銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


「銀木さんって最近変わったよね」
「わかる」
 
 なるほど、と俺はその女子らの会話に聞き耳を立てる。幸いにもこちらには気が付いていないようだ。
 以前は俺が主体の雰囲気の変化問題だったが、次は薫ちゃんか。こう言うのは変わったことに男側が負い目を感じて、他の男に相談からのボーイズなラブ。つまり『どうしたん話聞こか?』である。
 俺なんかは溜息を一度ついたぐらいでは余裕で無視されることもあるが、女性でも薫ちゃんのような美形や、イケメンであれば一度の溜息でこの手の輩は大量発生する。なぜ言い切れるかといえば、付き合い始めてからよく言われると本人が言ったからである。全く、ハッピーエンドの作風な癖に男女の破局はアンハッピーには含まれませんってか。解せぬ。

「前までは服装とかも格好いい系だし、髪が短い時の方が似合ってよね」
「しかも最近は遊びも全然だしね〜」
「絶対彼氏の影響だよ。銀木さんは染まらない系だと思ってたのにな」
「てか彼氏誰だっけ?」
「紹介されてないから知らない。滝本くんたちと仲良い人じゃなかったっけ。印象薄い」
「銀木さんならもっとイケメン狙えたのに」

 滅茶苦茶言うなこの二人。今更ショックとかは受けんが、薫ちゃんと一緒にいると、彼女は俺の器用には触れないが好意的に見てくれているのは確かなので感覚麻痺る。しかし綺麗な薔薇の周りに生えている雑草的位置にいる俺の評価としてはこちらが適切だ。BL漫画の世界でなければ東條くんや水元あたりが釣り合うと言われるのも否定しきれない。
 釣り合っていないのは俺が一番よくわかっている。虚しいからわざわざこんなこと考えさせないでくれ。
 しかしだ、このような見え据えたフラグに自ら触れる必要もない。
 俺は薫ちゃんを無理に好みに変えようとは思っていないし(そもそもがすでに好みである)、ファーストピアスの件然り、もし周りに変わったと思われているのであらばそれは彼女本人が望んだ変化であるはずだ。
「どうしたの?」
 ヒョエッ
 噂をすればなんとやら。薫ちゃんご本人の登場である。今日も可愛い、いい香り!
 …どうする。ここにいればあの女子たちの会話は筒抜けだ。俺から言うか?

「なんで付き合い始めたんだろ。脅されてとか?」
「ドラマの見過ぎ! でも確かに接点ないよね学部も違うし」

 声がデカい。薫ちゃんの視線が俺の横をすり抜けて女子たちに向かう。薫ちゃんがきた時点で名前は言っていないので誰の話かは理解していないのが救いか。
「薫ちゃん、いこ」
「う、うん?」
 彼女の肩に手を置き、この場から離れる。
 かと思いきや、薫ちゃんは足を止め、俺が肩に置いた手を落とした。
「いるよね。自分の杓子でしか物事を見れない人」
 女子二人の大声に被せるように薫ちゃんは言葉を発した。相手らがこちらに気が付いて顔を強張らせる。空気も一気に冷え切る。
「ごめんねあなた達の思う理想の私でなくて」
 語気は優しげではあるものの、声色も表情も何処となく冷ややかで申し訳なさは全くなかった。
「行こう」
 今度は薫ちゃんから俺の手をとってその場から退散した。

「あそこまで言っちゃってよかったの?」
「何が? 本心だし。というかあの二人そこまで仲良くないよ」
 あー駄目だ。怒っている。俺に向けて喋っているのでいつもの彼女ではあるものの、恐らく彼女の中でムカつくものが込み上がっているに違いない。そんな複雑な声色をしている。
「私の意思を都合よく解釈されるのも嫌いだけど、──くんを侮辱されることが一番嫌なの」
 大仰な言い方ではあるが茶化すことはできない。冗談が通じないタイプということではないが、これは冗談で終わらせてはいけないものだ。
 薫ちゃんは、俺が思っている以上に俺のことを尊重してくれている。俺がBL漫画の世界だから、モブとして雑に扱われることに慣れて享受していることにも、薫ちゃんはいい顔をしない。
 ごく普通の人間として、尊厳を守ろうとしてくれているのだ。
「ありがとう。薫ちゃんがそう思ってくれるだけで俺は十分だよ」
 以前まではだた気にしていないと言うだけだった。それは変わらない事実である。でもそれだけでは薫ちゃんは満足してくれないだろう。薫ちゃんが俺を尊重してくれるなら、俺も彼女の意思を尊重するべきだ。そのために言葉を尽くす。
「自分を大切にね」
「すげー大切にしてるよ。俺のフラグ回避への執念知ってるでしょ」
 目を丸くしたあと薫ちゃんは吹き出して笑う。握られた手に更に力が込められた。
 彼女の受ける授業がある講義室まで送ったところで手を離すのがとても名残惜しくなってしまった。
「またあとでね」
 泣く泣く離した手がそのまま俺に向かって振られる。
 確かに、強いて言うならわずかな外見の変化はあるのかもしれない。俺が気がついていないだけで更に可愛さ美しさに磨きをかけたりしているのかのしれない。しかし薫ちゃんの本質、裏のない明るさや、生来の人の良さはこれからも何人たりとも変えられないし、失わせない。そう強く思う。
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