が止まるようであった。

「結さんが、勢い余って前衛に出てしまったマスターを庇って腕に大怪我を!!」
「ICUの準備を急いで!!」

レイシフトから戻った斉藤は彼女のサーヴァントの肩を借りて漸く歩いている様子だった。
 職員や藤丸、サーヴァントたちが彼女を歩かせまいとしているが、彼女は自分の足を動かし続ける。
 魔術礼装の白いシャツの左腕の部分が裂け、血塗れの腕が露出しており、その腕からは真っ赤な鮮血が今もなお流れ続けている。錯綜する声の中から敵エネミーの鉤爪を直接受けたと聴こえ、ベディヴィエールは息を飲み咄嗟に口元を手で押さえ、その場から動けなくなってしまった。

「マスター!!」

そんな彼をおいて斉藤の元に走り寄るガウェイン。彼が隣にいた所で彼の方に目を向けた彼女は、そのままガウェインの丁度後ろにいたベディヴィエールに気が付いた。
 途端に彼女の足が止まり、精気の無かった目が見開かれる。

「ベ……ベディヴィ…エール……」

彼を呼ぶ今にも消えそうな声に対し、呼ばれた彼は顔から血の気が引き、自分の顔が今青く染まりあがったことを感じ取る。そして視線が交差してすぐ彼女は膝から崩れ落ちた。



メディカルルームの前に置かれたベンチにベディヴィエール、ガウェイン、マシュ、藤丸が座っていた。他の英霊たちも心配しているようであったが、大勢で待っていても仕方がないということで今は集合していない。
 つい先ほど、ICUから移動し、治療を行った職員から命に別状がないことを簡単に怪我の容体を聞かされた。
 何時もの癖で前に出ていた藤丸をワイバーンから庇った斉藤は咄嗟の出来事だったため魔術での防御も出来ないまま令呪の魔力を使って防御しようと思い、左手を出したようで、一瞬の出来事で上手く対処出来なかったと意識がまだあった頃に言い訳していた。だが、あのまま斉藤が庇わなければサーヴァントも守りに行けない状況で、何も気が付いていなかった藤丸が無防備な状況で攻撃を食らうよりはよっぽど良かったと思えるほどであった。

「…………座に戻ります」
「は……何を、言っているのです…?」

残りの三人のうち、誰も想像が付かなかった一言にガウェインが最も動揺しながらも聞き返した。

「何故です…………何故、そのようなことを言うのですか、卿は」

信じられないと言う風に唖然としているようなあっけにとられたような表情をしたあと、声を低くし問いただすような聞き方をする。

「……今のマスターは、とても見てられない。そう、思うからです。あのような怪我をしてまで何をすると言うのです」

ガウェインが立ち上がり、向かいのベンチに座っていたベディヴィエールのマントを掴み上げるとそのまま彼の背中を廊下の壁に叩きつけた。背中を強打したベディヴィエールは衝撃によって声を上げ、ガウェインの顔を見ると更に衝撃を受けたように目を見開く。
 殺気とも言えるような棘の多い感情をむき出しにしてベディヴィエールを睨みつけている。

「……見ていられない、と?……まさか、卿がマスターを否定するというのか!?」
「待って落ち着いて!結さんが怪我をしたのは俺のせいなんだから。ベディだってよく無茶したし、そんな風に捉えなくても」
「いえ、怪我どうこうではなく、今、マスターが置かれている状況そのものが見ていられないのです」

藤丸が必死に、一色触発の状況に陥った二人を止めようとするが、それは無残に切り捨てられ、ベディヴィエールが更に事体に油を注ぐ。

「本気で言ってるのですね?」
「……ええ」

ガウェインの開いているもう片腕が動き、藤丸がその動いている腕が、拳がどのように使われるのかが判る。けれどキャメロット以来、見た事の無いような剣幕に言葉が出ない。腕が上がってもう駄目だと思って、藤丸は目をぎゅっと閉じてしまう。――――が人を殴った時の音は聞こえず、「やめてください!」と必死に静止するマシュの声が聴こえた。
 オルテナウスの姿になった彼女が二人の間に盾を入れ、無理矢理止めたのだ。

「帰る帰らないは兎も角、眠っている結さんがいる部屋の前で言い合いはやめてください!!」

マシュの言葉にはっとしたようにガウェインはベディヴィエールのマントから手を離す。そして、溢れる怒りを抑えるように深呼吸したあと、けれどやはり心は静まらず、鋭い目つきと声色で吐き捨てる。

「もし契約を無かったことにしたいのならば、そのことをユカリ本人に言えば宜しい……私はもう、知りません」

ファーの付いたマントを翻し、鎧のヒールを鳴らしながらガウェインは去っていく。
 対し、ベディヴィエールは去っていく彼の背中と部屋のドアを交互に見つめながらぎゅっと唇を噛みしめる。そして無言でガウェインとは逆方向に歩いて行く。
 二人の姿が見えなくなったあと、緊張の糸が切れたように藤丸はへ垂れこんだ。

「ありがとうマシュ……お蔭で大きな暴力沙汰にはならなかったよ……」
「いえ、思ったことを言っただけですから……でも、私はガウェイン卿の気持ちもベディヴィエール卿の気持ちも判る気がします。誰だって、大切な人のことは理解して、その道を切り開いてあげたいと思うでしょうし、逆に危ない目に会って欲しくない、見ていられないって思うかもしれません」

オルテナウスから普段の格好に戻るとベディヴィエールが歩いて行った方へ歩き始める。

「ベディヴィエール卿と話してきます。私には、彼の言葉、その全てが本当に本心には思えません」
「うん判った。じゃあ俺は責任を感じてここで結さんの目が覚めるの待ってるから」



本来の時間ではそれほど経っていない筈なのに、再召喚されて改めてみたユカリの姿は目も当てられないほどにボロボロで、顔も憔悴しきって、以前の彼女はまるで別人のようだった。
 だからなのか、ユカリが倒れる前に発した私を呼ぶ声が、以前と変わらず、正真正銘彼女の声だったから、その悲惨さ、理不尽さが全て私の中で絶望に変わってしまった。
 どうしてユカリはまだ戦っているのだろう。どうして取り戻した未来でまだ血を流すのだろう。――――見てられない。見れない。見たくない。知りたくなかった。未来に生きてくださいと、過去の人物である私のことなど忘れてくださいと、慟哭し私の名を呼ぶユカリを捨てて消えた身である私がまた現界して、またユカリを悲しませることは本当に身を裂かれる程度の痛みではない。



「ベディヴィエール卿……」
「……っ!レディ…」

人が来ることの無さそうな入り組んだ道の先にある袋小路に入り込み、声を殺しながら涙を流していたベディヴィエールは、マシュに声をかけられ、涙を瞬時に拭って振り向いた。

「先ほどは私も売り言葉に買い言葉で、レディには迷惑をかけてしまいました」
「いえ、そのことは全く気にしてませんから」

彼はマシュから必死に目線を逸らし直ぐに逃げたいと言うように後ろを伺うが、マシュは彼をじっと見て逃がす気はない。
 何も言わずとも彼女がベディヴィエールに訊きたいことは伝わってくる。

「………………ユカリに、また会ってしまった。出逢ってしまった」
「会いたくなかったんですか?」
「違います!……違います…そんな、わけないです。出来ることならずっと、お傍に居たい…」

 拭った筈の涙が言葉を発する度に限度を知らずに溢れてくる。騎士が同じ女性の目の前で二度も涙を流すなどもうどうでもいいと思えるほどに、溢れる涙は止まらない。

「けれど、駄目なのです……私は、ユカリの傍にいることなど絶対に許されない…許されないのに……どうしてユカリはこんな場所で、まだ戦っているのですか、私は!ユカリが私を忘れて幸せに生きてくれるだけで良かったのに!…………――――あぁ、だからあの時、私は完全に消えておくべきだったのです。ユカリを恋慕う半端な騎士である以上は、今のユカリを見ることが出来ない……悔しい、悲しい……ユカリや、レディ、フジマルらが取り戻した世界が漂白されてしまうなんて……」

思っている事を全て吐きだすと流れ続けた涙は少しずつ収まり、目元が熱くなるのを感じ始める。そしてマシュは彼の本音を聞き、言葉を紡ぐ。

「なら、今一度、結さんを守る騎士になればいいんです。以前図書館で読んだんですけど、〝恋愛〟の言葉の語源は騎士にあるそうです。騎士と貴婦人の、普通ならあり得ない恋。なによりサーベディヴィエールは実際に見てきた筈です。恋や愛を偽れなかった騎士たちを。それに、忘れて貰うことなんてきっと出来ません」

マシュの言葉を唖然としながら聞きながらも、最後に続く言葉につい「えっ」と言ってしまった。

「お二人はずっと、両想いだった。だからお互いに想いあってあの時はあのような結末になりましたけど、ベディヴィエール卿は結さんのこと、本当に忘れられるんですか?」

英霊は再召喚されるたび記憶は消えることが殆どであり、憶えていてもあくまで霊基に刻まれた記憶として残っている場合が多い。そしてそれらは霊基の不安定さも関係してくる。ベディヴィエールの霊基は安定しているとはとても言えない、ならばなぜベディヴィエールは斉藤のこと、彼女と紡いできた時間を覚えているのか。
 英霊がその他の理由で英霊になったあとの記憶を持っている理由は、座にいる本人に焼きつくほどの記憶であるかどうか。その焼きついた記憶が「忘れ得ない記憶」となってサーヴァントに残る。
 ベディヴィエールが斉藤を覚えていたのは、斉藤との思い出が「忘れ得ない記憶」になっていたからだ。
 その事実を突き付けられ、反論は出ない。

「私は……」

手に力を籠め、沈黙に耐える。
 そして、漸く心を決めたように、ベディヴィエールはマシュと視線を交わす。

「すみません、レディ……そして、ありがとうございます。漸く心を決めました」
「はい!お役に立てたなら私はそれで」

彼は肩で風を切り、急いで元来た道を戻っていった。



随分と彼がいない時間を過ごしたように思う。ベディヴィエールがいない時間の方が生きてきた中では長い筈なのに、今の私には彼がいないことが耐えられない。
 「忘れてください」と彼は今にも泣きだしそうな顔で言った。そんな顔で説得力がないなんて言いながら、最終的には抱きしめあうことすら叶わなくて。ゲッテルデメルングで初めてサーヴァントを召喚したときにガウェインを喚んだときは「ああ、やっぱり来ないんだ」って思ってガウェインに謝りながら号泣したのに、なのに、私が派手に負傷した日に来るのだから憎らしいところもある。
 怪我をして顔を真っ青に染めているのに足は全く動かないところを見る限り、私は忘れられたのかな……。



メディカルルームから更にマイルームに移動した斉藤の見まいにやってくるサーヴァントが入れ違いでやってくる。
 負傷事故から二日、あれからやってくるのは事故に居合わせた者たちばかりで、斉藤の召喚した円卓の騎士たちは未だにやってこない。マイルームは部屋から出ずとも最低限生活が出来るため、この二日間、斉藤はマイルームから一歩も出ていないため外で何かあったのかもわからない。
 風の噂では円卓内で内輪揉めがあったとかないとか。揉め事を収めるとかなんとかしないと、などと思いながら絶対安静を命じられた原因である腕を見下ろす。
 
「マスター。起きてらっしゃいますか……?」

暇を持て余している時に、ドアの前で声がした。その声を聴いて誰か直ぐに判った斉藤は、片手で髪の毛を必死に整えると声をかけ、中に居れた。

「挨拶が遅れて申し訳ありません。不肖ベディヴィエール。召喚に応じ参りました」
「いや、気にしてないよ。座ったままでごめんなさいね。これから宜しく、ベディヴィエール」

部屋に入って直ぐに膝をつき頭を下げるベディヴィエールに対し、斉藤は布団から手を出して差し伸べる。すると彼は立ち上がり、ベッドの傍まで来ると彼の肩に手を乗せた。

「我が忠誠は王に捧げられています。しかしユカリ、私はこれより貴女に剣を捧げ、運命を共にし、そして誓います。もう二度とあのような最悪の形で別れはしない。我がマスター、どうかもう一度私を貴女の剣にしてくださいますか?」

自身の肩に乗った手に力が入るのをベディヴィエールは感じた。
 罵詈雑言を浴びせかけられても致し方ないだろうという決意はしてきた、だからどれだけ蔑まれようと、想いを拒否されようとベディヴィエールは耐えるつもりでいた。

「……ばか」

斉藤が発した第一声は、そんな短い言葉だった。そして、ベッドから落ちそうになるほどに彼の方へ身体を向け、もう半分以上落ちている状態で身体に抱きついた。
 彼女が抱きついてくると、ベディヴィエールは魔力で編まれた鎧を解き、斉藤を抱きしめ返した。

「…………もう、逢えないかと思ってた」
「はい」
「ベディのせいで私可笑しくなっちゃったんだからね。責任とってよ」
「はい、それはもう」

ずるずると滑り落ちている斉藤をベッドに戻すと一旦、抱きしめているのを離そうとするが斉藤が離れないのでそのまま抱きしめ続ける。

「あと一時間はこうしてる……」
「いいですよ」
「じゃあもっと」

一時の幸福は今までの不幸の全てを帳消しにしてくれるのではないかと斉藤は本気で思ったのだった。
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