銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


「「あ、」」

 朝にマンションに帰ってきた私は、これから高校に登校するであろう伊織くんと鉢合わせした。
 昨日の夜から彼と飲み歩いて終電を見送り、ホテルに泊まった。それで通勤ラッシュ前に帰ってきた。マンションの前まで見送ってくれた彼とはまた数時間後に大学で会うのに、一抹の寂しさなどを感じていたのだけれど、関わりの深い真面目な年下の男子に朝帰りを見られた羞恥心で全部吹き飛んだ。
「お、おはよう。伊織くん今日早いね」
「おはようございます。そうなんです生徒会で」
 いつも生徒会の仕事に追われていて本当に大変そう。それを大袈裟にしないのもすごい。私は部活ばかりで委員会などには参加していなかったので尊敬する。
「今日お休みなんですか?」
「い、いや〜お昼からで…」
 うーん恥ずかしい。朝帰りなんて今日が初めてなのに、なんで初回で見られちゃうかな。
「そうなんですね、おつかれさまです」
「ありがとう。またね」
 伊織くんが大きなリアクションをしたのは最初だけだったけど、私はともかく彼の沽券にも関わりそうだから、平日に朝に帰るのはやめようって言っとこ……。


 *


「うわ朝帰りだ」
「…うげ」
 身支度中の綾人に見つかった。通勤ラッシュを避けた時間とはいえ、薫ちゃんを家に送り届けてからの帰宅もあり、まだ登校前の弟と鉢合わせした。
 兄に対してあるまじき露骨に汚物を見るような目線を向けてくる。
「あらおかえり、朝ごはんどうする?」
 リビングからミーちゃんを抱っこした母が顔を出す。
「ただいま。んー大学行く前に食べる。ちょっと寝てくるわ」
「お風呂はー?」
「シャワーでいいや」
「じゃあついでにお風呂掃除もお願いね」
「…へーい」
 さすが母、ちゃっかりしている。だが朝帰りの息子に食事まで用意してくれるのだから逆らうわけがない。
 登校前に掃除するのも面倒なので、寝る前にシャワーを浴びるか。
「薫さんをちゃんと送ってきたの?」
「もちろん。そりゃあもう蝶よ花よと丁寧に送り届けましたわ」
「なら授業日に朝帰りもやめなさい」
「……うす」
 ぐうの音も出ない。
 彼女のことはもちろんマンションまで送り届けたが、その前に昨日の終電も丁寧に見送ったからな。
 母の言う通り、女性の方が準備に時間もいるし、今日も昼からとはいえ講義もある。生活リズムが乱れるのも良くない。
 朝帰りは良くないな。うん。


 *


「今日、兄貴が朝に帰ってきたんだよ」
「綾人に兄ちゃんも大胆やなあ」
「ッ…!」
 綾人の言葉に一緒に食事を摂っていた周りが各々反応する。三郷はいつもの通り野次馬的なリアクション。旗野は綾人の兄という言葉に反応を見せたが、東條は少しいずらそうに笑みを浮かべた。柳だけが普通に相槌を打った。
「最近は彼女と付き合っててラブラブですって感じを隠さなくなって腹立つ」
 兄が度々朝帰りをするのは以前からだが、その理由が彼女であるということが綾人には引っ掛かっているようだ。
 周りは、無自覚に兄を慕っている綾人に生暖かい視線を送る。
「夜は帰ってくるとか言ってたくせにさ」
「帰ってきて欲しかったんだね?」
「は、ちげーし。かーちゃんに叱られてもちょっとニヤけてる顔がキモかったから文句言いたいだけだし」
 不満げに弁当を掻き込み、お茶を流し込んだ。



VS朝帰り 延長戦

「普通に母さんに叱られた」
「言ってもらえるうちが花だよ」
 マンション前で一度解散して約五時間後、薫ちゃんと大学で再会を果たす。
 あのあと三時間ほど寝て、シャワーを浴びて風呂掃除。作ってもらった昼食を食べて登校してきたわけだが、おそらく俺と同じぐらいのタイムスケジュールであろう薫ちゃんは朝帰りをしたとは微塵も思わせないほど平常である。むしろ普段よりビジュが良いまである。
「でも、今までも徹マンとかしてたのに叱られたの?」
「どちらかというと授業日に薫ちゃんを朝帰りさせたことにご立腹」
 飲み会などでまたに日を跨いで帰ってくることはあって、そのことに関しても扶養内とはいえ成人した男なので大したことを言われたことはない。
 薫ちゃん本人が良いとは言ってくれたものの、親からしてみればよそ様の大事な娘を、自分の息子がどうにかしてしてしまったとなれば気が気ではないだろう。
 母も薫ちゃんと何度も顔を合わせていて、薫ちゃんが真面目な人というのは知っているし、俺が付き合わせてしまっていると考えるのも当然だ。
「お母さんによく思ってもらえてるみたいで良かった。好きなお菓子聞いといて今度遊びに行く時に持って行くから」
「分かった」
 幸いなことに、薫ちゃんと母はうまくいっているみたいだ。前に家に呼んだ時は一緒に料理も作っていたし。これはBL漫画以前の問題として、のちの嫁姑問題は結婚生活に大きく関わるので全力で俺がフォローしなければならない問題だ。だが今のところ仲は良好のようで安堵である。
「でも私も平日の朝に帰るのは嫌だな」
「えっ、ごめん。お兄さんに言われた?」
 昨夜の時点で帰れない(帰らない)ことは連絡してもらい、了承も得たはずなのだが、やはり今朝に怒られてしまったのだろうか。それは誘った彼氏の俺が悪い。
「お兄ちゃんはむしろ”薫も大人になって…”で逆に感心してたけど、伊織くんと鉢合わせしちゃって恥ずかしかったから」
「それは…恥ずかしいね。うん平日に泊まりは止めとこう」
 家族よりも身近な知り合いの方が恥ずかしいのは良くわかる。
 健全な交際関係の維持のためにも、外的要因のない二人きりだけの場合でも自重は必要だなと肝に銘じた。
93/102ページ
スキ