とりかえたい
「にゃぁ……」
耳元で猫の鳴き声がしたと思えば、私は其の猫のパンチを食らって目を覚ました。
昨日探した猫とは違う種類で、此れは三毛猫という種類だろう。メインの明るい茶色の毛に黒のマーブル、そして腹の毛は白い。
時刻をスマホで確認すると午後十二時半だった。
昨日の此の家までに帰って来た記憶があやふやで思い出せないが如何やらわたしは帰ってきて、そして万年床で昼まで寝ていたようだ。あの胡散臭い女性に願った願い事は叶っているようだった。
するとスマホの着信音が大音量で鳴る。飼ってもいない三毛猫は音に驚くこともせず、部屋の隅で丸くなった。わたしは其れを寝ぼけ眼で見ながら渋々、電話に出た。
「すみれさん、今何処にいますか?」
電話の主は昨日の仕事を斡旋した条野。昨日の仕事をさぼった事を密告されたのだろうか。
「え……家だけど。若しかして昨日の仕事途中で帰ったの怒ってる?」
「……では、特に怪我はないのですね?」
「怪我?さっき猫にパンチ喰らったけど……」
全く噛み合わない会話にいら立ちを覚えたのか、条野は私にテレビを点けるように云った。わたしは普段は電気代を渋ってコンセントまで抜いているテレビの電源を点けた。丁度チャンネルはニュース番組を映している。そして其の画面いっぱいには昨日の夕方より濃い赤が轟々と揺らめいている。
「先ほどからずっと電話に出ないので、最悪の場合を想定した私の時間を返していただきたい」
「猫パンチされるまで起きなかったんだって」
猫が電話の音に不快を感じてわたしを物理的に起こしたのだろか。なんと賢い猫だろう。
「そういえば、最悪の場合って?」
「其の火事の現場。昨日貴女が行っていた場所ですよ」
すると、カメラの映している場所が変わる。すると昨日、確かに私が一度足を踏み入れたお屋敷が映る。あの時の面影はなく炎に包まれこそしているが確かにあの場所だ。
そして此の光景はわたしが昨日、あの女性にお願いした情景とまるっきり同じで…
「お屋敷の人は?」
「如何でしょうね。少なくとも、逃げ出してきた人は居ないようです。火事が起こったのは未明のようですから」
真逆、わたしがあの女性にお願いしたからあの家と敷地は火事にあったのだろうか。そんな事、非現実的過ぎる。普通ならあり得ない。けれど、わたしたちにはそんな非現実を実現させる異能力というものがある。だからこの様な偶然は普通なら気に留めない。けれど其れでも私が動揺しているのは此れはわたしの云った願いだからだ。
「今から、出れますか?」
わたしが黙っていると彼がそんなことを切り出した。
一時間後に条野とファミレスで待ち合わせした。
彼はいつもの様に、スーツ姿で、糸目で、何処か胡散臭くて、でも何処か話していて退屈しない人だった。
「何?私に事情聴取?」
「いえ、電話での貴女の反応が露骨だったもので」
何故か彼にはいつも隠し事が出来ない。でも、話したら何を云われるか判らない。
「話さなくても判りますよ」
首の裏から、暑くもないのに汗が流れる。
「其の謎の人物については私たちの方で調べますので、貴女は今まで通りにしていなさい」
「…え?あ、うん」
案外と何も云われなくて拍子抜けだった。普段ならもっと怒られても不思議じゃないのに。其れに、
「有難う……、条野ならわたしのこと、何でも知ってるし、仕事をサボって帰ったことも判る筈なのに態々心配してくれて」
「……判ってるなら、此れからは仕事をサボらないことですね」
そう云われて、人差し指でおでこを前髪の上から小突かれた。
条野と別れてから、夕飯の買い物を済ませて、帰路についている時に又、あの不思議な女性と遭遇した。今も、昨日も周りに人の気配は一切なかった。
「如何?満足してくれたかしら」
「……確かに、昼間でぐっすり寝れたけど、真逆火事まで実現させるなんて」
すると女性は呆れたように鼻で笑った。そして目を細めた。
「だから云ったじゃない。願いは叶えるけれど、取り消しは出来ないわよ。其れに自分に都合の良いばかりの願いなんてないのよ。まあ貴女の場合、あの火事は本心だったのでしょう」
此の人にもわたしの考えていることは筒抜けのようで、願い事を頼んだ時のわたしの考えまで判っていたんだ。
彼女は私に近づいて手を伸ばしてきた。咄嗟に肩に力が入る。
「私は平等に人々の願いを叶えるわ。貴女が願えばなんだって叶える」
「じゃ、じゃあ!」
「でも、願いで既に叶えて貰った願いを取り消すことは不可能」
一瞬、私が拾った不思議な宝石で作ったピアスに彼女の指先が触れた。
私の言葉を遮った彼女は今度、私の耳元に口を寄せて内緒ごとのように囁いた。
「対価は、貴女の人生よ」
耳元で猫の鳴き声がしたと思えば、私は其の猫のパンチを食らって目を覚ました。
昨日探した猫とは違う種類で、此れは三毛猫という種類だろう。メインの明るい茶色の毛に黒のマーブル、そして腹の毛は白い。
時刻をスマホで確認すると午後十二時半だった。
昨日の此の家までに帰って来た記憶があやふやで思い出せないが如何やらわたしは帰ってきて、そして万年床で昼まで寝ていたようだ。あの胡散臭い女性に願った願い事は叶っているようだった。
するとスマホの着信音が大音量で鳴る。飼ってもいない三毛猫は音に驚くこともせず、部屋の隅で丸くなった。わたしは其れを寝ぼけ眼で見ながら渋々、電話に出た。
「すみれさん、今何処にいますか?」
電話の主は昨日の仕事を斡旋した条野。昨日の仕事をさぼった事を密告されたのだろうか。
「え……家だけど。若しかして昨日の仕事途中で帰ったの怒ってる?」
「……では、特に怪我はないのですね?」
「怪我?さっき猫にパンチ喰らったけど……」
全く噛み合わない会話にいら立ちを覚えたのか、条野は私にテレビを点けるように云った。わたしは普段は電気代を渋ってコンセントまで抜いているテレビの電源を点けた。丁度チャンネルはニュース番組を映している。そして其の画面いっぱいには昨日の夕方より濃い赤が轟々と揺らめいている。
「先ほどからずっと電話に出ないので、最悪の場合を想定した私の時間を返していただきたい」
「猫パンチされるまで起きなかったんだって」
猫が電話の音に不快を感じてわたしを物理的に起こしたのだろか。なんと賢い猫だろう。
「そういえば、最悪の場合って?」
「其の火事の現場。昨日貴女が行っていた場所ですよ」
すると、カメラの映している場所が変わる。すると昨日、確かに私が一度足を踏み入れたお屋敷が映る。あの時の面影はなく炎に包まれこそしているが確かにあの場所だ。
そして此の光景はわたしが昨日、あの女性にお願いした情景とまるっきり同じで…
「お屋敷の人は?」
「如何でしょうね。少なくとも、逃げ出してきた人は居ないようです。火事が起こったのは未明のようですから」
真逆、わたしがあの女性にお願いしたからあの家と敷地は火事にあったのだろうか。そんな事、非現実的過ぎる。普通ならあり得ない。けれど、わたしたちにはそんな非現実を実現させる異能力というものがある。だからこの様な偶然は普通なら気に留めない。けれど其れでも私が動揺しているのは此れはわたしの云った願いだからだ。
「今から、出れますか?」
わたしが黙っていると彼がそんなことを切り出した。
一時間後に条野とファミレスで待ち合わせした。
彼はいつもの様に、スーツ姿で、糸目で、何処か胡散臭くて、でも何処か話していて退屈しない人だった。
「何?私に事情聴取?」
「いえ、電話での貴女の反応が露骨だったもので」
何故か彼にはいつも隠し事が出来ない。でも、話したら何を云われるか判らない。
「話さなくても判りますよ」
首の裏から、暑くもないのに汗が流れる。
「其の謎の人物については私たちの方で調べますので、貴女は今まで通りにしていなさい」
「…え?あ、うん」
案外と何も云われなくて拍子抜けだった。普段ならもっと怒られても不思議じゃないのに。其れに、
「有難う……、条野ならわたしのこと、何でも知ってるし、仕事をサボって帰ったことも判る筈なのに態々心配してくれて」
「……判ってるなら、此れからは仕事をサボらないことですね」
そう云われて、人差し指でおでこを前髪の上から小突かれた。
条野と別れてから、夕飯の買い物を済ませて、帰路についている時に又、あの不思議な女性と遭遇した。今も、昨日も周りに人の気配は一切なかった。
「如何?満足してくれたかしら」
「……確かに、昼間でぐっすり寝れたけど、真逆火事まで実現させるなんて」
すると女性は呆れたように鼻で笑った。そして目を細めた。
「だから云ったじゃない。願いは叶えるけれど、取り消しは出来ないわよ。其れに自分に都合の良いばかりの願いなんてないのよ。まあ貴女の場合、あの火事は本心だったのでしょう」
此の人にもわたしの考えていることは筒抜けのようで、願い事を頼んだ時のわたしの考えまで判っていたんだ。
彼女は私に近づいて手を伸ばしてきた。咄嗟に肩に力が入る。
「私は平等に人々の願いを叶えるわ。貴女が願えばなんだって叶える」
「じゃ、じゃあ!」
「でも、願いで既に叶えて貰った願いを取り消すことは不可能」
一瞬、私が拾った不思議な宝石で作ったピアスに彼女の指先が触れた。
私の言葉を遮った彼女は今度、私の耳元に口を寄せて内緒ごとのように囁いた。
「対価は、貴女の人生よ」