銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
日頃薫ちゃんに向かって可愛いを連呼している俺だが、客観視して彼女は美人の部類だ。
無表情の表情は、切れ長で釣り上がった目の形も相まってキツく見える場面もあるが、それらは全て彼女の表情で鳴りを顰める。そう、彼女はとても表情豊かなのだ。平素より退屈そうな顔をしていると言われる俺と比べるまでもない。そのコロコロと移り変わる表情が可愛くて可愛くて、それが土台にあるので普段から可愛いを連呼してしまうわけだ。
「…うーん」
今で言うと近所のケーキ屋でどれにするか選んでいる瞬間ですら可愛い。なんだその片方だけ頬を膨らませたあざとい顔は、齧るぞ。
目の前には数種類ナッツが乗ったタルト。今日はこれのためにこの店に来た。以前に東條くんから感想を聞いて食べたかったらしい。もう一つは彼女の好物であるマスカットの乗ったフルーツケーキ。
でショーケースの前でどちらにするか悩み続けているわけだが、そろそろ決めてしまいたい。今日は薫ちゃんの家で映画を三本見る予定だ。帰宅時間は決めていないが、今日は彼女のお兄さんもいるし長いはしたくない。
「薫ちゃん」
「ごめん今決める」
真剣な顔もなんでこんなに可愛いんですかね、俺が困っちゃうんだが。
「いやそうじゃなくて、何もケーキは一日一個じゃなくてもいいんだからさ」
そう言うと薫ちゃんは雷を受けたように口をぽかんと開けて目を見開いた。まさに青天の霹靂というやつか。
俺が片方を選んでシェアするのもアリだったが、今回は俺も食べたいケーキがあったので、俺も二つ買う。
「そっか…確かに、考えたことなかった」
真面目すぎるこの子。
「特に言われてたわけじゃないけど、そっか…なるほどね」
以前に、気落ちしていた薫ちゃんを夜のドライブに連れ出したことがあったが、その時も彼女は『夜中から出かけるっていう思考はなかった』と言っていたことを思い出す。うちは男兄弟ということもあるが、俺も弟も放任傾向にあるので、本当にこういう細かなところに薫ちゃんがどれだけ大事にされてきたかというのを感じ取ることができる。
「俺も今日は二つ食べたいし」
「えへへ」
えーかわいい。ものすごくニコニコで輝いて見える。薫ちゃんは笑うと眉が下がってハの字になるのだが、それがとても良い。
無事にケーキを購入して薫ちゃんの住むマンションに到着。
箱から慎重にケーキを取り出し、アンティーク調の白い皿に乗せる。カトラリーも食器に似合うアンティークで、装飾が凝っている。
余程二つ買ったことが嬉しかったのか、滅多に食事の写真を撮らない薫ちゃんはウキウキで写真を撮影をしている。ダイニングテーブルに向かい合って座ったので画角的に俺の買ったケーキと手元などが映っているので、出来心でピースしてみた。
「いいね〜、──くんもノリノリだね〜」
「まあね?」
薫ちゃんが楽しそうで、俺も楽しいからな。
一枚はそのままの画角。二枚目は少し引いて撮ったようだ。
すぐに撮影を終えると紅茶を淹れた。ケーキが甘いのでミルクだけで砂糖はなし。
「いただきます」
「いただきますー!」
頬を限界まで緩めた薫ちゃんがまずナッツタルトを一口。咀嚼してすぐ「おいし!」と声が上がった。目を輝かせて頬に手を添える。
続いてマスカットのケーキにも食指を伸ばす。これもまた幸せそうに食している。可愛い。目尻が垂れ細まっていた目はもはや閉じる勢いだ。
「本当に美味しい、また今度買いに行こ」
「うん確かに美味い」
俺が買った抹茶のケーキとチョコケーキもかなり美味しい。他にも種類があったので色々試せそうだ。
さて、ティータイムを楽しんだので、次は映画を鑑賞する。
この家の魔境、座ると高確率で寝てしまうソファーに二人で腰掛けた。このソファーが本当にとんでもない座り心地で深く腰掛けなくても沈み込んでしまい熟睡に誘われる。何度か今日みたいに映画を見ているがすでに二回ほど敗北している。
「今日はアクションすごい映画だから寝ないよ」
「うん、頑張ろ」
三部作だし、少しでも寝てしまったら詰む。そのために紅茶も飲んでカフェインを摂取したのだから多分いける。
一作品目終了。三部作の一作目なので情報量も多すぎない。だが画面の動きが激しいので見ていられたし、そしてアクション重視で宣伝されていた割にストーリーもかなり面白い。これはかなり当たりだろう。
そして映画は二作品目の中盤に差し掛かる。
「……っ」
隣の薫ちゃんが息を呑むのが聞こえた。
物語は一つのどんでん返しが起こる。作中で敵だとされていた人物の過去シーン。それだけならまあよくある流れだがその内容。
『自らの幸福が誰かの幸福とは限らない? 知ったことじゃない、誰もが自分が一番幸福でありたいと思っている』
『僕は奪われたものを取り戻すためにいる。誰もが平等に、幸福に暮らせる世界なんてない』
『愛したかった人がいた。愛されたかった人がいた。それはもう過去のはなし』
荒唐無稽な世界で、人の死が身近にある物語の登場人物。世界観を理解することは出来ても現実味はなかったのだが、今まで淡々と話していた敵役が吐露した感情は、とても身近にあるような気がした。
『──最初から僕にはなかったんだよ』
淡々と呟かれる言葉。慟哭などではなく静かに涙を流すキャラクター。
ふと隣を見ると薫ちゃんも同じように涙を流していた。
驚いた。付き合ってきてこれまで薫ちゃんが泣いているところを見たことがない。初夜ですら泣いたの俺だけだったのに。いやそんなことはどうでもいい、ポケットからハンカチを取り出して、声はかけずに差し出した。
俺の方を向き瞬きをすると大粒の涙が溢れていった。すごく酷い男だと思うので口には出さないが、そんな表情すら綺麗で可愛くて、愛おしい。
「…ありがと」
お礼はとても小さい声だった。ハンカチの端を僅かに目に当てて涙を吸わせる。そのまま目元に当て続ける。すん、と鼻がなり啜り泣くのが聞こえてきた。
俺は、そんな彼女の肩を抱いて肩口を撫でた。
「久しぶりに泣いた…」
「泣いたところをそもそも初めて見た」
「…そんなことないと思うけど」
「ないよ」
三作目を見る前に休憩。
涙は止まったものの、目元は潤み赤らんだままだ。
衝動的に可愛いと思ってしまったものの、笑いすぎて泣いたとかとかではないのでやはり胸にくるものがある。
「よしよし」
「……恥ずかしい」
髪をそっと撫でると、薫ちゃんは恥ずかしさからか顔を逸らした。しかしすぐに上目遣いに視線をこちらに向けた。
「どうせなら胸貸して」
「いいよ」
頼られたら応えるしかない。腕を広げると彼女はすぐに包まれにきた。そっと力をこめると彼女も抱きしめ返してくれる。
普段のハグとは少し違って身を少し小さくして、本当に腕の中に収まるかのような状態。一定の間隔で背中をポンポンと優しく叩くと、彼女はさらに顔というか頭を押し付けてくる。
「…落ち着いた?」
「落ち着いてるよ」
顔を上げた薫ちゃんは、僅かに口元を緩めて微笑んだ。目元も少し赤いが潤んだ感じは収まっていた。
やはり、笑った表情の方が好い。
「続き観よう。早くしないとお兄さん帰ってきちゃうし」
「兄に泣いた顔を見られるのは嫌だ」
「でしょ?」
「あぁ、でも──くんが泣かしたって思われるかもね」
「それは…怖いな……」
せっかく頻繁のお家デートを許されるぐらいの信用を得られているのに、恐ろしいことを言う。
「早く観よ」
その後、結局薫ちゃんは貸したハンカチをべしょべしょにしてしまい、洗濯して返すと俺に約束てくれた。
結局お兄さんの帰宅の方が早く、目撃されてしまったが誤解は回避に成功したので無問題である。薫ちゃんはお兄さんにめちゃくちゃ文句言ってたけど。