銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


 件の小僧と遭遇して以降、俺に直接BL漫画的フラグが降りかかる回数は減っていたのだが、薫ちゃんと付き合い始め、明確にNOの示してからというもの、再びフラグとの遭遇率が増したように思える。
 と言っても以前と完全に同じと言うわけではない。つまりは傾向が交際する恋人のいないフリー男用から、異性の恋人がいる仕様に変わった。
 土産の肉まんがある時ない時、みたいな切り替わりだが俺の属性がただのモブから、激マブ彼女がいるモブになったらのだからそこは致し方ない。
 で、いま俺が一番困っている事案が雰囲気の変化である。
 聞いたことはないだろうか。女性はセックスを一度体感すると垢抜けたり今までなかった色気を持つようになる。
 ここはBL漫画の世界なのでそのほぼプラシーボと言えるような効果が俺に表れているらしいのだ。
「おはよう。今日は一限目一緒だね。課題ちゃんとした?」
「おはよ。もちろん課題はしたよ。徹夜で」
「寝なきゃダメじゃん」
 今日も薫ちゃんは愛らしく笑う。この笑顔を見ているとここがBL漫画の世界であることを忘れそうになるぐらいにはセラピーの効果があるのだが、このリラックス効果を人まで受けることも多少の原因となっている。

「前の気怠げな感じも良かったけど、彼女の前だとあんな顔するんだな」
「あんな背、高かったんだ…」

 これ。つまりは一人チキンレースである。こういった口に出てしまっているタイプでもBL漫画の登場人物は聞こえていないもしくは口に出ていないと思っているし、相手側も都合よく聞こえていないものだ。俺は滅茶苦茶聞こえてるけど。最初聞いた時は正直聞こえなかった方が幸せだと思った。
 全く興味のない人間に”そういう目”で見られていると言うのは気分の良いことではない。
 というか後ろにつくな。怖いんだが普通に。
「……」
「薫ちゃん?」
 笑っていた薫ちゃんが唐突に無表情になる。もしかして、今の彼女にも聞こえたのだろうか。
 彼女が激マブであることは変わらないが、この世界の秩序そのものが女性をモブという位置に置いている。こういうのは口にした本人の中だけで完結するか、あるいは第三者であれば聞いていることもあるかもしれないが。
「…あんまりしたくはなかったんだけど」
 溜息をついたあと、自分の腕を俺の腕に絡めた。
「…」
「っ!」
 はわ。おっぱい柔。…ではなくて。
 薫ちゃんが俺を見上げる角度のまま、目だけを動かして俺の後ろについてきている一人チキンレース男を一瞥する。
 もしかしてこれは、俗に言う周りを牽制する攻め側の一と睨みというやつか。今まで薔薇の周りにいる雑草をしてきたので分かる。勘違いで敵意剥き出しで睨まれたこともある。
 イカつい男からでなくても効くものとは思っていなかったのだが、薫ちゃんの睨みつけるは相手に効果があったようで、脱兎の如く人混みの中に消えていった。彼女、真顔の目つき結構鋭いもんな。人は異性の顔の要素を持つを美形になるというが、薫ちゃんは真顔でいる時の眼差しに凛々しさがある。それが吊った目尻の印象も相待ってキツいように見えるのだ。
「ありがとう…でも薫ちゃん、それどこで覚えたの」
「水元くんが『とりあえずガンつけとけば大抵いける』って」
 真顔から一気に表情が華やぐ。切り替えの速さ、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。可愛い。
 つか、水元のその美形にしか適用されないアドバイス有効なのかよ。しかも読心で心が読める水元だからノーリスクだが、それがなくて性別すら違う薫ちゃんがそれをしたら最悪もっと拙い方向に行くだろ。
「薫ちゃんにヘイトが向いちゃうから次からはやめてね」
「わかった。でも心配。私も、良い気はしないし」
 心配してくれているのは嬉しい。だが、薫ちゃんと交際を始めた時点である程度想定される事態はすでに参考書で予習済みだ。
 今回の雰囲気の変化問題に関しても、驚きはしたが想定外ではない。
 
 
 *


『それで薫ちゃんが』
『薫ちゃんがさー』
『これ薫ちゃん好きかも、』
『薫ちゃんが、』

「お前本当に彼女のこと好きだな」
「当たりまえでだが??」
 ひたすらに話題を彼女のあげ続け、彼女好きどころがうざいレベルにする。中途半端なアピールだと対抗心を煽られかねないが、告白小僧の時でも思ったが世界自体がハッピーエンドな作風があるため、強行突破してこようとする輩はいないように思う。なので半端なくアピールをしていれば、たとえ横恋慕野郎が沸いても、その男に横恋慕する男が掻っ攫ってくれるに違いない。
 失恋は次の恋の前振り。俺の存在はあの一人チキンレース男と今は知らぬ男との関係が生まれるためのスパイスとなるだろう。

「あんな男のことオレが忘れさせてやる」
「…でも!」

 忘れられるような思い出もないが、計画通り。
 大学内の公序良俗の乱れに目を瞑れば。
 いくら人通りのない校舎裏とはいえ。いや、このBL漫画の世界では余計なお世話か。
「悪いかお」
 小さくしゃがみ込んで一緒に壁裏に隠れていた薫ちゃんが呟く。
「え、嫌?」
「うんん。悪いことしたわけじゃないし。私の話題をいろんなところで喋ってたのは恥ずかしかったけど」
「それはごめん」
 二人の声が遠ざかっていく。
 ならがば俺たちもここにいる理由はもうない。立ちあがろうとすると名前を呼ばれて、視線を薫ちゃんへ戻す。
 しゃがみ込んみ曲げた膝の上で腕を組んでいる彼女。その腕に顎を乗せ首を傾ける。角度によって高さに差が生まれ俺を上目遣いに見つめる。
「私は──くんの味方だからね」
 しゃがんだまま、小さく足を動かして俺に身を寄せる。
 甘い救いの言葉につい息を呑む。
 嬉しい。俺にとっての救いで、唯一完全な味方。俺のことを好きでいてくれる”女の子”。
「いこ」
「うん…あ、やべ」
 立ちあがろうとすると足が痺れて立ち上がれない。
「あははっ、手貸そうか?」
「はっず」
 他の野郎の前では格好つかなくて全然良いから、薫ちゃんの前でぐらい格好つかせてほしいんだけど、駄目すっかね。
 …あーでも、こうやって触れられるのは嬉しいな。
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