銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


 十二月二十四日、並び二十五日。これまでの人生、幾二十年と少しだが今年のクリスマスほど浮かれたことはない。
 普段であれば街頭で捌ききれないケーキをマッチ売りの少女のように必死で売ったり、BL的フラグに遭遇しないように室内系の単発バイトを行うなどしてお茶を濁していたが、今年は、いやこれからは彼女と過ごす日となったのだ。
「お待たせ、寒いのに待たせてごめんねっ」
「早めに来ただけだから大丈夫だよ」
 待ち人来たる。薫ちゃんのためなら年末の寒空の下でも全く苦ではない。
「可愛い〜、ロングスカートも似合うなんて逆に似合わない服装が知りたい。俺はないと思う」
「全然あるよ…ありがとう。──くんもかっこいいよ」
 困ったように言いながらも悪い気はしていないように薫ちゃんは微笑む。
 レザー質感のジッパーでスリットが入っているタイプのタイトなロングスカート。色が黒で雰囲気が締まって見えるし、透けているように見えるタイツととても相性がいい。ワインレッドのニットと、ショート丈のアウターも合わさって雰囲気的にはかっこいいに寄っているがやはり薫ちゃんは可愛い。それにちゃんと着込んでいるのにスタイルの良さが良くわかる。
「クリスマスマーケットはみんなで来ても良かったかもね」
「あいつらも含むなら来年は別日かな。というかそれでも来ないと思うけど」
 薫ちゃんの指す「みんな」は真山と水元のことである。二人きりのクリスマスデートではあるが、当初の予定では四人で出かけるか宅飲みを計画していた。が、真山の年末進行(原稿)により開催は不可、水元も超能力から人の多い場所は難色を示し出費を抑えたいからと却下。
 最終的に二人で夜からデートとホテルでお泊まりというプランになった。
 修羅場中の真山に『性の六時間楽しんで』と余計なお世話を焼かれたのでその通りにしようと思う。
「十二月中はいろんなところでやってるからね。イブは二人が良いのは同感だけど」
 細められた目にドキドキする。可愛いだけじゃなくて今日の薫ちゃんは色気もすごい。気合い入ってる。
 手を繋いで目的地へ足を進める。今日のデートは薫ちゃんの案でクリスマスマーケットと同会場で行われているイルミネーションを見ることだ。クリスマスマーケットは薫ちゃんは部活の休みを見つけて家族で行くほどの恒例だそうで、家族との団欒の思い出に俺との思い出を加えてくれるのはとても嬉しい。
「ご両親との写真良かったよ。やっぱり一回会った方がいいかな」
 普段は海外にて仕事をしている薫ちゃんのご両親だがホリデー期間には帰国するのが通例だという。今年は少し遅い十二月半ばに帰国したらしい。その後すぐ家族で行った別の場所のクリスマスマーケットでの写真を俺に送ってくれたのだ。
 家族写真は見たことがあるが、最新のものではなかった。とはいえ流石は二十年来の幼馴染とボーイズなラブをしている男を持つ家系。俺の両親と同じ年代のはずなのだがものすごく若く見えるし、コピペ顔の男系一家とは違いご母堂の顔はぼやけて分からないもののご尊父ともに美形であることは確かだった。
 将来的には同棲、結婚を考えている以上、ご両親にはよく思われたい。
「二人も会いたがってるけど、お兄ちゃんがそろそろカミングアウトしてきそうだからタイミングがなあ…」
「年明け後はいつまで?」
「中旬まで居るよ。年明けで会えるか日程考えようか」
「うん、大学が始まるまでで考えよ」
 薫ちゃんのお兄さんは幼馴染の男性とカップルが成立している。家族の誰にも打ち明けていないのだが、さすがにそろそろカミングアウトしてくるのではないかと薫ちゃんはにらんでいるらしい。さすがに話し合いがあるだろうし、俺がその直前にお邪魔して挨拶するのは迷惑になるだろうから、少し時間を空けた方が良いだろうという考えだ。

 閑話休題。薫ちゃんと街中のクリスマスマーケットにやってきた。
 俺はこう言った場所にあまりきたことがないので、毎年いろんなクリスマスマーケットに赴いている薫ちゃんに聞いてみる。
「普通にショッピングしたりイルミネーションをみるだけでも楽しいけど、私はね〜」
 すると薫ちゃんは繋いでいた手を引いてある場所に俺を連れて行く。ヒュッテという木造の屋台の道と人を分け入って見えてきたものに俺は目を丸くした。柵に囲われた場所で大勢が歩くのではなく滑っている。あれは、スケートリンクだ。
「滑るの?」
「うん。滑れる?」
「ないことはないけど、普通にずっこける自信しかない」
「このリンク、樹脂製らしいから転けても濡れないよ」
 薫ちゃんが指を指したのは『このスケートリンクは氷を使っていない樹脂性スケートリンクです』の貼り紙。
 まあ俺の言いたい問題はリンクの素材の話ではなく、滑べる方の問題だ。俺は正直運動は得意ではないし運痴には自覚がある。運動神経がよく滑れる薫ちゃん前でずっこけたりなど醜態を晒す可能性がある、単純に恥ずかしい。
「滑れなくても大丈夫。私が教えてあげる」
 目を細めて笑う薫ちゃんに身体は素直についていく。
 靴を履き替えて立ち上がる時点でだいぶふらつくが、リンクに足を置いた時点でダメかもしれんと察した。
「斜めに足を出して、ペンギン歩きみたいな」
 手すりを持って進む俺に薫ちゃんが足の出し方を見せてくれる。斜め前に足を交互に出して押すイメージ。とはいうものの、俺の足は完全に棒である。下手に曲げたら転びそう。
「大丈夫滑れてるよ」
 俺の腕に薫ちゃんの腕が絡んで誘導してくれている。彼女の足の動きをよく見て真似ると確かに引っかからずに滑べることができた。
「真ん中の方いく?」
「いやいい怖い」
「あはは怖がり」
 支えてもらっているがいる滑って転けるか分からない状態だ。普通の地面なら転けるのは俺一人だがこのスケートリンクの上だと薫ちゃんも一緒に転けてしまうだろう。怪我をしてしまうかもしれないし、それは避けたい。
 とはいえ、こういう遊びで身体を動かすことが楽しくないわけではないし、薫ちゃんも出来るようになったら楽しいんだよと言ってくれた。
「毎年練習しよ!」
「年一は忘れるって…」
「あはははっ」
 三十分ほど滑ってスケートは終わり。普通の靴に履き替えた時の足裏の違和感がものすごくある。
「膝が笑ってる…」
「お腹すいた?」
「すいた」
「じゃあホットワイン飲んでチキン食べよ」
 休憩所になっておりイルミネーションが座りながら見れる場所で、屋台で買ったホットワインとローストチキンを食す。食べやすいようにカットされているチキンと、スパイスや輪切りのレモンとオレンジが入ったホットワイン。一気にクリスマスっぽい。軽い運動後でチキンがより美味しく感じる。ワインもアルコール濃度が低いので少し動いた後に飲んでも問題ない。
 なるほどこれを狙ってのスケートなのか。
「成人前はホットココアが定番だったけど、シナモンとハチミツが入った暖かいワインはなんだか特別な感じがするよね」
「大晦日の甘酒みたいな?」
「そうそれ」
 湯気がたつワインの入った紙コップに息を吹きかける姿がもう可愛い。
 オレンジ色のライトに照らされて夜でぼやける輪郭が鮮明になる。光を浴びて煌めく目元とピアスとか。
 イルミネーションの明かりはただただ薫ちゃんを俺の目に一層綺麗に映すフィルターでしかない。だが確かに普段とは違う”特別感”を感じている。この空気感だけで俺も楽しいし来て良かった。
「雑貨見たいんだけどいい?」
「もちろん」
 食べ終わったらショッピングが待っている。

「結構いいホテルだよね? 本当に私の分出さなくていいの?」
「もちろん、この日のために労働したから」
 デートが終わったら宿泊施設へ移動だ。
 ラブホとかビジネスホテルなどではない俗にいうシティホテルを予約した。高級とは流石にいかないがちゃらんぽらん大学生のバイト代で泊まれるホテルという点では結構いい値段をしている。
 そう、人生初恋人との初クリスマスに俺はそれはもう浮かれまくっている。こんなのいくら投資したっていい。
「用意してたプレゼントとじゃお返しになんないな…」
「え、プレゼントは別にあるけど」
「別なの?!」
「選ぶの楽しくなっちゃって」
 クリスマスだし、誕生日とは違ったプレゼントを選ぶのは楽しかった。
 というかホテルは双方の家に行けないことが分かった時点でいい部屋に泊まりたいと思っていたし。全くキリシタンとかではないが日本のクリスマス最高である。
「ちなみにクイーン」
「……」
 口を噤んで無言だが、怒ってるわけではなく真っ赤になっていた。寒さなどでそうなっているわけではないと、自惚れではなく断言できる。
 今度は俺から彼女の腕を引いてホテルへ入る。

 メリークリスマス。”聖”なる夜を。
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