銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


「薫さんおはようございます」
「おはよう伊織くん。土曜日に制服?」
「そうなんです。生徒会で集まりがあって」
 朝。バイトに向かうために家から出るとお隣さんも同タイミングで外出をするようだ。
 お隣の東條伊織くんは高校三年生。ご家族が越してきてから年もそこまで離れていないこともあって仲良しになった。物腰柔らかで、年下だけど私より落ち着いてると思う時がある。
「薫さんはお出かけですか?」
「バイト。その後──くんが迎えにきてくれて出かける予定だよ」
「いいですね」
 恋人の彼と、東條くんは面識がある。彼の弟である綾人くんと同じ高校で親友。家にもよく遊びに行っていて、以前に一緒にお邪魔したことがある。
「最寄りまで一緒に行きましょう」
「うん」
 私が高校生の時は登下校の時間が合うことは殆どなくて一番関わりが薄かった。けど最近になってまたよく顔を見るようになった。今みたいに同じ路線の電車で通学しているから最寄りまで一緒に歩くこともある。そんな時に話す話題は、彼の家の愛犬おもちちゃんの話とか、美味しいスイーツの話とか。
「この前教えてもらったケーキ屋さん、すごく美味しかったよ」
「よかったです。そういえば今度、駅前に期間限定でパティスリーの出店来るみたいですよ」
 彼ってどこからこういう情報を仕入れているんだろう? クラスの人から聞くのかな。
「それも楽しみだね」
「ええ」
 最寄り駅に到着した。駅は一緒だけど方向は違うので改札を通って別れる。
 手を振ると彼も爽やかに笑って手を振り返してくれた。

 夜。
 夕方にバイトをあがって、迎えに来てくれた彼の車で夕飯を食べに行く。
「今日ね、朝に伊織くんに会ってね、またスイーツのお店教えてもらったの」
「へえ、彼本当にいろんなとこ知ってんのな。うちに持ってくる土産のセンスいいし」
 入ったのはカツ丼が有名なお店。車移動だからお酒は飲めないけど、その代わりお米が美味しいお店を選んだ。
 注文を終えて待っている間に、伊織くんに会ったことやバイトでのことを喋る。私が話している間は、私の目を見て相槌を打って目元が緩んだ。大学とか、外出先ではいつもそう笑う。
 逆に何してたかと聞くと、今日は本当に何もしてなかったらしく、昼近くに起きてミーコちゃんと戯れながら夕方まで時間を潰していたらしい。
「またミーコちゃんに会いたいなあ」
「いいよ。会いにきて」
 毛並みの綺麗な白いシルエットを思い浮かべながら呟くと、彼はまるで自分ごとのように嬉しそうに言う。


 *


 眼福とはこう言うことを指す。
「ミーコちゃん、猫じゃらしで遊ぼっか〜?」
「なーん」
 大好きな彼女✖️愛猫、これ以上の組み合わせはない。薫ちゃんがミーコに対し優しく接してくれているのも嬉しいが、それよりもミーコの方が薫ちゃんに懐いていることが嬉しい。飼い主より遊んでくれている気がして複雑ではあるが、嫌われて嫌厭されてしまったらストレス等も考慮して家にも呼びづらくなってしまう。
 そのような心配もなく、猫の下僕は彼女と戯れている様子を写真に撮るので忙しい。実際に俺は好きな一人と一匹に構われていないのに望外の喜びを感じている。
「…ただいまー」
 俺の天国を邪魔する奴が帰ってきた。今日もまたいつメンを連れてのご帰宅か? 小僧がいると少々面倒だ。
「…あ、薫さんこんちは」
「綾人くんこんにちは。お邪魔してます」
「はい」
 リビングにやってきた綾人は一人だった。他に騒がしさもないし今日は大人しく一人で帰宅したようだ。俺としては大変助かる。
 それにしても薫ちゃんがこんなにニコニコ愛想よく挨拶しているというのに、お前はまだ内弁慶発揮してんのか。まあベタベタされるよりはいいとしよう。
「…はあ。兄貴、母さんは?」
 溜息でか。つーかテンション低いな。むしろ薫ちゃんがいるからいつもの露骨な不機嫌になり切っていないと見える。ほーん…さては東條くんと痴話喧嘩でもしたとか、そんなところだろう。
「買い物。そろそろ帰ってくるとは思うけど」
 適当に返事をして部屋に行こうと二階に向かう綾人を薫ちゃんが引き留めた。
「お土産にケーキ買ってきたの。綾人くんはチーズ大丈夫?」
「大丈夫、です」
「良かった。バスクチーズケーキ買ってきたから食べてね」
 小さい声で返事をして、一度部屋に荷物を置くために階段を上がっていった。
「高校生って難しい…嫌がられてるわけじゃなさそうだけど……」
 腕を組みながら顎に手を当てて考え込む仕草。そりゃ、今まで薫ちゃんが関わってきた高校生といえばハイスペな東條くんなわけで、うちの平凡愚弟と比べるべくもない。
 あとうちは男兄弟で、女性は母だけなわけだし単純に年上の女性に慣れていないだけだろう。学校でもボーイズなラブをしていたら女子と関わることは多くないと思われる。
「ちょうだい。俺が持って行くわ。ミーコと遊んでて」
「うん、わかった」
 足元に擦り寄って来るミーコの喉元を軽く掻く。離れようと思った時に限って寄って来てくれるがもう本当に猫の可愛いところだ。
 薫ちゃんからケーキの乗った皿を受け取り、名残惜しいがミーちゃんから離れて弟の部屋に向かう。
 綾人は、自分は部屋のノックをしないくせに、俺がしないと怒る面倒な奴なのでしゃーなしノックをして声をかける。
「綾人、行ってたケーキ持ってきたぞ」
「……おう」
 制服と部屋着の中間みたいな格好の綾人が部屋から姿を現す。
 特に何もなく綾人はケーキを受け取るが、何か言いたげにしている。このBL漫画の世界において兄弟BLなどという悍ましいものは存在してはいるものの、この愚弟にはすでにハイスペ彼氏がいる。しかも十中八九その彼氏との勘違いから来る痴話喧嘩イベントだと思われるので、ここはモブ兄らしく適当な助言か、助け舟を出すか。
「お前、なんかあった?」
「な、何もねーよ、何だよ…急に」
 露骨。言動に出過ぎだ。もう少し身内に隠す努力をしろよお前。
「……あのさ、薫さんってオレと身長同じぐらいか?」
「お前いくつだっけ」
「168」
「一緒だと思うけど?」
 綾人は眉間に皺を寄せる。薫ちゃんは靴で多少身長が変わるので何ともいえないが、少なくもと素の身長はコイツと数値は一緒だ。
「土曜に東條が年上の女性と歩いてたって学校で噂になってて」
「へー、てか悩む要素なくね? 親友なんだったら直接聞けよ」
「東條のファンクラブが盛り上がってるだけで本人まで話が回ってるわけじゃないんだよ…! 急に聞いたら変だろ」
 今ので現在の綾人の状況が大体理解出来た。
 土曜日といえば、薫ちゃんがバイト前に東條くんとマンションから最寄りまで歩いたと聞いた日に一致している。
 その様子を見かけた東條くんのファンクラブの誰かが、綾人を含む特定多数に噂として広めているのだろう。うん、BL漫画でよく見るヤツだな。これで転けそうなところを抱き止めたり、目にゴミが入っているのを取ろうとしているところを見られていたら完璧だ。いやよくないけど。
「近い距離でスマホを一緒に見てたとか、別れ際に名残惜しそうに手を振りあってたとか…聞いたっていうか……」
 弟カップルの勘違いイベントを遂行しつつ、深く関わりすぎない、賑やし女友達ポジが相変わらず上手すぎる。これを薫ちゃんは天然で世界の強制力によって行なっているのだからすごい。俺にもギリ言わなくていい範疇と言える。名残惜しそうに手を振っているはどうしても見たファンの思考に引っ張られているように思うが。
「それがお前と同じぐらいの背丈の女性ってこと?」
「聞いた話では」
「うん、土曜は確かに出かける時間が同じで、一緒に歩いたとは言ってたな」
 俺の言葉にホッと、帰宅した時よりデカい溜息が溢れる。今度は安堵の溜息だろうがな。
「お前、それ確認してどうすんだよ」
「べっ別にいいだろっ…気になったんだからっ…親友に彼女いたら、ほら…気使うしっ!?」
 この文章は『恋人が異性と歩いてたことを教えてくれなかったから気になった』で通じます。
 以前に俺も、薫ちゃんが東條くんと距離が近かったのも、お隣さんの距離感を理解する前だったので、分からなくはない。兄弟揃って何やってんだろうな本当。自己評価の低さとか兄弟で似なくていいんだよ。お互い恋人がハイスペックで釣り合いとか気にするのも良く分かるが。
「あーっそ。じゃケーキ渡したから」
「おう…」
「因みにこのケーキ、東條くんからのおすすめで買ったらしい」
「へ、へー」
 次降りて来るときは、その微妙に上がった口角をしまってから来いよ。
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