銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
目が覚めたら吸血種の存在する世界になっていた。
吸血鬼。ハロウィンでカップル♂の中で急増するアレである。
一限目の授業に向かうためリビングでニュースを流し見しながら朝食を摂っていると、吸血種による傷害事件が発生したと報道され目玉が飛び出るかと思った。前回のオメガバース同様目が覚めたら世界のルールが変わっているとか洒落にならない。夢だったらよかったのに未だ覚める兆候はない。
「物騒ねえ、二人とも気をつけてね」
「大丈夫だって。こう言うのってマジのごく一部だし」
同じくニュースを見た母が俺らに注意を促す。そして綾人が杞憂であると否定する。わざわざ反論するところに裏があるように思うので、なんとなく察する。恐らく”そう言うこと”だ。あそこまでハイスペだと異世界転生ごとに属性が盛られる彼も大変だな。
さて、夢が覚める気配は相変わらずないので、大学へ向かう電車の中で情報収集をしよう。目が覚めたら世界のルールが変わっているのならついでに俺にも世界の知識をインプットしいておいてほしいものだ。
だが有難いことに、ネットで調べただけでも十分なレベルで情報を得られる。ごく一部の少数民族的なイメージとは反しかなり有名な種族のようだ。
吸血鬼。これは元の世界の認識とほぼ違いがない。人間の血液を好み吸血することで栄養を得る種族。普通の食事も問題なく行える。
細かく言えば日光もニンニクも十字架も別に苦手ではない。基礎体温が常人より一、二度ほど低く日焼けしにくい体質。血が濃いほど選り好みし、中には純血であることを絶対とするものもいる。人間社会においても裕福であったり俗に言う金持ちであることが多い。逆に血が薄いほど強い吸血衝動を抱えている。
そして吸血種。これが先ほどのニュースで問題になっていた方。吸血種とは吸血鬼が生きている人間から直接生き血を吸われた際に、体液が人体に吸収されて後転的に吸血衝動を得てしまった人間のことを指す。この吸血種は血が薄い吸血鬼より更に強力な吸血衝動に駆られる場合がある。吸血鬼はこの吸血種を暗示のようなもので操ったり出来ることから以前は眷属と呼んでいたが、現在は人権の観点から一般的な呼び方である”吸血種”と改めているようだ。
…端的に、とんでもない世界になってしまった。吸血されれば問答無用で従属関係が生まれるのが恐ろしい。夜道に男の吸血鬼に襲われればBLまっしぐらである。
血が濃いほど吸血種を増やさないように最低限吸血する人間を選んだり、献血で集められた公的な血液を飲用していたりなどの方法を用いているが、問題は血が薄く強い吸血衝動をもつ者が構わず他人を襲い吸血種を増やしているところにある。性犯罪が無くならないのと同じような理由である。
「あ、おはよう今日は同じ電車だね」
「おはよう薫ちゃん」
大学最寄りで薫ちゃんと顔を合わせた。この世界においても彼女と恋人関係であることはスマホの履歴によって確認済み。不幸中の幸いと言ってもいい。
彼女の様子はこれまでのBL漫画の世界と変わりないようにも見えるが、履歴には吸血鬼関連の会話はなかったので真偽は不明。オメガバースの世界では薫ちゃんは隠れΩだったので今回も属性追加されていても可笑しくはない。
ただ吸血鬼が人間から吸血した際に首元に出来ると言う痕に関して、今朝の段階では気が付かなかったので彼女が吸血鬼ではない可能性はある。はたまた隠しているか。
いや、ないか。彼女の性格上、もしそうなら、この世界でも俺がBL漫画の世界であると話しているなら同じタイミングで彼女も吸血鬼であることをカミングアウトしているだろう。
「あのさ、ちょっと話したいことあって、授業終わったら話さない?」
「大学じゃだめ?」
「人は少ない方がいいかな」
時代とともに差別意識は落ち着いているとネットには書かれていたが、今朝の事件のことも含め偏見の目というものが無くなっているわけではないだろう。そんなセンシティブな話題を誰に聞かれているか分からない場所で話すわけにはいかない。
「…いいよ」
目を伏せた彼女の手を握る。
これまで繋いで来た手と同じ。だがこれまでの記憶より冷たく感じる指先に、なんとなく俺の考えが杞憂ではない確信が生まれてしまった。
「目が覚めたら吸血鬼と吸血種がいる世界に異世界転生って、君って本当に突拍子もないこと言うね。まあ僕は異世界転生して人外の嫁になるとかのシチュは好きだけど」
「前にオメガバースの世界になる夢は見たことがあるし、今回もそうかなって思ったけどガチで目覚めなくて焦ってる」
「僕が言うのはなんだけどオメガバよりはマシな世界だと思うよ。男性妊娠とかないし」
「……」
安全だと思われる真山宅で話をした。
最初ははしゃいでいた真山も俺が真剣に状況を説明すると真面目に聞いてくれた。薫ちゃんはずっと浮かない顔をしているし、心の声を聞いている水元も黙っている。
「前に話したけど今朝までの記憶がないならもう一回言うね、僕は両親が純血の吸血鬼と吸血種。水元くんは普通の人間。それで銀木さんが、」
「純血の吸血鬼」
薫ちゃん本人が答える。
察しは付いていたが、面と向かって言われると反応に困る。だが納得はいく。
純血であるとまでは思っていなかったがイメージには沿うからだ。
「吸血鬼に生き血を啜られると吸血種になるんだよな」
「うんそう。体液に含まれるDNAなんかが反応して肉体を作り変え吸血衝動をもつ吸血種になる」
「でも俺はまだ吸血種になってない」
「それは…」
この世界において俺と薫ちゃんはまだ肉体関係がないことになる。薫ちゃんが断ったのか、俺が日和ったのか。
交際が続いている以上、了承はしていたはず。この世界の俺が吸血種になりたくないからと断るとは思えない。
「真山」
「…そうだね。僕たち近くのコンビニ行ってるから、それまで話してて」
「悪い」
気を利かせてくれて二人は買い物に出かけた。これなら薫ちゃんの家で話をすればよかったかもしれない。だが正直気まずかったかもしれない。
「俺が薫ちゃんが吸血鬼だってことは知ってたんだよね?」
「うん。この世界がBL漫画の世界だって教えてくれた時に私も話した。本当だよ」
「疑わないよ」
薫ちゃんが嘘を吐くとは断じて思っていない。
「私が、嫌だったの」
見えていた顔が俯いて見えなくなる。強く握り込んだ手が震えていた。
「好きだからあなたのことを吸血種にはしたくなかった」
吸血種は強い吸血衝動をもつ。しかしその衝動を抑える術もまた存在している。
それは血を吸った吸血鬼が体液を定期的に与え続けること。
吸血種の吸血衝動は強烈だが実は血を吸うことで解決はしないという。あくまで飢餓感を満たすために吸血鬼の行動をDNAに刻まれた習性を真似ているだけで、本当に必要になるのは身体を作り変える原因となった吸血鬼の体液。つまり吸血種とはある種の薬物中毒者である。体液が切れると飢餓状態になり、刻まれた習性通りに生き血を求めるようになる。今朝の加害者も、血を吸われたが後に体液を与えられなかった被害者なのだろう。
「どうして? 薫ちゃんは俺を飢餓状態にはしないでしょ?」
「一生だよ。ずっと私の体液が必要になる。もし仮に──くんに私以上の人が出来ても飢餓状態を免れるために私と一緒にいる選択肢しか残らない。吸血鬼に暗示能力があるって言われてるのはね、吸血種が吸血鬼に血を吸われた時点で逆らえないからなんだよ。私は──くんを縛りつけたくない…!」
機嫌を取り体液を得るための関係が従属関係を生む。一部の吸血鬼が増長して吸血種を眷属と呼んでいた理由が良くわかった。
薫ちゃんの言うこともよくわかる。優しいから俺のことを尊重してくれている。だが俺も薫ちゃんが増長するなんて思っていないし、そも薫ちゃんから離れようなんて思わない。
「大丈夫。薫ちゃん以上なんて誰もいない。…この話を前に聞いた俺はなんて答えた?」
「……同じこと言ってた。怖くないの、急に吸血鬼のいる世界になったのに」
「焦ったけど、薫ちゃんと付き合えてるならなんでもアリだよ」
そう断言すると、顔を上げて薫ちゃんは涙目だったが笑みを浮かべてくれた。
彼女の目に溜まっていた涙が完全に引いた頃に二人は酒を買って戻ってきた。
「これって聞いてもいいのか分かんないんだけど、純血であるほど吸血衝動が弱いのってなんで?」
酒も入り、雰囲気も俺の知っているものに近くなったので気になっていたことを口にした。イメージではあるが、こう言うのって逆な印象がある。血が濃いほど生き血を求めそう。
薫ちゃんは説明を放棄したので代わりに半純血のプリンスマヤセンが答えてくれた。
「生物ピラミッドがあるでしょ。それと一緒なんだよね。なんで純血が地位的に強いかと言えば人間社会への順応が早かったから。で、人間も友好的な相手には友好的に返すし研究が盛んになって、今日に吸血衝動を抑制する薬とか献血で血を賄う制度なんかを整えてきたわけなんだけど。たとえば先進国で環境問題が問題視されるけど発展途上国では「そんなの知ったこっちゃねえ俺らまだ発展してねーだろ、お前らが好き勝手したんだからこっちもさせろ」ってなってるじゃん?」
「あーうん」
唐突な経済の話すぎるが。
「吸血鬼も現代生活に馴染んだタイプと馴染んでないタイプがいる。そこのボーダーが残った純血か否かって話。社会性があって、吸血衝動のままに血を吸って吸血種を増やしていくのは倫理的にダメだよねって思考の吸血鬼たちが同族で子孫を残して行った結果、血が濃い=純血の吸血鬼は定められた法と整った倫理観で吸血種を増やしたくないっていう人たちが残った。って感じだから純血だからって吸血衝動が弱いんじゃなくて、ちゃんと薬と血を適量摂取してる人ってこと」
「え分かりやす。さすがせんせ」
では薫ちゃんの思考は純血吸血鬼の思考らしいものと言うことか。
「──くんはお酒好きでしょ」
「そうだね…?」
「生き血とそれ以外だと鮮度の問題で全然味が違うらしいんだよ。一回生き血を飲むと味を覚えて衝動が増して中毒者になる。だからいろんな人を噛んで味見して、生き残った場合でも放置して飢餓状態の吸血種が増え続ける」
吸血鬼も吸血種も中毒者というところに帰結するとは、元来生きにくい種族だと思う。それでも普通に生活できているのは薫ちゃんや真山の先祖に社会性があり、今でも二人がしっかり吸血衝動を抑えて生活していることに尽きる。
ん、待て今生き残った場合って言った?
「え、死ぬことあんの?」
「吸血鬼が勢い余って恋人の血を飲み干した事件あったよね。殺人罪で有罪判決でてた」
「あれもう五年かあ。僕たちより一回り上の世代だと今以上に社会問題だったもんね」
こわ。え、普通に怖い。人間が死ぬレベルの血液を飲み干せるのか。
あっけに取られていると気がついた薫ちゃんが眉を下げた。
「だから言ったでしょ。怖くないのって」
「薫ちゃんが怖いとは思ってない。そのほか他人は怖い」
薫ちゃんが吸血衝動に負けるとも中毒になるとも思っていない。断言すると複雑そうな表情を浮かべた。
お開きとなった。最寄り駅までは三人で歩く。
帰り際に、真山から注意を受けた。
「気をつけて帰ってね。特に水元くん」
「ああ、声聞こえるし分かる」
なぜかと言った本人に聞けば答えた。
それは単純明快、容姿が整っているほど生き血が美味で容姿を若く保たれるとされているかららしい。生き血を飲んだことがない薫ちゃんと真山は真偽の程は理解しておらず迷信程度に思っているらしいが、実際に美形の方が被害に遭いやすいそうなので、美形の水元に気をつけるように声をかけているらしい。確かに血の伯爵夫人なんかがいい例だろう。
「吸血種が襲われることはないの?」
「他の吸血鬼に襲われることはないよ。本能的に判るからね」
今日はこのまま薫ちゃんの家にお邪魔することになっている。
薫ちゃんも街や大学ですれ違うだけでも吸血種だと分かるし、その噛んだ吸血鬼に会ったことがある場合は繋がりを理解できるらしい。
「綾人くんもそうだね」
「ああやっぱそうなんだ…」
「伊織くんも純血だから安全だとは思うけど」
別にそこに関しては心配していない。
あのしっちゃかめっちゃかな人間関係を思うに綾人の保護のために噛んでおくという選択肢も、東條くんならあり得そうだ。
聞くところによると吸血鬼の中で純血は0.1%もいないとされている。加えて近年は血が濃くなりすぎて障害を持ったり短命で、近親すぎる婚姻を避ける傾向にありこれからも数は減り続けると言われているようだ。真山の両親なんかは特にその最たる例だろう。
「…」
「どうしたの?」
急に黙る薫ちゃんに声をかける。数メートル先から歩いてくる男に彼女は視線を向けている。
三人で並んで歩いていたのを水元は後ろに下がって左側に寄る。ちょうど薫ちゃんに隠れるような位置だ。
すれ違う。視線だけを向けて様子を伺うと真っ赤な目がギョロリとこちらを見た。そして相手は立ち止まり俺たちを見ている。俺はすぐに視線を逸らした。日中の猫のような細い瞳孔が脳裏に残る。
「前見て歩け」
水元が俺の背中を押す。いつの間にか薫ちゃんと位置が変わっている。こいつも頑なに視線を動かさない。目を合わせたら不味いと理解した。
あれは、吸血種…いや吸血鬼か?
「ああ」
水元は答えた。
薫ちゃんは相手に一瞥を送ると俺たちの背中を押す。相手の走っていく音が遠くなっていく。薫ちゃんの方を向くと目が先ほどの吸血鬼と同じように赤く染まっていた。しかしそれも瞬きをすればなかったかのように元の銀杏のような黄色に戻っている。
「…電車じゃなくてタクシーで帰らない?」
彼女の提案に二人で頷いた。
水元を下宿先に送ったあと、薫ちゃんと一緒に彼女の家に向かう。
泊まらせてもらう予定はなかったが、お兄さんが今日は幼馴染(この世界でもちゃんと彼氏らしい)の家に泊まるらしいのでそう言う流れになった。
家の様子は俺が元いたBL漫画の世界と変わりない。本当に唐突に吸血鬼のいるBL漫画の世界に俺だけがトリップしてしまったようだ。
「お茶淹れるね」
「ありがとう。何か手伝える?」
「大丈夫」
やはり少しぎこちない。この世界の俺たちは一体どういう関係値だったのだろう。肉体関係はないと判っている。ただのキス程度では吸血種にはならないという理由でキスはしたことがあると言っていたので、あの日に秘密を打ち明けたところで分岐したと思って良いだろう。
元々人が他にいなくて静かな家だったが、今は少し受け取り方が変わっている。
「お待たせ。熱いよ」
「ありがと」
透明なガラスマグに淹れたての緑茶が注がれている。暖かくてホッとすると気分が落ち着く。
「テレビ点ける?」
「いや、いいよ」
この場でまた吸血種のニュースなんて流れたら余計に空気が重くなるに違いない。
カチ、カチ…とアナログ時計が時を刻む音だけが響く、高層階で車の走る音も何も聞こえない本当に静かな場所。
熱いお茶を飲んでため息をつく薫ちゃんがこちらを向いて、閉じていた口をゆっくりと開いた。
「やっぱり怖いんじゃない?」
「そんなことない」
未だ十割十分受け入れられていない状況で普通の人ではない者を目の当たりにして、ついていけていないところはある。しかし薫ちゃんを怖いとは思っていないのも本当だ。
吸血鬼であるということ以外、俺の知っている彼女と違うところがないのだから。
怖いのかと聞くのは薫ちゃんの気遣いであると同時に、彼女自体が怖いと思っているというきらいがあるからだ。吸血鬼である薫ちゃんが何より吸血鬼というものを怖がっている。
「…同じことを同じように言うんだ、生きてきた世界と違っても」
「薫ちゃんだからね」
安心した。吸血鬼の薫ちゃんと付き合っていたこの世界の元の俺も同じことを言ったようで。
「さっきのすれ違った吸血鬼ね、かなり吸血衝動が進んでて好みの人間を物色してた。二人のどっちを狙おうとしてたのかまでは分からないけど、危なかったんだよ」
「薫ちゃんが視線を向けたら逃げてったよね?」
「吸血鬼同士だと血が濃い方が色々と強いというか…」
“色々”の単語の中に文字通り様々な意味が集約されていることが自虐的な笑みで良く分かる。こういう血筋系って大体そう言うものだから理解しやすい。
「種全体の特性として嫉妬深くて独占欲が強いの。吸血種が生まれるのも、元は吸血鬼が気に入った人間を自分だけのものとするためにマーキングしていたのが由来らしくて」
元がマーキングなら吸血種がどの吸血鬼に血を吸われたのかが分かり、尚且つ襲われなくなると言っていたのも筋が通っている。
「独占欲が強いのが嫌なんだ?」
「相手の意思を曲げてでも離さないっていう思考が嫌なの。自分勝手じゃない? 生き血が飲みたいだけで吸血種を産んでおきながら放置するのも、逃がさないようにするための手段だろうと等しく身勝手だよ」
人に強要したり、自分のされたくないことは相手にもしたくないという薫ちゃんならこう言うのも納得だ。だから俺を吸血種にするのが嫌がった。自分の勝手で俺のこれからを決定づけることが嫌だったんだ。
「薫ちゃん俺の血、飲んで」
「話聞いてた…?」
心底困ったように眉を下げながら、震えた声で問われる。
「聞いてたよ。だから、薫ちゃんが俺を吸血種にすることが身勝手と言うなら、俺の勝手にも付き合ってほしい」
マグカップをテーブルに置いて、この色白い頬に触れる。指先と同じようにいつもより冷たいと感じる。だが肌の柔らかさもきめ細かさも、触れて親指の腹で撫たときに照れて目を細めながら赤められた表情は同じだ。
「一生薫ちゃん無しじゃ生きられなくなった俺を、一生想っていてほしい」
これはもう半ばプロポーズでは。情けなくないか俺。というかこれは俺の独占欲だ。
いや、問題ない。俺が、絶対に薫ちゃんを離さない。俺側の理由付けがあれば少しは彼女の負い目も緩和されないだろうか。
見開かられた目が揺らぐ。潤んでゆっくり閉じられると、頬に添えた手に薫ちゃんの手が重なった。
「……うん、ありがとう。絶対離さないからね」
開かれた目が赤く染まって、猫のように細い瞳孔が俺を上目遣いに見つめる。
ゾクゾクして唾を飲んだ。
「首触るよ、頸動脈から飲むから」
抱きしめ合うように身を寄せて首元に顔を近づける。まるで注射をするときに看護師が血管を探しているような感覚だ。
「頸動脈じゃないと駄目なの?」
「最初は500mlは飲まないといけないから吸いやすい場所を選んでるんだよ」
注射というか献血だな。
「500lm一気飲みするってことね」
「うんまあ…最初以降は60mlあれば良いかな。一週間で1000ml飲むレベルで中毒率が5%上がるって言われるけど正直個人差なんだよね。吸血衝動も今の私は月に一回ぐらいだし」
ヤクルトかな?
というか毎回ペットボトル一本分で中毒になる率が上がるということは飲み干すレベルの吸血鬼はそりゃ問題になるわな。75kgの成人男性で約6lの血液を飲み干す胃袋とかどうなっているのだろうか。
「薫ちゃんの頻度って全体的にはどうなの?」
「少ない方だよ。真山くんは前に隔週に50mlの血液パックで飲んでるって言ってた。大体彼が一般的な量かな」
かなり差があるな。
だが吸血衝動の強さに純血の有無は関係ないと言っていたし本当に個人差は大きいようだ。
「ん、あった」
脈打つ場所を薫ちゃんの指先が触れる。くすぐったい。
「最初は痛いけど、途中から痛く無くなるとおもう」
「どうして? 感覚がなくなる的な?」
「吸血鬼の唾液に催淫効果があるから、麻酔みたいな感じで」
「えっ」
初耳すぎる。え、キスしたことはあるって言っていたよな。催淫効果と抗えてたのか俺は?? てかもしかして吸血種の吸血衝動を抑えるには体液が必要って、催淫効果で上書きして無理あり押さえつけてるとかいうことか!?
「普通のキス程度じゃ催淫効果は出ないよ。嫌な言い方すると性病と一緒」
首元にあった顔が離れて俺の顔を見る。思っていることが筒抜けのようだ。
「本当に嫌な例えすぎる……」
「嫌ならやめるよ」
「それとは別、飲んで」
首を差し出すとくすりと笑って、また首に顔を寄せる前に普通にキスをする。
柔らかい舌が伺うように触れてくると同じように舌で触れて、絡めとる。漏れる吐息とか、本当に甘くて聞き飽きない。かわいい。
唇が離れると、薫ちゃんはそのまま俺の首元に唇をつける。脈動が分かる場所に舌を這わせ唾液を塗る。そして、
「い゛ッ」
めちゃくちゃ痛い。それはそうだ歯が身体に刺さっている。薫ちゃんを抱きしめる腕に力が籠る。服を鷲掴んで歯を食いしばった。
打って変わり彼女からは喉を鳴らして血を飲む音が聞こえてくる。
少しして、最初は喉が渇いた時のようにゴクゴクと飲み進めていたが少しずつペースが落ちる。そして同じぐらいから痛みが鈍く感じ始めた。むしろ痛気持ちいい。
緑茶をもらって飲んだのに喉が渇く。
強く抱きしめた意味が変わってくる。もっと、もっと薫ちゃんを感じたい。身体が熱くなってきた。これが先ほど聞いた催淫効果なのだろう。噛まれて血を飲まれている痛みを全く感じなくなった。
「…ん、終わり」
首から歯が抜かれて、傷口から滲んだ血を舌が舐め取っていく。
見つめ合う。薫ちゃんは俺を見て複雑な表情をしていた。おそらく今の俺は今の薫ちゃんと同じ目の色をしているのだろう。
「私も、あげるね」