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とりかえたい

そして約束の日。今日も家の中にあの猫が居たため適当に買ってきたツナ缶を置いてきた。あの猫恐らく飼い猫だろうに何処から来たのかが全く判らない。
 一先ず教えられた集会所に到着した。其処はどこか怪しいどころか清潔感を感じる中級クラスのホテルだった。上級ではないところにまた好感を感じる。
 中に入り、受付に寄ると云われたとおりハンドルネームを問われたので応えると番号札のようなものを渡され開場であるホールに案内された。中には会の会員であろう人たちが沢山いる。ざっと見て五百人はいる。

 一歩中に踏み入るとなにか不思議な感覚を感じる。なにか、環境が扉を跨いで全く違う。そして入って直ぐに声を掛けられる。此の前塾にやってきた東くんだ。

「最相さん!来られたんですね」
「ええまあ。其れにしても多いわね」
「いいえ、今日は少ない方です。教祖さまがいらっしゃる時はもっと大きなホールを借りるぐらいです」
「建物は管理してないの?」

其れだけ大きな組織なら自分たちで所有している建物があっても良いのだが、建物は会の発足者の人物が持っている小さな事務所ぐらいだという。教祖にお願いすれば手に入りそうにも思うが東くん曰く、「団体が教祖さまによって齎されたもので信仰を集めるものではなく自らで集めたものが最も尊いものだ」と発足者は云っていたという。あの発足者、昨日の時点で感じていたがかなり教祖という人物に入れ込んでいるようだ。

「皆さん此の度はよく集まってくださいました。此れから教祖さまを崇める祝詞を」
「お待ちなさい」

発足者と思われる中肉中背の中年男性が舞台に立って話している途中で遠くまで透き通るような声はして少しざわめいていた開場が一斉に静かになる。そしてわたしも此処に突如として現れた異質的過ぎるあの存在を今一度目に焼き付けた。あの教祖と云われている人物が舞台に現れた。
 発足者は脱兎の如く遠のき土下座するように舞台に額を擦り付ける。舞台を見ていた会員たちも一斉に膝を付く。わたしは立ったままだったが東くんに引っ張られ膝を付いた。皆は顔を下にしていたがわたしは何故か視線が逸らせなかった。見た目は普通の人でありながら人間とはどこか一線引いている存在。黒い長い髪に黒いスーツ、対極といえる真っ白な肌に浮かぶような満月のような瞳は濃い睫毛に縁取られている。正しく月下に佇む絶世の美女。

「皆さん、顔を上げなさい。此の度は突然の訪問をご了承くださいな」
「滅相もありません!!」

発足者は人が代わったように彼女を称え上げ顔を上げ、女性の顔を見てはまるで幻を見たかのように目を見開いた後、此の世の幸せを感じたかのように蕩けた顔をする。

「此の集会において新たな信者を得たそうですね」
「は、はい!」

すると彼は私に目配せをした。するとわたしとあの教祖と目が合った。刹那に金縛りに合ったかのように身体が硬直する。今まではこんなことなかったのに。

「成程……よき行いです。後ほど貴方の願いを叶えましょう。勿論貴女のも」
「有難きお言葉!」

そう云って男が顔を下げると、女性は去っていった。そして数秒の静寂のあと怒涛のように私に人が押し寄せる。

「教祖さまにあんなお言葉を掛けてもらえるなんてすごいぞ!」
「教祖さまと一体どんな関係なんですか?」
「もしかして貴女も尊い存在なんですか!?」

一斉に話しかけられるがわたしにも理解できなかった。わたしと同じように教祖に最初願いを叶えられ此処に集まっているはず。其処にわたしと彼らの違いは特にないはず。他に違いがあるのは異能力の有無程度だが、正直云ってわたしの異能力はほぼあってもなくても変わらない貧弱異能。そんなものを教祖が欲しがっていたとは到底思えない。

「すみれさん。教祖様がお待ちです」

先ほどまで蛞蝓のように蕩け切っていた発足者がわたしに声を掛けるので舞台の方を見ると舞台袖から手招きをしているので、躊躇うように一瞬隣にいた東くんを見ると羨むように「どうぞ行ってください」と云われて舞台袖に駆け寄ると、更に奥に行くように云われる。舞台の普通なら演者が待機している場所で先ほどの教祖は椅子に座ってわたしが入ってくるところを見ていた。以前に見たときより浮世離れしたように見えるのは気のせいか。

「また貴女と顔を合わせられて嬉しいわ。最相すみれさん」
「……はい」

当然のように名前を知られているということにはもう誰も驚かないのか。感覚が麻痺しているのか。いや、此の場で可笑しいのはわたしなのかもしれない。

「貴女は特別な人間よ。だから私の元に辿り着いた」
「……其れはわたしが異能力者だからですか?」

わたしが何か意見するとは発足者は思っても居なかったのだろう眼を見開いてわたしに一歩近づくが教祖が「いいわ」と云うとすぐに動きを止めた。

「いいえ。ただ異能力者というだけではない。云ったでしょう。特別なのよ」

貴女の願い、聞かせてもらうわ。そう云って教祖は立ち上がってわたしの頬に手を添えた。其の手は酷く冷たくで血も通っていないように思えるほどだった。

「わ、わたしは――」

教祖はわたしの願いを訊いて笑みを浮かべる。とても善人のするような笑みではなかった。






次の日、塾の仕事はなかった。正確に云えば休みになった。突然塾長からシフト変えを云われ、今日から三日間の休みを貰った。今まで勤勉に働いた埋め合わせだという。今日は何かと説教がましい条野と会う約束もなく、他にバイトもなく、最近よく来る猫もおらず完全に一人だけの休日だ。

「やった…やった!休みだぁあ!!!!なにしようかなぁ!」

まず、洗面所に行き顔を洗い、いつもより念入りに髪の毛を整え化粧も入念にして、服も良い物を選んだ。一日目の休みはどこかに出かけることにする。大丈夫、財布には三十万円入っている。財布というより茶封筒に入っているものをポーチに詰め込んだだけだが其れでも立派な財布だ。此れだけあればヨコハマで派手に遊べる。
 まずはゲームセンターに行った。金欠でここ一年近く行けていなかったので久しぶりのゲームに胸が躍る。まず二万円を崩して様々なゲームを何週もした。
 そのあとは遅めの昼食に高いレストランに入って食事を取った。一食何万円もする食事なんて実家に住んでいた頃以来で此れも大満足。加えてスイーツを頼むと、資金は先ほどのゲームセンターを入れて十万ほど減っていた。
 昼食を食べて直ぐだったが、赤煉瓦倉庫の近くに美味しいクレープ屋があると聞いて贅沢にタクシーで向かい、トッピングを沢山乗せたクレープを頬張る。クレープもかなり久しぶりに食べただけあり何倍も美味しく感じた。
 夕方を過ぎると辺りが暗くなった。海浜公園付近は夜になるとマフィアやらが蔓延るようになるというので中華街の方へ歩いていく。そしてもう少し街中のほうに入ると水商売エリアに入る。其処でふいにホストクラブの看板を見つけた。資金はまだ二十万近く残っているのでわたしは思い切って中に入ってみる。中は私が今まで見たことのないほどの輝きに満ちておりボーイに案内されてホストを一人紹介された。其のホストは爽やかな黒髪の青年であり、店では結構の人気を有しているらしいが、此の時間たまたま空いていたという。わたしが今日の資金の話をしていると、何故か半額で良いと云われた。

「実は此処の店長、光の会の会員で昨日の集会で貴女を見たって」

なんでも此のホストクラブは全員が光の会の会員であるらしい。そして昨日の集会にも何人かが出席したようでわたしのことを知っていたらしい。

「教祖さまに特別だなんて云われた人なんて始めてですから、店長もサービスだそうです」

お酒も入って上機嫌なわたしはそんな彼の言葉を真に受けてボトルを開ける。ホストと話も弾み、わたしは徐々に酒に溺れていく。

「あぁ~…今日一日ほんとに楽しいなぁ~……好きなことはし放題だし、ご飯は美味しいしぃ……其れにお酒も男もさいこ~う!」

ホストに酒を注がれると抵抗もなく呑み、もう本来の額でどれ程呑んだかも判らなくなり、気が付けばわたしは指名されたホストの背中におぶられて朝日が見え始めた住宅街を歩いていた。自分でも気づかないうちに…ほぼ条件反射で道案内をしていたようで気が付けばボロアパートの前だった。

「昨夜はありがとうございます。お陰で良いひと時でしたよ」

男の顔は見えず、私は其のまま意識を遠くして、眼が覚めたのは昼の二時だった。
 何故か来ていた服がその辺に散乱しているが其れにも眼もくれずちゃぶ台に置かれた置手紙を読む。

『昨夜は当店にお越しいただき有難うございます。代金の方はしっかり払っていただきましたのでご安心ください。』

昨日後半からの記憶が全くないが置手紙にもこう書かれているのと無事に帰れているためわたしは気に留めず、昨日お風呂に入っていたかったためか少し気持ち悪かったのでお風呂に入ることにする。その後も特に考えることもなくテレビをつけパジャマで残り半日を過ごす。そして布団に入るときにふと思った。
 明日を過ごせばまた仕事をしなければいけない。好きなことを出来ない。貴族のように豪遊出来ない。そう思ったら恐怖で身体が触れ、布団から起き上がって光の会のサイトを見た。なんと明日は教祖がやってくることが決まっている大集会の日。全員の願いを叶えてくれるわけではないが、教祖に特別と云われたわたしならきっと願いを叶えてくれる。そう思って明日、参加することを決めた。
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