終わらぬ星巡り

――――あぁ、これは夢だと、咄嗟に悟った。私は誰かを第三者視点で見ている。そこは私には全く判らない未知の世界。マスターの世界。
 マスターになる前のユカリはずっと独りでいた。こうやって私が見ている間にも、彼女が誰かと会話しているところなんて一度も見ない。カルデアで見る明るい笑みを見ない。剣道という部活をしている最中にも彼女は練習で打ち合うことはあっても最低限の関わりだけで孤立しているように思えた。
 家に帰っても、ユカリは笑わない。家に帰っても誰もいない。家の合鍵を使って中に入り、両親が戻り、夕食と声がかかるまでずっとユカリは机に向かい、学校の課題や、塾というものの課題を淡々と熟しているだけ。
 夕食に呼ばれると既に両親は料理を並べた食卓に座っていて彼女も決まった席に座って食事を始める。――静か、だと思った。家族間の会話も無ければ、夢の中だというのに空気の重さを感じる。現代を知らない私ですら生きずらさを感じた。

「ごちそうさま」

ユカリは食べ終わった食器を持ってキッチンに入る。それを見た母親が箸をおいた後、言葉を口にした。

「明後日の部活の試合も勝てるのよね。あと塾と学校の課題は終わったのかしら」

質問とも言えない、決まった事を確認するような有無を言わせない言葉に、少し虚ろ気味なユカリの瞳が反応する。そして決められた返事をするように抑揚のない返事が彼女の口から発せられる。

「勿論です」

口元は笑っているのに目は笑っていなくて遠くから見ていると胸が痛い。

「そう。良い子ね。これからも頑張りなさい」

強い束縛と重圧を感じる言葉にユカリは「はい」とだけ部屋に戻る。
 そして再び机に向かってノートと本を広げ課題を始める。本当は課題など終わっていなかった。けれどユカリは嘘つくほか無かった。現代の教育に無知な私でも判るほどその量は以上であったのだ。毎日暗くなるまで部活に励み、時に塾に通い、家に戻れば出された課題に向き合う。そしてその苦労を労われることもなくさも当然のように扱われる。これではユカリは壊れてしまう。
 時間はあれから明後日に飛んだことを悟る。今私が見ているのは剣道の試合後。ユカリは先方戦で見事に勝利を収めた。けれどチームでの勝利は得ることが出来ず地方大会で止まってしまったという。そしてこの試合がユカリの引退試合だったということを知り、これで一つ枷を解かれると思っていた。しかし、ユカリは試合が終わった帰り道、途中で足を止めてしまった。

「負けた……これじゃ…帰れない……」

絶望。ユカリの顔に浮かべられた表情は正しくこの言葉意外では例えれない。
 負けたこと自体が絶望にはならない。負けた事を報告するのが堪らなく恐ろしく億劫で絶望している。

「良い子でいなきゃ……良い子で…でも負けた……一番じゃない…負けて、お母さんとお父さんの言うことを訊けなかったら良い子じゃない…!!!」

ユカリの原動力は両親にとっての〝良い子〟であり続けること。親子ともに歪んだ価値観が私にはどうしても理解が出来ず、もう夢を見たくないと、起きろと念じる。この先のことを見てもきっと良い事なんてないことは判る。マスターの傷を見てしまうだけ。

「…………学校と塾の課題。あと、委員会の仕事、しなきゃ…」

虚ろで真っ黒な目が開いてゆっくりと足を動かし始める。その言葉はまるで呪詛のように暗く、陰鬱的で、嘆きのようだった。



「ベディヴィエール」
「………っ、は、申し訳ありません」

私を呼ぶ声がして目を開けるとすぐ真上に彼女の顔があった。それどころか、普段は凝視しないようにしているたわわな胸まで下から覗いているようで。それどころか自分が枕にしているのはユカリの太ももだった。

「いいよ。ベディには休憩が必要だからね」

私は、マスターのマイルームで寝落ちしてしまったらしい。騎士としてもサーヴァントしても半端である私がユカリの膝で寝てしまうなどあってはならないと私はすぐに起き上がり、ベッドから降りる。もう少し寝てても良かったのに。と残念そうに語るマスターにそんなわけにも行きませんと諌める。そういえば先ほどは寝起きと夢の内容のせいで気が付かなかったがやけにマスターのお顔が近かったように思える。

「……マスターの方が休むべきだと思います」
「ええ?」

そうだ。マスターは頑張りすぎだ。あの夢の中でも自分の身の丈に合わないことを続け、したいことも出来ず、ずっと独りで過ごしてきて、今も多くのサーヴァントを召喚し、ミスター・フジマルと共に人理定礎を成した今でも忙しく過ごしている。

「さあお休みになってください」

夢の中で見たあの虚ろな全てに付かれたような眼差しをせめて現実のこれから先では見ないようにしたい。そうさせないように尽くそう。
 ユカリは唐突に休むによう言われ面食らったように茫然としていたが、すぐに悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「じゃあ一緒に寝ようよ」
「はい。――――えっ」

傍にいるならともかく一緒に寝る。という言葉に私は世界が揺れる思いだった。いくら他意のない言葉だとしても無防備にも程があるのではないか。
 いや、しかし、ずっと独りで誰かを求める心があるのならそれが私に向いているのは好都合なのではないかと醜い欲が囁く。

「駄目…?」

その目。昔を思い出すような儚い眼差しを向けられると私が断れないことをユカリは判っている。今までもそうだったが、あの夢を見てしまった私にはもう本当に断ることが出来ない。

「判りました」

もう一度ベッドに上がり、胡坐をかくとその上に向き合うようにユカリを座らせた。最初、ユカリはなぜこの体制にさせられたのか判っていないようだった。
 はしたなく足を広げ、私の背中を足で掴むような体制に徐々に顔を赤く染めていく。

「なに、しようとしてるの」

不安と羞恥心から震えた声に誘われるように私はユカリの顔に自分の顔を近づける。

「先ほど、ユカリが私にしようとしていたことです」



―――――貴女の闇は私が砕きましょう
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