銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


 目が醒めるとすぐ前に彼の頭が見えた。
 珍しい。大抵は起きた時も彼の腕の中だから寝相で変わったのかもしれない。
「……」
 首がちょうど視線の先にあり自然とそこを眺める。起きたてで、まだ頭が働かずにぼーっとしているに近いかも。
 彼は細い。私よりだいたい10cm身長が高いのに体重は2・3kgしか変わらない。体格も、私が見慣れている男性である兄が人並みより鍛えているという点を除いても細い方だろう。
 鍛えた方がいいとは思わないし、太った方がいいとも思わないけれど、たまにどうしようもなく彼の輪郭をなぞりたくなる。
 暖かい布団の中から手を出すと部屋の中は外のように寒かった。指先が冷える前に手を伸ばす。
 人差し指から中指薬指で首筋をなぞり、首の裏を親指が触れる。
 脈拍を感じる。
 生きてる。
 自分でして馬鹿馬鹿しいが、無駄にしか思えない確認でさえ時には必要。嗜好品と一緒、ということにしておこう。手を彼の首から離して少し遠い彼の背中に擦り付いた。暖かくて安心する。
「……ちゅ」
 首の裏、すなわち頸に軽くキスをする。
「んっ…」
 彼の身体が大きく跳ね上がった。
 私は咄嗟に彼の背中を押して自分の身体を遠ざけた。
「びっくりした…」
「…」
「それはダメでしょ」
「……」
「その狸寝入りは無理あると思うな、俺」
「………」
 起きてた。またやっちゃった…もうこれから私が起きてる時は彼も起きてるものと考えよ。
 きゅっと強く目を瞑って確実性はないけど、目の前で人が蠢き態勢を変えた。多分彼がこっちに向き直った。
「薫ちゃん起きて」
「…」
「かおるちゃん」
「……」
「薫」
「………」
「るーちゃ、もご」
 ”るーちゃん”は許さない。目を閉じたまま聞こえてくる声の距離と感覚で彼の口を塞いだけどちゃんと塞げたみたい。
「るーちゃんはだめ」
「ごめんね。でも薫ちゃんもダメだと思う」
 そりゃ出来心だけど。
 目を開けられず小さく丸くなると彼が抱きしめてきた。
「可愛すぎてダメ。ね、目開けて」
「やだ」
「やだじゃない」
「いや」
「いやでもないよね?」
 最近、彼は結構強気だ。少し前まではやりすぎなぐらい低姿勢に伺ってくるかのような、本当に割れ物に触れるような扱いだった。
 …確かに、私が自分でそれはやりすぎって言ったけど、最近の彼は私の反応を見て楽しんでいる。それは恥ずかしい。
 抱きしめられて、耳元で甘く囁かれて、嫌じゃない身体のゾワつき。
「怒ってる…?」
「なんで俺が怒るの」
 心地の良い、低い笑い声。彼の返答を聞いて私はゆっくり目を開ける。力を入れて目を瞑っていたせいで視界が元に戻るまでまた数秒時間がかかった。
 ようやっと視界が開けて目が合うと、普段は吊った彼の目元が緩んで微笑む。
「おはよ」
「おはよう」
 彼の大きな手が私の頬を撫でていく。頬から首、鎖骨と降りてTシャツの襟ぐりから中に滑り込んでナイトブラの肩紐までいく。脱がすのではなく肩口までズレていたのを定位置へ戻してくれた。
「あ、りがと…」
「寝起きから目に毒すぎる…」
「見てたの?」
「そりゃ見るでしょ」
 昨日散々見てアレコレしてたというにまだ見足りないと言うか。恥ずかしくて胸板に拳をぐりぐりと押し付けると、やめさせるようにまた一段と強く抱きしめられた。彼の胸板に当たって私の胸が潰れる。
「やわ」
「へんたい」
「頸にキスも変態チックだと思いますよおねーさん」
「ぐぬ」
 首を鳴らした不平を漏らすと、今度は口を塞ぎにやってくる。細かくリップ音を鳴らすのはさっきの私のキスへの当てつけか。
 短く、角度を変えて何度もキスを繰り返す。それがいい、気持ちが良い。
「ひゃっ…えっ…?」
 唇同士でキスをしていたはずなのに彼の唇は私の首を食んでいる。歯を立てるというよりは唇で優しく挟む甘噛みだ。
 驚きで放心してると彼が満足そうに笑う。
「目瞑るからだよ」
「キス中は目閉じるでしょっ、もしかして普段も目開けてるの⁉︎ 変態っどすけべッ…人のキス顔見て面白いかっ」
「ごめんごめん、いつもじゃないよ。可愛いからたまに見ちゃうだけ」
 たまに見てるってこと、今回が初めてじゃないってこと。その事実だけで恥ずかしい。
「ずるい…」
「…だから俺が怒る理由ないって言ったでしょ」
「そういう意味とは思わないじゃん」
「ごめんね?」
「ずるいから私もたまに目開けて見ちゃうもんね。──くんがキスしてる顔見るから」
「ん? いや、良いけど…え、見たいんだ…」
「見られてるかも、って恥ずかしくなればいいんだ」
 言いつつも今の私がずっと恥ずかしい。だから彼の胸板に顔を押し付けて表情を隠す。
 そうしていると彼の鼓動が早くなっていく。
 気になって顔を上げると彼は両手で顔を隠していたけれど、隠しきれていない耳が真っ赤になっていた。
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