銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
特に用事もない休日。家でミーコと戯れていると出先の母からおつかいを頼まれてしまった。とあるスーパーで特売をやっているそうなのだが、母は友人と全く別の場所でショッピングのため頼まれてほしいと。
車もないのに流石に歩きで買い物は面倒だが、逆らうという選択肢は実家暮らし暇人大学生にはないし、しかも欲しいものも好きに買って良いと言われ、決済アプリに小遣いまで送金されたら行くしかない。
『買いもん行くけどー?』
『おう。勝手に行ってこいよ』
同じく家で怠惰を極める綾人に声をかけると、案の定面倒くさげな返事が帰ってきた。
普段であればもちろん勝手に行かせてもらうが、今日は車なし&荷物多めと言うハードな内容。帰りにタクシーを使うにしても一人で持つには身に余る。なので働き手として使う。
『母さんが好きなの買っても良いってさ』
『まじか。し、仕方ねーなあ…』
弟はちょろいので、こうして二人で目的のスーパーまで向かうことになったわけだ。
流石の特売日、大きく場所の取られた駐車場があるスーパーだが空きがパッと見ただけでも全て埋まっているぐらいに盛況だ。
特に意味はなく、混んでるなぁと思う程度に並んでいる車らを歩きながら見ていると、見慣れた車種と、覚えのあるナンバーが目に入った。
「で、なに頼まれたんだよ」
「あー……」
綾人に問われて、視線を戻す。入り口専用と書かれた自動ドアから入り、買い物カゴを二つ取りカートの上下にセットした。
ポケットからスマホを取り出して、母から頼まれた商品を綾人に聞こえるように読み上げる。
青果品の列を抜けて生肉コーナーで牛肉、鶏肉を手に取った。母からの指示にはちゃんとグラムが記載されており大変助かる。普段まともに料理をしない野郎二人だけでは己がどれだけ食うのか把握出来ていないからな。
次に買い置きの乾麺とか冷食、合間に俺が食したい酒とつまみ、綾人は菓子をカゴに入れた。
「綾人、味噌取ってきて。通り過ぎてきた」
「は、だる」
「戻ってくる時、チョコ系のアイスも取ってこい俺とお前の分」
「やり〜」
まあ俺の金ではないのだが。
綾人が戻ってくる前に俺は残りの買い物を済ませるとしよう。残りは普通の飲み物類。パックの茶葉、インスタントコーヒー。その後に列を移動して牛乳。
「お兄さんこんにちは」
「え、東條くん奇遇だね」
想像していた人物は違う人と遭遇した。
休日特売日の人の多いスーパーでも彼は相変わらず背景に花を背負うこのBL漫画の世界の登場人物である。
カゴを押している彼を一目見て、経緯と目的は一緒のようだ。
「東條くんもおつかいとか頼まれるんだ」
「ありますよ。お兄さんは一人ですか?」
「んいや、綾人も。この量ひとりは無理」
押してるカゴを邪魔にならない程度に左右に動かして主張すると、彼は控えめに笑う。
「東條くんも一人?」
「いえ俺は──、」
「えっ、偶然だね!」
後ろからポン、と軽く肩をタッチされ振り向く。
東條くんの言葉を遮る形で、彼に会う前に想像していた彼女が視界に入る。
「ほんとな、薫ちゃん」
「…! その割には驚いてないような?」
休日でゆるっとした格好にほぼすっぴんと思われる薫ちゃん。とはいえ俺に向けてくれる笑顔はいつも通り愛らしく、可愛く、愛おしい。
あまり驚かない俺とは対照的に、目を丸くして驚いている様子。
「きたとき、車見えた」
「なるほど」
首を傾ける仕草と同時に、クリップでまとめた髪に対し残された顔まわりの髪が揺れて可愛い。可憐すぎる。
「じゃあ薫ちゃんと東條くんは二人で来たんだ?」
「成り行きでね」
「最初は俺が歩いてくる予定だったんですけど、玄関前で合って…‥薫さんのご厚意で」
なるほど。薫ちゃんが行き先が一緒の東條くんを放置して一人で車で来るとは思えない。もちろん、マンション住人全員にそうするとかではなく、お隣で年齢の近い東條くんだから、だが。
「駐車場いっぱいだったでしょ、よく停めれたね」
「いや歩き」
「えっ」
「兄貴ここにいた…って東條! か、薫さんも?」
あ、やっと綾人が合流したか。
想像もしていなかったであろう綾人は鳩が豆鉄砲くらった顔をしている。
「やあ綾人」
「こんにちは綾人くん」
「あ、ああ。…こんにちは」
美形二人に笑顔を向けられ、たじろぐ愚弟。東條に挨拶しながらも隣にいる薫ちゃんにも返事をするせいで、東條くん相手にすら少しぎこちない。一応お前ら(隠しているとはいえ)恋人同士だろ、もうちょっとどうにかならないのか。
「で、え、歩き? 帰り送るよ??」
「いいってタクシー呼ぶし」
薫ちゃんが来ていることに気が付いていたが、積極的に探そうとしなかったのはこれが理由である。彼女であればほぼ確実に送ると言ってくれると思ったからだ。それは申し訳ない。別にいつでも会えるのだから無理して会う必要はない。と、思っていたのだがやはり会えると嬉しいし、隣にいる綾人に肘鉄をくらい二人に見えないように隠れるように睨み上げてくる。
お前は東條くんと一緒に帰りたいわけね。はいはい。
「……んー、ごめんやっぱりお願いしてもいい?」
「もちろん」
二人はもう、買うべきものは全て回り終わったらしく、先にレジに並びに行った。
綾人が頼んだ味噌とアイスをカゴに入れたところで流石に注意することとする。
「お前もうちょっと遠慮を覚えろよ」
「うっ…ごめん」
「アイスもう二つ取ってこい。薫ちゃんのはアイスのみマスカット」
「わかった」
流石にこれは俺のポケットマネーだな。
そう言うとことで買い物を終えると駐車場で二人と合流。軽自動車なのでトランクに買ったものを乗せさせてもらった。
「お兄さん前座ってください」
「どうぞ〜」
綾人と後部座席に向かおうとすると東條くんに呼び止められ、運転席の薫ちゃんからも促された。言われた通り助手席へ座る。彼女の横は嬉しいが後ろでいちゃつくなよ、普通に気付くから。
「ありがとう薫ちゃん」
「どういたしまして」
俺と後ろ二人がシートベルトを締めたのをバックミラーで確認後、車が発進する。
「そういえば、明日の一限休講だって」
「え、まじか。シラバス見てなかった」
「よかったね明日お昼からじゃん」
月曜の一限目授業という忌々しい科目。最近では薫ちゃんと被っている数少ない授業ということでありがたみを感じていたが、やはり月曜の九時からはしんどいものだ。それが休講とは。しかも二限はそもそも講義を入れていないので昼から登校が出来るわけだ。
「薫ちゃんもでしょ。ね、お昼どこか食べてから行こう」
「いいよー」
帰ったらどこに食べに行くか打ち合わせしよう。
後ろで綾人が何か「良いなー」とか言っているが無視。お前は高校で弁当食ってろ。
……他にも他愛ない話をしている間に俺らの家に到着した。玄関前に車を停めてもらい、トランクから買い物袋を取り出す…前にお礼のアイスを手に取った。
「はい。車、ありがとね」
「本当にいいのに、ガソリン兄もちだし」
はにかみつつも薫ちゃんはアイスを受け取った。別に燃料費を気にしているのではない。不可抗力へのお礼だ。
むしろ失うしかなかったタクシー代が浮くところか明日の予定まで組めて儲け物だ。
「はい東條くんも」
「いいんですか?」
「ひとりだけあげないわけないでしょ。綾人が選んだんだけどこれで大丈夫だった?」
「…大丈夫です、ありがとうございます」
俺の弟への信頼はないが、東條くんは綾人セレクトなら大抵なんでも喜ぶだろう。
「またね」
「うんまた明日」
綾人も東條くんと数言喋り満足したようだ。
と、いうわけで二人に無事にアイスも渡し、車を送り出した。
母からのおつかいも無事にこなし、薫ちゃんとも会えたし、特段面倒ごともなかった。今日はとてもいい日かもしれない。