銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


「うげ、めっちゃ粉吹いてる。やっぱり加湿器買おうかな」
 キッチンで飲み物を注いでいた真山が何か呟いた。様子を見てみるとガラス戸に映った自分の顔を見て苦い顔をしているようだ。
 振り向いた奴の顔を見ると、眉間と口周りが乾燥で皮剥けを起こしている。
「それぐらい良くね?」
「よくない。君は乾燥しないの?」
「しない。どっちかというとテカる」
「それでデコだしなの? ニキビ対策? センターパートでもないのに思い切ったデコの出し方してると思ったよ」
 ここぞというところで滅茶苦茶ディスってきやがる。このBL漫画の世界がウザ前髪率が多すぎるだけだ。漫画的表現で顔が見えているだけで実際だったら目に刺さって痛いだろ。
 炭酸を注いだコップをテーブルに置くとソファーの後ろに回って、俺と、その隣に座っている薫ちゃんの間に体を乗り出し、ソファーの背に頬杖をつく。
「銀木さん乾燥肌向けのコスメ知らない? 前に脂性多めの混合肌って言ってたよね」
「あるよ。真山くんは何系が好き?」
「赤みが多いから沈静かな〜、敏感肌用であることはマストね」
 薫ちゃんがいつもコスメを買っている通販アプリの画面をマヤセンに見せながら説明する。
 こいつは商業名義では女性だと思われているのでコスメとかスキンケア用品も送られてくるらしいが、あまり合わないとか。いま隣で聞こえる話を要約するとかなりの敏感肌らしい。
 俺はスキンケアなんかも詳しいわけではない。最低限身だしなみとして所謂”清潔感”を保つためにしているだけで、この二人のように熱心さはない。
「これは結構値段するかも」
「確かにねー、効かなかったらやだなあ」
 真山ですら尻込みする値段とは如何なものかと、気になって薫ちゃんに画面を見せてもらうと化粧水一本に五千円と見えた。
「たっか!」
「だよねー。私も兄のを拝借しなかったら絶対買えない」
「実際違うもん?」
「…んもーやばい。私には合ってた。自分では買ないけど」
 バカ高化粧水をごく稀に拝借されているお兄さんには同情だが、恐らく薫ちゃんのビジュがよくなるリターンには俺へのメリットもあると思われるのでスルー。
 だが、真山はガチ目にこの五千円する化粧水を候補に入れているようだ。
「別に誰に見せるわけでもないのにいるのかよ…」
「……」
 水元が言ってはならないことを口にした。俺は無言で正面にいる水元を見たし、隣にいる薫ちゃんもスマホから顔を上げた。
「へー水元くんは自分の肌質が勝ち組の中でもエリートだからそんなことが言えるんだへー何が合う合わないとか考えなくていいんだドラストに売ってる千円行かないぐらいのオールインワンジェルをぺぺっと塗るだけでその程よい保湿感のある肌になるんだへーイケメンってすごいね、粉吹いたり乾燥しすぎて逆にテカってキモって思われないんだへー」
 あーあ。マヤセンの地雷踏んだ。
 水元、流石にこれは謝っといた方がいいぞ。流石の俺でもそこまで言わない。
「……悪かった」
「わかったならよろしい」
 まあ実際に水元の肌質は勝ち組である。BL漫画の住民なのでメンズメイクをしているわけでもなく、当然のように肌キメはオールをしても揺らがないし、清潔感は保たれている。男どころか美容に興味のある女子でも嫉妬対象の域だろう。まさしくこれがBL漫画内の選ばれしイケメン。
「つーか清潔感ってなんだよ。曖昧なパラメータすぎるだろ」
 それは正直俺もあまり理解していない。一般的な女性が主に異性に対して容姿や雰囲気を言い表す”清潔感”という言葉。正直なところ曖昧すぎてわからない。
「いち女性として見解とかある?」
 マヤセンの言葉に薫ちゃんは唸った。眉間に皺を寄せてたっぷり十秒は考える。今度は水元が「やめてやれ」とマヤセンを止めるが、
「……ようは生理的に無理か否かだと思う…オブラートなしで言えばね」
「身も蓋もない…」
 苦渋に満ちた顔での回答。マヤセンの言う通り身も蓋もない。
「どこまでがセーフラインかは個人差あるし、私は全然なんとも思ってないよ。私も冬は乾燥するし」
 薫ちゃんの気遣いが五臓六腑に染み渡る。しかも今回は真山まで浄化された様子。
「あっ、加湿器はポットタイプがおすすめだよ。洗うの楽!」
 彼女はいつもの良い人で通常運転だ。


 ちなみに後日、真山は五千円の化粧水と同じシリーズをセット買いしたらしい。
94/102ページ
スキ