終わらぬ星巡り
身の丈に合わない誰かの理想によって育てられた少女は、いつしか周りと孤立し、誰かの理想を実現することも出来ずに自滅していった。
私が過去に間違えた過ち。それがまた目の前で巻き起こり、その当事者に関わっている。
「マスターくん」
「うわっ……!ちょっとマーリン!!」
彼女のマイルームに忍び込んだマーリンは魔術の修練を行っていた彼女の肩をぽんぽんと叩き声を掛ける。術を称えながら集中していた斉藤はマーリンが入って来たことに気が付いておらず、普通に驚いた。
彼女が描いていた術式から手が離れたことにより術が暴走し、召喚していた幾匹もの蝶が部屋中に舞い飛び始まる。
「マーリン!私がもし蜘蛛とか蜈蚣とかを使役している魔術師とかだったら大惨事だったからね!?」
部屋の照明を受け、蒼く輝いて見える蝶を苦い顔で見つめながら、悪戯を行ってきた花の魔術師を叱る。一方彼の方は悪びれることもなく「蜘蛛でも蜈蚣でもないからいいじゃないか」と宣っている。それ以上、斉藤は彼を怒鳴ることはないが、無言で睨んでくるので仕方なく、散布した蝶を花へ変えて床に落とした。
「それにしてもマスターくんのような少女が蟲を使う魔術師なんて、似合わないねえ」
「仕方ないじゃん。貰った魔術書の中ではこれが一番簡単だったんだから」
少し不機嫌そうにしながらもその場から立ち上がり、カルデアにやってくる前に持って来た荷物の中から古びた本を出してきた。この本には彼女の母方の実家が続けてきた魔術の全てが残されている。
彼女の先祖は中国大陸から渡来してきた呪術師の家系である。呪術師の頃は主に蟲を使った呪いを。魔術師として転身してからは水と地の属性を扱ってきたという。呪術師の頃から換算すると一族の歴史はかなり長いものであり、カルデアにやって来たあの検査で彼女には多くの魔術回路があることが判っている。しかし、二代に渡り一般人として生活してきた一族は著しく廃れ、末代である彼女は魔術に関して素人も同然である。それを今補うために魔術の修練を積んでいたのだ。
「私が折角いるのだから、私が魔術を教えてあげようか?」
マーリンは適当に本のページを捲りながら冗談のように呟いた。向けた笑みは斉藤には胡散臭く見える。
「えぇ……でも呪文は噛むんでしょ」
いつも彼が言っていることを思い出すをなんとも頼りなく思えるが、他者共に知る魔術師の中では恐らく最高峰。幾ら円卓の騎士たちに「マーリンの下半身のだらしなさにはお気を付けを」と言われても、魔術師見習いの斉藤には願ってもない申し出であった。
「…………私に合うのをお願い。正直、私にこれは合わないから」
「勿論だとも。マイロード」
こうしてマーリンによる魔術の修練が始まった。
魔術の訓練を終え、レイシフトに向かっている斉藤の帰りを待ちつつ、カルデアを徘徊していたマーリンは目の前に独りでいるアルトリアを見つけた。いつもはマスターである藤丸や他のサーヴァントと一緒にいるところを見るのだが、今は完全に独りでいるのでマーリンは出来心で話かけた。
「やあアルトリア」
「……マーリンですか」
必死ぶりに逢ったというのに豚を見るような怪訝な顔を向けるアルトリアに笑顔で返すと、彼女は彼女らしくもなく大きく溜息を吐いた。
「ここ数日で、騎士たちからあることを訊きました。貴方の今のマスターについてです」
斉藤は母方の曽祖父が渡してきた円卓を召喚する触媒、円卓の欠片を持っているため彼女がその触媒を知らずとも円卓の騎士を呼び寄せている。しかし円卓の欠片は騎士を呼び寄せても王とその現在の持ち主であるギャラハッドは呼び寄せない。そのために、騎士たちは呼んでいるのにアルトリアは呼べていないという状態になっている。マーリンは趣味で現界の真似事をして斉藤と契約し、男のアーサー王の方は偶然呼んでいるが、アルトリアが悉く藤丸によって呼ばれているというのはそういう理由ではないかということになっている。
そして、この状態はマスター同士、サーヴァント同士でも面倒なことになっている。
今回のように聞きたいこと、話したいことが直ぐに出来ないという事態、つまり情報共有がスムーズにいかないのだ。これはこの広いカルデアでは問題であった。
「それで、マスターくんがどうしたのかな」
「レディの体調が芳しくないことです。元から無理をしやすい方というのは訊いていましたが、最近はそれが顕著だと。話によると、貴方が魔術を教えてからだそうで」
魔術を教えていた時のことを思いすというとよりも、斉藤の悪夢を盗み見た時のことを思い出した。
彼女は親からの一方的な理想を叶えようと、親の作った〝良い子〟という概念に囚われ、身の丈に合わない勉強や部活、学校での生活を強いられてきた。彼女は、休憩や諦めるということを知らない。途中で諦めるということをしない。途中での挫折は親の作った概念の中では悪い事であり、〝良い子〟の条件ではなかったからだ。
――――彼女はずっと言われた通りに身の丈に合わない努力を延々と続けている。
「……ああ、アルトリア」
「何です」
「なんて残酷なんだろうね」
マーリンは特に慌てるようなことも悔いることもないまま、達観して元来た道を戻っていった。
元来た道の途中にはメディカルルームがあるのだが、その前で何やら騒ぎが起こっている。つい先ほど話題に上がった斉藤だ。モードレットの肩を借り、周りに付き添いを付けながらメディカルルームへ入っていく。マーリンの姿を見たベディヴィエールがとてつもないスピードで、普段の優しい表情からは想像もつかない形相でマーリンに迫る。
「貴方はどんな魔術の教え方をしていたのですか!!」
特に説明も受けることもなく第一声の怒声に、彼女がどんな状態なのか詳しく見なくても判る。過労で倒れた。単純な原因だ。彼女は魔力回路も多く、魔力事体も潤沢だ。そんな彼女が魔力が枯渇することはまずあり得ない。だとすると単純な過労以外には思い当たらない。
「ユカリは魔術師ですから魔術を教えるのは大変結構、それでもっ、無理をすることが判っているのにそのことを放置するなど教育者の怠慢でしかない!!」
彼が怒鳴ることを誰も諌めないのは訊いている全員はそう思っているから。何も言い返さないのはマーリンもそうだと判っているからだ。
メディカルルームの扉が開いた。中から「大人しく寝てろ!」とモードレットの声が聴こえるなか、やつれた顔の斉藤が出てくる。彼女はふら付きながらベディヴィエールとマーリンの元に歩いてきた。
「無理を為さらないでください。なんでも…ありませんから」
ベディヴィエールは判り切った嘘を付き、斉藤は首を横に振った。
「…大丈夫。ベディは優しいね」
ふっと消えかかりそうな笑みを向けられ、ベディヴィエールはとても見ているのが苦しそうに口元を歪め、目を瞑り顔を背けた。
「マイロード……」
どんな怒りを食らうか、判らないがマーリンは覚悟を決める。――――しかし、彼が不意に感じ取ってしまった感情は怒りではなかった
ふっと軽い甘い香りが空っぽの心ではなく、直接鼻に香る。花だ、斉藤は魔術で花を顕現させた。それは魔術の練習の中で適当に教えた花の魔術。
「私の容量が悪いせいだから気にしなくていいよ」
――――駄目だ。それでは駄目だ。自分を陥れるだけでは、時には自分をそんな風に教育した者を憎まなければ君は永遠に変われないんだ。
受け取った花はマーリンの手の中に入って直ぐに崩れ落ちて無くなってしまった。するとまたふら付いた彼女をマーリンではなくベディヴィエールが受け止め、抱きかかえるとメディカルルームに戻っていった。その時の彼の目は「ユカリが許しても私は許さない」と言っているようだった。
「教育者の怠慢……確かにそうだね…」
斉藤に対して趣味で契約を結んだのはきっと、無意識に自分の過去の過ちを彼女の両親に重ね、彼女を昔のアルトリアに重ねて見ていたからだ。
全く一緒とは言えない、問題の大きさも全然違う。斉藤本人に話をしたらきっと「私と王を重ねるなんて烏滸がまし過ぎて死にそう」なんて言うかもしれない。それでも似通っていることは事実で、今回もまた止め損ねてしまった。
「まったく、ちゃんと成長過程の子供に物事を教えないのは罪だね」
見つけてしまったからにはちゃんと見ていようと誓いはしないが、心に留めておくことにして、見舞いの花をマイルームに送ることにした。
私が過去に間違えた過ち。それがまた目の前で巻き起こり、その当事者に関わっている。
「マスターくん」
「うわっ……!ちょっとマーリン!!」
彼女のマイルームに忍び込んだマーリンは魔術の修練を行っていた彼女の肩をぽんぽんと叩き声を掛ける。術を称えながら集中していた斉藤はマーリンが入って来たことに気が付いておらず、普通に驚いた。
彼女が描いていた術式から手が離れたことにより術が暴走し、召喚していた幾匹もの蝶が部屋中に舞い飛び始まる。
「マーリン!私がもし蜘蛛とか蜈蚣とかを使役している魔術師とかだったら大惨事だったからね!?」
部屋の照明を受け、蒼く輝いて見える蝶を苦い顔で見つめながら、悪戯を行ってきた花の魔術師を叱る。一方彼の方は悪びれることもなく「蜘蛛でも蜈蚣でもないからいいじゃないか」と宣っている。それ以上、斉藤は彼を怒鳴ることはないが、無言で睨んでくるので仕方なく、散布した蝶を花へ変えて床に落とした。
「それにしてもマスターくんのような少女が蟲を使う魔術師なんて、似合わないねえ」
「仕方ないじゃん。貰った魔術書の中ではこれが一番簡単だったんだから」
少し不機嫌そうにしながらもその場から立ち上がり、カルデアにやってくる前に持って来た荷物の中から古びた本を出してきた。この本には彼女の母方の実家が続けてきた魔術の全てが残されている。
彼女の先祖は中国大陸から渡来してきた呪術師の家系である。呪術師の頃は主に蟲を使った呪いを。魔術師として転身してからは水と地の属性を扱ってきたという。呪術師の頃から換算すると一族の歴史はかなり長いものであり、カルデアにやって来たあの検査で彼女には多くの魔術回路があることが判っている。しかし、二代に渡り一般人として生活してきた一族は著しく廃れ、末代である彼女は魔術に関して素人も同然である。それを今補うために魔術の修練を積んでいたのだ。
「私が折角いるのだから、私が魔術を教えてあげようか?」
マーリンは適当に本のページを捲りながら冗談のように呟いた。向けた笑みは斉藤には胡散臭く見える。
「えぇ……でも呪文は噛むんでしょ」
いつも彼が言っていることを思い出すをなんとも頼りなく思えるが、他者共に知る魔術師の中では恐らく最高峰。幾ら円卓の騎士たちに「マーリンの下半身のだらしなさにはお気を付けを」と言われても、魔術師見習いの斉藤には願ってもない申し出であった。
「…………私に合うのをお願い。正直、私にこれは合わないから」
「勿論だとも。マイロード」
こうしてマーリンによる魔術の修練が始まった。
魔術の訓練を終え、レイシフトに向かっている斉藤の帰りを待ちつつ、カルデアを徘徊していたマーリンは目の前に独りでいるアルトリアを見つけた。いつもはマスターである藤丸や他のサーヴァントと一緒にいるところを見るのだが、今は完全に独りでいるのでマーリンは出来心で話かけた。
「やあアルトリア」
「……マーリンですか」
必死ぶりに逢ったというのに豚を見るような怪訝な顔を向けるアルトリアに笑顔で返すと、彼女は彼女らしくもなく大きく溜息を吐いた。
「ここ数日で、騎士たちからあることを訊きました。貴方の今のマスターについてです」
斉藤は母方の曽祖父が渡してきた円卓を召喚する触媒、円卓の欠片を持っているため彼女がその触媒を知らずとも円卓の騎士を呼び寄せている。しかし円卓の欠片は騎士を呼び寄せても王とその現在の持ち主であるギャラハッドは呼び寄せない。そのために、騎士たちは呼んでいるのにアルトリアは呼べていないという状態になっている。マーリンは趣味で現界の真似事をして斉藤と契約し、男のアーサー王の方は偶然呼んでいるが、アルトリアが悉く藤丸によって呼ばれているというのはそういう理由ではないかということになっている。
そして、この状態はマスター同士、サーヴァント同士でも面倒なことになっている。
今回のように聞きたいこと、話したいことが直ぐに出来ないという事態、つまり情報共有がスムーズにいかないのだ。これはこの広いカルデアでは問題であった。
「それで、マスターくんがどうしたのかな」
「レディの体調が芳しくないことです。元から無理をしやすい方というのは訊いていましたが、最近はそれが顕著だと。話によると、貴方が魔術を教えてからだそうで」
魔術を教えていた時のことを思いすというとよりも、斉藤の悪夢を盗み見た時のことを思い出した。
彼女は親からの一方的な理想を叶えようと、親の作った〝良い子〟という概念に囚われ、身の丈に合わない勉強や部活、学校での生活を強いられてきた。彼女は、休憩や諦めるということを知らない。途中で諦めるということをしない。途中での挫折は親の作った概念の中では悪い事であり、〝良い子〟の条件ではなかったからだ。
――――彼女はずっと言われた通りに身の丈に合わない努力を延々と続けている。
「……ああ、アルトリア」
「何です」
「なんて残酷なんだろうね」
マーリンは特に慌てるようなことも悔いることもないまま、達観して元来た道を戻っていった。
元来た道の途中にはメディカルルームがあるのだが、その前で何やら騒ぎが起こっている。つい先ほど話題に上がった斉藤だ。モードレットの肩を借り、周りに付き添いを付けながらメディカルルームへ入っていく。マーリンの姿を見たベディヴィエールがとてつもないスピードで、普段の優しい表情からは想像もつかない形相でマーリンに迫る。
「貴方はどんな魔術の教え方をしていたのですか!!」
特に説明も受けることもなく第一声の怒声に、彼女がどんな状態なのか詳しく見なくても判る。過労で倒れた。単純な原因だ。彼女は魔力回路も多く、魔力事体も潤沢だ。そんな彼女が魔力が枯渇することはまずあり得ない。だとすると単純な過労以外には思い当たらない。
「ユカリは魔術師ですから魔術を教えるのは大変結構、それでもっ、無理をすることが判っているのにそのことを放置するなど教育者の怠慢でしかない!!」
彼が怒鳴ることを誰も諌めないのは訊いている全員はそう思っているから。何も言い返さないのはマーリンもそうだと判っているからだ。
メディカルルームの扉が開いた。中から「大人しく寝てろ!」とモードレットの声が聴こえるなか、やつれた顔の斉藤が出てくる。彼女はふら付きながらベディヴィエールとマーリンの元に歩いてきた。
「無理を為さらないでください。なんでも…ありませんから」
ベディヴィエールは判り切った嘘を付き、斉藤は首を横に振った。
「…大丈夫。ベディは優しいね」
ふっと消えかかりそうな笑みを向けられ、ベディヴィエールはとても見ているのが苦しそうに口元を歪め、目を瞑り顔を背けた。
「マイロード……」
どんな怒りを食らうか、判らないがマーリンは覚悟を決める。――――しかし、彼が不意に感じ取ってしまった感情は怒りではなかった
ふっと軽い甘い香りが空っぽの心ではなく、直接鼻に香る。花だ、斉藤は魔術で花を顕現させた。それは魔術の練習の中で適当に教えた花の魔術。
「私の容量が悪いせいだから気にしなくていいよ」
――――駄目だ。それでは駄目だ。自分を陥れるだけでは、時には自分をそんな風に教育した者を憎まなければ君は永遠に変われないんだ。
受け取った花はマーリンの手の中に入って直ぐに崩れ落ちて無くなってしまった。するとまたふら付いた彼女をマーリンではなくベディヴィエールが受け止め、抱きかかえるとメディカルルームに戻っていった。その時の彼の目は「ユカリが許しても私は許さない」と言っているようだった。
「教育者の怠慢……確かにそうだね…」
斉藤に対して趣味で契約を結んだのはきっと、無意識に自分の過去の過ちを彼女の両親に重ね、彼女を昔のアルトリアに重ねて見ていたからだ。
全く一緒とは言えない、問題の大きさも全然違う。斉藤本人に話をしたらきっと「私と王を重ねるなんて烏滸がまし過ぎて死にそう」なんて言うかもしれない。それでも似通っていることは事実で、今回もまた止め損ねてしまった。
「まったく、ちゃんと成長過程の子供に物事を教えないのは罪だね」
見つけてしまったからにはちゃんと見ていようと誓いはしないが、心に留めておくことにして、見舞いの花をマイルームに送ることにした。