銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
「今日バイトだっけ?」
「うんそうだよ。今日は最終までいるから家に着くのは二十一時ぐらいかなぁ」
という会話をしたのは今日の昼。
そして現在の時間はその二十一時前である。今日は俺のバイトもなく、母に頼まれたおつかいしか寄り道をせずに帰ってきた。久しぶりに特に予定のない夕方は、珍しく前もって課題を済ませたり、ゲームをしたり。それも飽きてずっとミーコと戯れて。夕食も食べて風呂にも入った。
自室に戻って(BLの)参考書も読んで、また暇していたところだ。
『無事に家ついた?』
帰宅時間はいつも殆ど変わらないので、着いた頃を見計らって連絡をするようにしている。
…思った通り、すぐに既読がつく。
『着いたよただいまー! 今から夕飯とお風呂』
『ごゆっくり〜』
メッセージと共に送られるスタンプが可愛い。これを送ってくる薫ちゃん本人も可愛い。
薫ちゃんはここから一時間半ほど掛けけて夕飯とお風呂など諸々を終わらせる。今日はお兄さんもいるって言っていたからもしかしたらもっと早いかも。
そうしたら寝落ちるまで通話をするのがバイト日のいつもの流れだ。
二時間後。
返信なし。
考えられる原因はただ一つ。薫ちゃん本人の電池切れによる寝落ちである。前にもあったので恐らくそうだろう。前の時は焦ってキモい連投をしてしまって申し訳なさそうに謝らせてしまったので、今回は俺も寝るスタンプでも送っておくか。普通に寂しいが、起こすのは論外。
あー暇だ。俺も今日は寝るか。
翌日朝。
『おはよう! ごめん! 寝落ちてた!』
謝罪の絵文字と共に送られたメッセージの通知音で目を覚ます。うつ伏せの状態から頭だけを起こしてスマホを掴んだ。
霞む視界を目をかいてから画面を見直す。びっくりマークの多さでどういう様子でこの文を送ったのか容易に浮かぶ。
『おはよ。大丈夫。髪ちゃんと乾かした? 風邪ひいてない?』
何度かに区切ってメッセージを送るとスタンプで『大丈夫!』と送られてきた。
そして追撃に薫ちゃんからの着信である。やばい、滅茶苦茶寝起きなんだが。
『おはよー、朝にごめんね』
「…大丈夫だよ」
寝起きの第一声は、想像以上に声が出ない。ザ・寝起きの声。
『ご飯に準備もあるしちょっとだけだけど電話したかったの』
やはり寝落ちて電話出来なかったことを申し訳なく思っているのだろう。
人間、いつだって元気なわけがないのだから気にしなくていいのにな。女性なんて男性より特にそうだろう。
「無理しなくていいんだよ。俺より準備の工程とかあるんだから」
『ありがとう。でもね、違くて……私が声を聞きたかったから電話したの』
…………。
思考が一瞬止まった。スマホを落とし掛けた。
『…じゃあ大学でね!』
「えっあ、ありがとうございます…?」
トーク画面に戻ると、先ほど薫ちゃんが送ってくれたスタンプが目に入る。
これは俺が可愛いからと買った猫のスタンプを、彼女が真似をして購入したものだ。
「反則だろ…」
BL漫画の登場人物のようなことを呟きながら、俺は枕に突っ伏した。