終わらぬ星巡り

 大きな目玉をギョロギョロと蠢かせる蛸足の如何にもクトゥルフ神話に出てきそうなエネミーは水着マルタの宝具によって殴り潰された。
 クレーターの中央で「ふう」と息を付き、掻いた汗を拭うマルタに「休憩ですよ~」とタオルとペットボトルに入った水を渡すマスターは、まるで舎弟のようである。

「マスター。このクエストはあと何回ほどなさるのですか?」

 周回の回数を確認したのは、マルタではなく少女騎士のブラダマンテ。斉藤が唯一使役しているランサーであるためアーチャー戦では大変重宝されている彼女は、つい先ほどまで倒したエネミーから素材を剥ぎ取っていた。

「うーん、英雄の証が一杯欲しいけど、今日はあと林檎四つ分ぐらいやりたいかな」

 そう言いながらブラダマンテが剥ぎ取って来た素材を確認する。先ほどの一周では〝ありがたい石像〟が出現したためQPも回収することが出来て素材がとても潤沢である。
 英雄の証に、血の涙石、斉藤が使役しているサーヴァントにはこれらを消費するものが多い。今回の期間限定クエストは彼女にとって好機だった。
 彼女らの自らを鼓舞する言葉を聞き、また休憩をいれようかと考えている時に、地面に転がったままのゲイザーが視線に移った。それは既に死骸で素材も取られた抜け殻だったが、斉藤の足は自然にそれに向かって行った。
 斉藤はそれの前で立ち止まり、見下ろした。後ろで疑問の声が聴こえたが彼女の耳から風のように過ぎて行く。そして彼女はもしもの時と持ち歩いていた小刀を取り出してゲイザーの足を切断していく。

「えっ…えっ?」

 ブラダマンテの困惑する声が聴こえる。
 切り取った足を掴み取りすると斉藤は真顔で真剣にはきはきとした声である言葉を口にする。

「円卓、アーサー王語録、その八! 〝栄養はゲテモノ肉でも変わりません!〟」

 沈黙が過ぎていく。マルタは少し呆れるように溜息を吐き、ブラダマンテは只管に困惑して挙動不審になってしまっている。

「あの……アーサー王が、仰ったのですか……?」
「円卓の騎士の一人が言ったから事実だと思ってるけど」

 その回答に納得したのか、少女騎士は顔を輝かせ「ではそれも調理すれば!」とゲイザーの足に羨望の眼差しを向けている。けれど、そのやり取りを見ているマルタは思った。「食糧難でもなけば普通は食べないし、しかも味については一切触れてないわよね」と。このままでは好奇心だけで作った料理が完成されてしまう。そもそも何と栄養を比べているのか判らない。そしてやはり味は気にする。

「周回はこれを食べてからにしよう。夜食ってことで」

 ノウム・カルデアに戻る準備をする斉藤に聴こえないよう、少し離れた所でマルタはブラダマンテに声を掛ける。

「貴女、あれ本当に食べるの」
「ええ勿論です!マスターがあそこまで推すのですから、きっと美味しいのでしょう!」

 純粋過ぎる騎士にマルタはあっけにとられる。そして彼女が斉藤に対して重要なことを知らないことを思い出した。

「あの語録を教えた英霊、マスターの想い人なのよ」
「え――――」
「おーい!戻るよー!」

 話の途中でカルデアに送還されたため、ブラダマンテは話の流れに置いて行かれたような感覚を覚える。戻ったあと再度マルタに話を訊いたが、あとは本人から訊いた方が良いと言われ、彼女はそのまま食堂で斉藤がゲイザーを調理してくるのを待っていた。――――マスターの想い人のことを考えていた。
 自身がロジェロの話をしたときのことを思い出す。

『自分が自分である限り、追い求めねばならないものがあって……たとえ出会えなくとも、追い求めてしまう』

 その言葉に斉藤は共感してくれた。だからマスターにもそんな風に思える方がいて、それは消えた汎人類史で生きる、ごく普通の人物なのだと彼女は思っていた。けれどそうではなく、その人は円卓の騎士の一人で斉藤が以前に召喚していたサーヴァントだった。
 なんという不覚だっただろうかとブラダマンテは後悔した。召喚されてもう幾時も経ったというのに、自身に心を配ってくれるマスターのことを全く理解していなかった。もっと、もっと早くに知れていれば、この形容しがたい相手への感情を共有しあえたのではないだろうかと。彼女はそう思った。

「出来たよ」

 斉藤がお皿に盛りつけて持ってきたのは、たこ焼きの蛸をゲイザーに変えた物。彼女曰く、味、感触共に烏賊、蛸に近いため、味の濃いものにして食べるとあまり違和感がないらしく、ソースやマヨネーズで味を誤魔化せるこれを選んだらしい。
 
「では、いただいます…!」

 覚悟を決め、少し苦い唾を飲んだあと、たこ焼きを一口で食べる。――――これはいける。ブラダマンテはそう思った。普通に美味しかった。元の素材が良かったのか、斉藤の料理の腕がいいのかは判らないが兎に角美味しい。食材の一つにエネミーの一部が入っていると知っていなければ食べても気が付かないレベルだった。
 ブラダマンテの反応を見て、斉藤も笑みを零し、彼女が|たこ《ゲイザー》焼きを平らげていく様を満足げに眺めていた。

「……あっ! 申し訳ありませんマスター! つい全て食べてしまいました!」
「いいよいいよ。ブラダちゃんの為に作ったんだから」

 斉藤のこの笑みは本物に違いないだろう。けれどどこかに歪みがあって。ブラダマンテはその歪みの原因をどうにかして知りたいと思った。知って、少しでも助けになりたいと思ったのだ。

「マスター。このブラダマンテ、マスターの話を全部聞きたいのです!」
「え!?」

 ド直球な言葉に斉藤はのけぞってしまう。突然の言葉に彼女はすぐに言葉が出せない。

「マスターの想い人のこと、今マスターが抱える不安も、想い人を想う心も、全て。……たとえこれから先、一生出会うことが出来なかったら、マスターの気持ちは宙に浮いたままで救われない。そんなの悲しすぎます。……だから言葉にするのです!言葉にして私にお話しください!そうしていたら何時か、きっとマスターの心も救われることでしょう!」

 明るく純粋で、恋に生きた騎士の言葉に斉藤が如何思ったのかは判らない。けれど言葉の真意は伝わった。そして――――

「じゃあ、ある騎士の話をしよう。私が初めて好きになったある一人の騎士の話を……長いからお茶でも飲みながらね」

 少女二人の語らいは夜遅くまで続いた。
 
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